第25話 変わっていく娘たち
吾輩はたま子である。
日曜日というものは、人間にとって少し特別らしい。
朝から仕事へ向かう者が減り。
学校へ急ぐ子供も減り。
いつもより遅い時間まで、家の中に人の気配が残る。
ポピーも日曜日は休みである。
昨日までパンの匂いと人の声に満ちていた店が、今日は静かだ。
もっとも。
静かなのは店だけで、その上に住んでいる人間まで静かとは限らない。
この日の村澤家では、朝から優美と栄子が出かける支度をしていた。
行き先は神戸市北区。
しあわせの村の中にある、神戸リハビリテーション病院。
2人の父親、村澤英一が療養している場所である。
なお、この日の話には、吾輩がその場で見ていないことも多い。
病院での会話は、後になって優美や栄子がポピーで話していた内容。
そして、もっとずっと後になって分かったことをつなぎ合わせたものである。
猫とて病院の面会受付を通れるわけではない。
人間の決まりというものは、猫にはなかなか厳しいのである。
◇
朝。
優美が玄関で靴を履いていると、階段を下りてきた栄子が声をかけた。
「昨日、楽しかった?」
優美の手が止まる。
「何が?」
「神戸案内」
「楽しかったよ」
「敬助さんと?」
優美が顔を上げる。
「菜奈さんの神戸案内だからね」
「はいはい」
栄子は笑った。
「でも昨日のお姉ちゃん、めちゃくちゃ気合い入ってたよね」
「入ってないって」
「メイクもばっちり」
「普通」
「服もばっちり」
「普通」
「アクセサリーも――」
「栄子」
「はいはい」
昨日から何度目か分からないやり取りである。
姉妹というものは、同じ話を何度しても飽きないらしい。
優美がバッグを肩へ掛ける。
「それより、忘れ物ない?」
「ないよ」
「ほんとに?」
「子供じゃないんだから」
「昨日、店の鍵どこ置いたか探してたでしょ」
「あれは忘れたんじゃなくて、一時的に分からなくなっただけ」
「それを忘れたって言うの」
「細かいなあ」
2人は家を出た。
朝の魚崎はまだ人通りが少ない。
昨日の賑やかな港とは違う、静かな日曜日である。
父親の見舞いへ行く。
それ自体は、特別珍しいことではない。
だが姉妹そろって行くのは少し久しぶりだった。
栄子は仕事。
優美は店のことや、自分の用事。
2人とも同じ家に住み、同じ店で働いているのに、予定というものは案外合わない。
「お父さん、元気かな」
移動の途中、栄子が言った。
「この前電話した時は声は元気そうだったよ」
「また病院で店のことばっかり聞くんだろうね」
「絶対聞くね」
2人は顔を見合わせて笑った。
村澤英一。
60歳。
パン屋ポピーの店主であり、職人であり。
そして、優美と栄子の父親である。
事故で大怪我を負って以来、腰から下に残るしびれと向き合いながら、長いリハビリを続けている。
ポピーの工房へ立てなくなったあと。
店を守ってきたのは、この2人だった。
◇
神戸市北区へ入ると、景色は少しずつ変わった。
建物が密集した街中から離れ、緑が増える。
しあわせの村。
広い敷地の中には木々が多く、夏の終わりの陽射しを受けて葉が揺れていた。
「ここ来ると、神戸市内って感じしないよね」
栄子が窓の外を見る。
「北区だからね」
「昨日は港で、今日は山」
「神戸らしいじゃない」
「確かに」
病院へ着く。
受付を済ませ、静かな廊下を歩く。
病院特有の匂い。
遠くで車椅子の音がする。
職員の声。
壁際にはリハビリについての案内や、季節の飾り。
栄子は歩きながら少しだけ表情を変えた。
ポピーにいる時の明るい顔とは違う。
優美も同じだった。
父親が元気そうだと分かっていても。
ここへ来ると、事故のことを思い出す。
あの日から。
店も。
生活も。
家族の役割も。
いろいろなものが変わった。
