真夜中の蛇
若干15禁、なのかなあ?
「泰吾、学校から連絡あったよ~」
姉の逸夏ゆかりが、泰吾に呼びかけた。
夕飯の味噌汁を飲みきった泰吾は、ゆかりの言葉に耳を傾ける。
「なんでも、明日から学校は無期限のお休みに入るんだって」
「無期限の休み?」
多くの学生が喜びそうなニュースに、泰吾は眉をしかめるだけだった。
「なぜ?」
「これが原因らしいわよ」
ゆかりが食卓に投げ渡した新聞記事。エビフライを噛み砕いた泰吾はその一面に目を通す。
「猟奇的死体が絵戸街に多数、人のものとは考えにくいので動物の犯行かと思われる……」
見出しには大きく住民への注意の呼びかけが行われている上に、写真には大勢の警察官が調査に当たっているのがわかる。
「確かにこんなのが地元で発生しているとなると、学校を開きたくもないわよね」
「じゃが、こんなのが続くと学業にも影響が大きくなるぞ。あ、ゆかり、ご飯お代わりじゃ」
祖父の逸夏源八が茶碗を出す。よそったご飯を返しながら。ゆかりは呟く。
「怖いわよねえ。会社も休みにしてくれないかしら?」
「してくれないのか?」
「しないわよ。そんなことで一々お休みしてたら、ニューヨーク様にもう乗れないじゃない」
「……姉さん、どこで働いているんだっけ?」
「あたしは金融の会社よ。お金を動かす大変な大変なお仕事よ」
「ふうん……」
「ちなみにいつまで休みなんじゃ?」
「一先ず今週はお休みにするそうよ」
「今週?」
つまり、日曜日の今日からすれば、これから週末まで学校はないということだ。同級生たちの喜ぶ顔が浮かぶが、ただでさえ一年留年している泰吾からすれば笑い事ではない。
「参ったな……数学の質問が色々あったのだが」
「それより、なんじゃこりゃ」
源八が件の記事を険しい顔で読んでいる。
「犠牲者は全員、体の何処かが欠損しておるじゃと? こんなもの、もう動物で確定じゃ! ほら、なんじゃったかのう? ゴムじゃろう?」
「ゴーレムね」
ゆかりが当たり前のように自分の秘密関連を口にするから、泰吾の背中がビクッと震えた。
「泰吾、まだトラウマ治ってないの?」
「え? あ、いや、大丈夫だ」
家の者からは、ただのゴーレム恐怖症に思われている。一年前の経験から、当然だ。
今、泰吾が同時以上にゴーレムに関わっていることを家族は知らない。
「でも、ゴーレムならこんなに怪事件と扱われるか?あんなデカブツが暴れたら普通気づくだろう?」
「それもそうか。新聞にこれ以上は書いていないし、所詮一般市民が持てる情報なんてこんなもんよね」
「きんゆーというのには、警察にコネを持つ人はおらんのか?」
「この前先輩が営業した人が警察官だったみたいだけど、流石に情報なんて頼めないわよ。持ってるかどうかも怪しいし」
「なんじゃ、なら儂らは地元のなんの原因かもわからん恐怖に脅えて暮らさんといかんということか。理不尽じゃのう」
「同じことはこの街のみんな思ってるから。それに、家は街から少し外れているんだよ、こんな辺鄙なとこ、何にも来ないって。ね、泰吾。……泰吾?」
そのとき泰吾は、既に会話からそれていた。頭の中には、以前出会った女性警察官の顔があった。
しかし、名前も分からない彼女に、例え再会しても情報をもらうことなど、できるはずもなかった。
千種綾は、出血する右腕を押さえながら、木に寄りかかった。
急いで無線をひっ掴み、大急ぎで連絡を取る。
「こちら、絵戸公園の千種、応援はまだですか⁉︎」
必死に訴える綾。彼女の耳に最初に入った音は、無線の反応ではなく、
重い落下音。
恐怖とともにそちらへ目を向けると、人型の物言わぬ物体が転がっている。仰向けのそれは、さっきまで自分が先輩と呼んでいたものと酷似していた。
