Ⅲ ⅲ
頬に何かが触れた気がして、少女は瞼を開いた。
まどろみから抜け出した瞳が見たのは、少しだけ乱れたベッドのシーツだった。
「……テッド?」
無意識にその名を呼んでいた。
暗い寝室に人影は無かった。
返事が無い事に、安堵ではない感情を覚えた自分へ、少女は複雑な思いを抱く。ベッドの上に身を起こし、ベッドクロスに描かれたアラベスクを見つめた。
「……」
少女はベッドを降りた。滑らかな布のネグリジェが緩い歩調を追った。
窓の前で、裸足の足を止める。バルコニーへと続く大きな窓は、宵の口の時のままぴたりと閉ざされていた。
薄いレースのカーテン越しに、少女は窓の外を眺めた。霞みがかった、まるで遠い記憶のような景色の中には、無人のバルコニーがあるだけだった。
ふと重なった昼間の光景を、少女は意識的に頭から消した。
気休めに視線を擡げる。天の向こうに瞬く星は、ここからでは見えなかった。
カーテンから手を離す。揺れの伝わったカーテン全体が、緩い宵風に吹かれたようになびいた。
静かに身を返し、再びベッドへと歩む。
長いネグリジェが立てた風に煽られ、ひらりと何かが床に落ちた。振り返って見ると、絨毯の上に折り目のついた便箋が落ちていた。
少女はそれを拾い上げた。至高圏の皆さま。社交界独特の鼻につく文章が顔をのぞかせる。最後には目と耳に覚えのある貴族の名前。少女は顔をしかめた。
立ち上がり、便箋の上部を両手でつまむ。力を入れると、ピッという音の後に小さな亀裂が出来た。
――――実の妹らしいで。
破られかけた便箋が止まる。少女は便箋の向こうを見つめたまま、しばし佇んだ。
『アベル=リード。アレックスの実の妹らしいで』
便箋は再び机の上に置かれた。隣には白い封筒と、二枚の招待状が並んでいた。
少女は瞳を瞬くと、長い髪をなびかせながらベッドへと戻った。




