Ⅰ 求められた少女ⅰ
千年前の洪水のせいで、この惑星の大陸はバラバラに破けてしまった。
広大な海原と表情豊かな陸地。そんな姿は面影一つ残さず消え去り、人々はかつての世界が球体だった事さえ忘れつつある。
四十日間の豪雨は世に在る土の全てを洗い流した。破壊的な嵐の刃は陸を割り、水をはがし、海底をも砕いた。世界はもう、死んだと言ってよかった。
全ての生き物が成す術無く終焉を覚悟する中、一人の人物が望みを掲げて天へと走った。高名な科学者だった彼は、持てる技術を駆使し作り上げた小舟に乗り、遥か天上に座す全能者の元へと辿りついた。
そして、その方を殴ったと言う。
無論これは神話である。各地の伝承によりこの部分は〝科学兵器を突きつけて脅迫〟だったり〝拳と拳のデスマッチ〟だったり〝世界を賭けたポーカー〟だったりと様々だ。
ただ、彼が起こした行動がきっかけで地上の豪雨は収まり、陸の破壊が終わったのは事実だ。
長い時を経て水が引き、現れた世界の姿に全ての生物たちは驚いた。
驚いたが、しかし、そこで暮らしていく事に不便は無かった。
彼らは千々に分かれた陸地の上で、かの科学者が作り上げた新しい科学の恩恵を受けて暮らした。洪水後、天と地の間に至高圏と言う新たな階層が発生した事に関しても、大部分の人類は無関係に暮らし生を終えた。
無数の浮遊小体と化した陸地はなぜ落ちないのか。一体何が、科学法則のエネルギー矛盾を埋めているのか。その正体とシステムは一応の知識として広く知れ渡っていたが、実際にそれを見た者はほとんどいない。当然だった。そのシステムを収めた機関は全て、遥か空の上層に収められていた。
青天の彼方に浮かぶ不可侵なる陸地。聖堂を設けた九つの孤島の存在が、洪水以降の世界の姿を叶えていた。
聖地と呼ばれるそこには常に、二つの人の影がある。一つは預言者と呼ばれる聖地の守人。そしてもう一つは、聖堂の祭壇に祀られる依代。一方でも欠ければ聖地は落ち、科学法則は崩壊する。千年前に構築されたこのシステムは今の所、幸いにして機能を保ち続けている。
しかし今、一つの聖地が窮地に立たされていた。
人と異なる命を持つ預言者と違い、御芯体と呼ばれる依代はあくまで人間だった。御芯体に死が迫れば、その命が尽きる前に次なる人物へと継代を果たさなければならない。
至高圏の第五聖地は、今まさにその状況にあった。