綾の飛び出そうとした悲鳴は、 下品な笑い声にかき消される。
「これはいい、最高だぜ……」
それが、凶悪指名手配犯の独皮極哉だということは分かっている。しかし、彼に関して理解しているのはそれだけだ。
「あ~、いいぜ……」
情報によれば、彼の上半身には、大きな蛇の入れ墨があるとのことだった。服を着ない彼の特徴が、通報に繋がった。
「お前も、もっと遊ぼうぜ?」
しかし、今はどうだ。体の無数の蛇たちは実体を手に入れ、彼の体で蠢いている。肩からは牙が肌を突き破り、人間ではなく悪魔の姿をしていた。
「遊んでいるときは気分がいい……」
右手に握られた牙のような凶器を舐める。彼の唾液が牙に着き、彼が物言わぬ人影を跨いだとき、それがその右肩に滴る。
すると、先輩だったものの右肩が、まるで水槽に入れた砂糖菓子のように溶けていく。人智を超えた現象に、綾は悲鳴すら出なかった。
「はっはっは。らああ!」
振り下ろされた牙を避けると、犠牲になったのはパトカー。牙に染み込まれた溶解液で、パトカーが変質していく。
「逃げるなよ……遊ぼうぜ……?」
「こ、来ないでッ!」
綾はピストルで発砲。四発の弾は、全て極哉と呼ぶべき存在に命中する。
脳天に一発、体の蛇に一発。
右腿に一発、左肘に一発。
「うぐおおおおっ……!」
顔を歪め、血が流れる。効果ありと見なしていいだろう。しかし、
「は、は、ハハハハハハハハハ!!」
笑っている。猛烈な痛みに笑っている。
急いで弾を補充しようとするも、極哉の蹴りが左腕を直撃。痛みと弾が飛び散る。
「ハハァ! そら!」
背中よりの蹴りで呼吸が辛い。地に伏せる彼女への容赦ない追い討ち。
「おいおい、どうしたどうした? ああ⁉︎ 警察なんだろ、お前……」
そして、猛毒の牙が振るわれる。あの溶解度で、綾は痕跡残さずにいなくなる。
目を閉じて、恐怖の時を待つと、
轟くエンジン音。タイヤが道路を蹴る音。
恐る恐る目を開けると、
見覚えのあるバイクが蛇を跳ね飛ばした。
そのままバイクは着地し、ライダーはが降りる。
綾は即時に、それが以前、ゴーレムの事件を収束させた者と同一人物であることを理解した。
「誰だ⁉︎」
極哉は邪魔された怒りでライダーへ怒りを向ける。
ライダーは大急ぎでヘルメットを外し、その驚いた表情を極哉へ向け、こう呟いた。
「新しいエンシェント……だと?」
「ああ? エンシェントだあ?」
狂人は首を傾けながら聞き返す。エンシェントの詳細を知らない様子の彼に答えず、泰吾は倒れていた女性警察官を助け起こす。
「無事ですか?」
「あなた、いつかの……」
「……ああ。あなたあの時の⁉︎」
凶悪殺人がゴーレムの仕業なのではと家族が寝静まったときに出てくればこれだ。噂をした日にそのまま会えるとは思わなかった。
だが、目の前に人の死体が残されていることから、彼女から知りたかった情報は不要となった。
「遺体に欠損、お前が犯人なのか……」
家族を不安にさせていた原因と対峙し、自然に体が引き締まる。しかもエンシェントときた。
その名前を独皮極哉ということは、泰吾の記憶が教えてくれた。
「お前も、遊ぶか?」
極哉はすでに女性警察官のことを忘れたように笑っている。
「……あんたを、野放しにはしておけない!」
対峙してすぐにわかる。この男は危険すぎると。
泰吾の心臓を、白い古代文明の物体が侵食する。全身の痛みをこらえながら、泰吾の姿は白い光とともに変わっていく。
「ぐっがああああああああああ!」
手を白い籠手が装備され、足を白いブーツが覆う。
背中のブースター、首の白いマフラーとともに、イニシャルフィストのエンシェントが完成する。