病室の前で優美が軽く扉を叩く。
「お父さん」
返事がした。
「おう」
扉を開ける。
英一はベッドではなく、窓の近くの椅子に座っていた。
優美と栄子の姿を見ると、少し目を丸くする。
「2人そろって来たのか」
「日曜日だからね」
優美が言う。
栄子も笑った。
「お父さん、元気?」
「見ての通りだ」
「それ、元気な人が言う台詞だよ」
「じゃあ元気なんだろ」
相変わらずである。
優美は父親の姿を見ながら、少し安心した。
顔色は悪くない。
以前来た時よりも、表情に疲れが少ないように見える。
「リハビリどう?」
優美が聞く。
英一は少し肩をすくめた。
「毎日やってる」
「ちゃんと?」
「病院にいてサボれると思うか?」
栄子が笑う。
「お父さんなら、先生に『今日はいい』とか言いそう」
「言わん」
「ほんとかなあ」
英一も笑った。
だが、そのあと少しだけ真面目な顔になる。
「しびれはまだ残ってる」
2人の表情が少し変わる。
英一は続けた。
「ただ、前より悪くなってるわけじゃない。先生にも焦るなって言われてる」
「そっか」
栄子が小さく頷く。
優美も言った。
「焦らなくていいよ」
「店は大丈夫だから」
栄子も続ける。
英一は2人を見る。
「それを聞こうと思ってた」
優美と栄子が同時に顔をしかめた。
「ほら」
「やっぱり」
英一が眉をひそめる。
「何だ」
栄子が言う。
「見舞いに来て最初に店の心配するのやめてよ」
「店主だからな」
「今は患者でしょ」
「店主は店主だ」
「病院から店長しないで」
優美が笑った。
「まあまあ」
「優美、お前も笑ってないで教えろ」
「何を?」
「店だ。客足はどうだ」
「順調」
「土曜は?」
「昨日は普通。午後は暇だったよ」
「売れ残りは?」
「そんなにない」
「食パンは?」
栄子がため息をつく。
「始まった」
「何がだ」
「病院からポピー店長会議」
「当たり前だろ」
英一は本気である。
温厚ではあるが。
パンのことになると細かい。
それが村澤英一という職人である。
「焼き上がりの時間、変えてないだろうな」
「基本はそのまま」
「新しい商品を増やしすぎるなよ」
「分かってるよ」
「材料費も上がってるんだから――」
「お父さん」
栄子が遮った。
「大丈夫」
英一が止まる。
栄子は笑った。
「ちゃんとやってるから」
その一言は、思った以上にはっきりしていた。
英一は娘を見る。
20歳。
昔から工房へ入りたがり。
小さな手で生地を触り。
何度注意してもまた戻ってきた娘。
今では、ポピーのパンを実際に焼いている中心人物である。
英一はしばらく栄子を見てから、
「そうか」
とだけ言った。
今度は優美が続ける。
「私も店のこと、もっと覚えてるし。在庫も売上もちゃんと見てるから」
「お前は機械が絡まなければな」
「それは関係ないでしょ」
「レジの設定で栄子呼んでただろ」
「何で知ってるの?」
「茜から聞いた」
「茜さん!」
ここにいない人間へ抗議しても届かない。
英一は笑った。
久しぶりに、3人でいる時の空気が戻っていた。
◇
店の話が一段落すると。
今度は英一が2人を見る。
「で」
嫌な予感がする「で」である。
「お前らはどうなんだ」
優美が首を傾げる。
「どうって?」
「店以外だ」
栄子が優美を見る。
ほんの一瞬。
そして口元が上がった。
優美がすぐに気づいた。
「栄子」
「何も言ってないよ?」
「顔が言ってる」
英一が2人を見る。
「何だ」
栄子は待ってましたとばかりに言った。
「お姉ちゃん、昨日デートだったよ」
「デートじゃない!」
返事が早い。
英一の眉が上がる。
「ほう」
「お父さんまでその顔やめて」
「どんな顔だ」
「面白がってる顔」
「別に面白がってない」
どう見ても少し面白がっている。
