Ⅰ ⅲ
「えっ」
足を止める。
雑木林の細道は、そこから突然広くなっていた。
左右になぎ払われた無数の幹。千切れた枝の上には、弾き飛ばされた土と砂利が降り積もっている。
まるで爆発があったような光景を前に、シオンは呆然と固まった。
雑木林を発破した犯人は、無理やり造られた広場の中央に転がっていた。
「……ポッドが……」
小型の渡空船がそこにあった。
鋼鉄の球体であるべきそれは、見るも無残に半壊していた。外壁はひしゃげてすき間だらけになり、千切れた配線や骨格がむき出しになっている。土を踏むべきアームはもげ、意味の無い場所に転がっていた。
墜落したのか。
そう認識した瞬間、心臓が高く跳ねた。
まさか、アベルは墜落に巻きこまれて……
背中に冷や汗が伝った。ポッドは一応原形を留めているが、この有り様では、彼女が命を失っていても不思議ではない。
その時、耳がガタガタという音を捉えた。注意すると、ポッドの中から聞こえて来る。
中に誰かいる。ちゃんと生きてる。
ホッと安堵が広がる。ひとまず、求める少女に辿りつくことはできそうだ。
シオンは土と葉まみれの砂利を歩むと、ポッドの前に立った。小ぢんまりした小屋を更に一回り小さくしたサイズだ。
出入り口が無いかと周囲を回り、ハッチを見つけた。外壁と同じく真ん中がへこんでしまっていたが、扉の姿は留めていた。
ハッチの横の壁を拳で叩く。コツコツコツ、と手の痛さの割にノック音は頼りない。足元に落ちていた小石を拾って、それでもう一度ノックした。
ガンガンガン!
「アベルー! アベル=リード!」
しかし返事は返ってこなかった。中で何かしているのか、相変わらずガタガタ音が続いている。
「聞こえないのかな」
首を傾げながらハッチの取っ手を握り、向こうへ押し開こうとした。
ミシッ
「あっ」
メリッ、ガキン
気がついた時にはもう遅かった。
とっ、取れた!
もぎ取ってしまった取っ手を手に愕然とする。おまけにハッチも「やられた」と言わんばかりにメリメリと倒れ始めた。
「ちょっ、ちょっと待って!」
その時、ポッドの中で物凄い騒音が響き、シオンはビクっと身をすくめた。
油断した隙にハッチが地面に倒れる。
「ぁあっ!」
ガシャン!
大きな音が立ち、視界が埃っぽい靄でいっぱいになった。
「ごほっ、げほっ……あぁ、めちゃくちゃだ」
こぼれた独り言が砂煙と共に拡散する。
そしてその後は、一転して静寂が広がった。
唐突な静けさにシオンは戸惑った。
「あ……アベル?」
砂煙の収束した向こうには、明かり一つ無い通路が伸びていた。
「あの……えっと」
暗い船内に声が響く。しかし中から反応は返ってこなかった。
「……」
シオンは意を決すると、全開のハッチからポッドの中へと躍り込んだ。
「アベル! いるんだよね!? アベル!」
少女の名を呼びながら半壊状態の船の中を走る。
元はいくつかの船室に別れていたのだろうが、壁が崩れたせいで一つの大部屋になってしまっている。床に散らばった配線につまずきかけ、手をついた壁にも大きな亀裂が入っていた。
「返事をして、アベル!」
叫びながら瓦礫をくぐり抜けた、その時だった。
「うーん……」
はっ、と地面を見る。はがれ落ちた天井らしき鋼板の下に、人の足が覗いていた。
「だっ、大丈夫!?」
シオンは跪くと、鋼板の淵に手をかけて持ち上げようとした。すごい重さだ。
力じゃ無理だ。
そう判断すると、シオンは鋼板から手を離した。そしてある種の意識を込め、手の平を鋼板にかざした。
瞬間。
何十キロもある鋼鉄の板が吸いつくように浮き上がった。
鋼板の下にいた人物がもぞもぞと動く。シオンは人影が露わになる所まで鋼板を動かし、静かに地面へ下ろした。
「いつつ……頭打った……」
人影が身を起こす。電気系統がダウンしている船内は暗く、顔も見通せなかったが、そこにいるのは少女で間違い無かった。
「あぁ、死んだかと思った。やっぱ明かりが無いと危険ね」
彼女は座り込んだ姿勢で天井を仰いだ。頭を押さえる手には、細長い物が握られている。
「あの……大丈夫?」
想像と違う雰囲気におののきながら、シオンは尋ねた。
「え?」
少女は初めてシオンに気づいたように顔を向けた。天井のすき間から漏れる光に、またたく二つの瞳が光った。
「助けてくれたのね。ありがと」
にこりと瞳が笑む。丸くなった瞼の角度に既視感が走った。
「もぉ参っちゃったわ。今朝まで電気だけは生きてたんだけど、さっき急に消えたのよ。手探りでいじくってたら天井はがしちゃって、見事に潰されちゃったわ」
あははと笑いながら立ち上がる。
「わっ」
床の破片を踏んでよろめいた。
「アベル!」
とっさに出した腕に少女が倒れ込む。彼女は驚いたように、その体勢のまま身を固めた。
ほっ、とシオンは息をつく。
「やっと見つけたよ……アベル」
少女の体がピクリと動いた。