「……お前もこの力を持っているのか」
極哉はこちらの姿を眺めている。まったく危機感を見せないその様子に、泰吾は驚きを隠せない。
「……遊ぼうぜ?」
同時に、極哉は少しずつ歩調を早めていく。
その手の牙を振り下ろすが、動きは単調。数回のゴーレムとの戦いの経験で、それはまだ避けられる。さらに、カウンターを入れることも難行ではない。
だが極哉は、その痛みをまるで喜んでいるかのように、
「はああ……いい……」
快楽の声を上げている。泰吾は恐ろしくなり、一度離れた。
「おい、どうした? もっと来いよ……来いよ‼︎」
「っ!」
泰吾は極哉の牙を受け流し、その背中に蹴りを入れる。バランスを崩した極哉が地に伏せるが、彼はそれ程度では起き上がることをやめない。
「はっはっは。いいぜ……いいぜ……! いいぜ……‼︎」
どんどん大声になっていく極哉。肩を牙が掠めたとき、その毒が肌を焼き尽くす。
「ぐあっ!」
思わぬ痛みに体が止まった瞬間、胃の中のものが飛び出す。
それが極哉に殴られたからだと気付いたときには、もう彼が泰吾の頭を掴み、街灯へ叩きつけていた。
「おら、どうしたどうした⁉︎」
何度も何度も街灯へぶつけられる頭。額からの血が右目を潰す。
「ぐっ……いい加減に、」
泰吾はなんとか極哉の腕から自由になり、彼の顔面を殴り返す。イニシャルフィストの岩をも砕く威力にはさすがに無傷とはいかず、悪魔の体はブランコの柱をひん曲げる。
「はあ、はあ、」
「ハハハハハ、アハハハハハハハ‼︎」
視界が悪くなった泰吾は、まだ立ち上がる極哉へ最大の一撃をぶつけようとブースターを吹かす。極哉が動き始める前に、白い幻影とともに拳を極哉にぶつける。
ブランコを完全に粉々にした一撃だ。
煙で彼の姿が見えないが、まだ彼の笑い声が聞こえる。
泰吾は恐ろしくなり、女性警察官のもとへ戻る。何よりも先に彼女を安全な場所へ移動させようとするとするが、果たして彼がその猶予を与えてくれるか?
だが、
「Wait. Mister 独皮」
煙から這い出ようとした極哉の肩に手を置く者がいた。
そのものを認識した瞬間、泰吾は即座にその名を呼んだ。
「お前は、ルヘイス⁉︎」
「Hello, guy. こんな時間に会うとは思いませんでした」
「何の用だ? 今遊んでいるんだよ」
極哉は彼の手を振り払う。あの二人は味方同士なのだろうか。
「我々のmasterが及びです。今回はここまでですよ」
「あ? 知ったことか。俺は俺のやりたいようにする」
「そうはいきません。我々にとって、masterのご命令こそが至上なのですよ」
「うるさい……なら、お前からやるか?」
なんと、極哉は味方だと考えていたルヘイスへ牙を振った。
驚く泰吾をよそに、ルヘイスは彼の手首を止める。
「私に逆らった時点で、あなたを処刑するのに私にはまったく躊躇いがないのですが」
「やってみろよ。お前も道ずれにしてやる……へっへ……」
極哉は舌を伸ばしながららいった。するとルヘイスは、
「今回のみの我慢ですよ。また再開すればいいではないですか。今回私に処刑されれば、もう二度と遊べなくなりますよ?」
「そいつは困るな……」
極哉は泰吾の顔を凝視し、にやりと微笑む。
覚えられたことを理解した泰吾は、恐怖心に襲われた。
「また遊ぼうぜ。……お前……」
極哉がそういった直後、ルヘイスのマントが二人を飲み込む。常闇が強くなった直後、そこには夜の闇しかなかった。
女性警察官は、ただ無言でそれを眺めることしかできなかった。
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