栄子は楽しそうである。
「しかも昨日のお姉ちゃん、めちゃくちゃおしゃれしてた」
「栄子!」
「メイクもばっちり」
「もう!」
英一が優美を見る。
「相手は?」
「だからデートじゃないって」
「相手はいたんだろ」
優美が詰まる。
「……いたけど」
「男か」
「まあ」
「ほう」
「その『ほう』やめて」
栄子が横で笑いを堪えている。
優美は少しだけ観念した。
「昔の会社の人」
「同僚か?」
「私はもう辞めてるから元同僚」
「どんな男だ」
優美は少し考える。
そして、昨日の敬助を思い出した。
菜奈の荷物を文句を言いながら全部持っていた姿。
南京町で菜奈の世話を焼く姿。
メリケンパークで笑っていた姿。
夕方の海沿いで、
――また来ましょう。
とはっきり言った声。
「……真面目な人」
優美が答えた。
栄子が横を見る。
優美は続ける。
「優しいし。面倒見もいい」
英一は娘の顔をじっと見た。
「そうか」
それ以上は聞かなかった。
村澤家には、昔から暗黙の決まりがある。
本人が自分から話さないことへ、必要以上に踏み込まない。
英一も、それを破るつもりはないらしい。
ただ。
父親というものは、娘の話し方だけで分かることもあるようだ。
「何?」
優美が聞く。
「いや」
英一は少し笑った。
「そのうち連れて来い」
「だから、そういう関係じゃ――」
「そのうちな」
「お父さん!」
栄子が吹き出した。
「お姉ちゃん、完全に見抜かれてる」
「栄子、人のこと笑ってる場合じゃないからね」
「え?」
優美が父を見る。
「栄子は彼氏いるから」
栄子の顔が止まった。
「お姉ちゃん!」
英一の視線が今度は栄子へ移る。
「ほう」
「またそれ!」
「何歳だ」
「いきなりそこ?」
「仕事は?」
「面接?」
英一は真顔である。
優美が笑う。
「昨日、私も初めてちゃんと会ったよ」
「どんな男だ」
「落ち着いてて、感じのいい人だった」
栄子が少し照れる。
優美は続ける。
「栄子のこと大事にしてるのも分かった」
「お姉ちゃん……」
「本当のことでしょ」
英一が栄子を見る。
「名前は?」
「中崎悠斗」
「仕事は?」
「WEBデザイナー」
「会社員か?」
「フリー。でも敬助さんの会社の仕事もしてる」
英一が少し考える。
「敬助?」
優美がわずかに固まる。
栄子がすぐ笑った。
「あ、お姉ちゃんの気になる人」
「気になる人じゃない!」
「さっき真面目で優しくて面倒見がいいって」
「説明しただけ!」
英一が静かに笑っている。
どうやら今日、一番楽しんでいるのは父親かもしれない。
「で、悠斗は何歳だ」
英一が戻した。
栄子が少し小さな声で答える。
「31」
「31?」
「うん」
英一は娘を見る。
「11上か」
「そうだけど」
少しだけ間。
栄子が身構える。
だが英一は、
「お前が選んだ男なら、まずはお前を信じる」
と言った。
栄子の表情が変わる。
「……うん」
「ただし」
「何?」
「泣かされたら連れて来い」
「どうするの」
「話をする」
優美が笑う。
「怖いなあ」
「普通だ」
「絶対普通じゃない」
栄子も笑った。
「でも、ありがと」
英一は何も答えなかった。
ただ少しだけ笑った。
◇
そのあと。
話はまた店へ戻ったり。
茜のことになったり。
昨日の5人の偶然の鉢合わせを説明したり。
英一は、敬助と悠斗が同じ会社でつながっていたことを聞いて、
「世間は狭いな」
と笑った。
栄子が、
「昨日も同じこと言ってた人いた」
と言う。
「誰だ」
「敬助さん」
「じゃあ気が合うんじゃない?」
優美が口を挟む。
「だから何でそっちに持っていくの」
また笑いが起きる。
英一は、2人の娘を見ていた。
よく笑う。
よく喋る。
お互いをからかい。
困れば助け。
腹が立てば遠慮なく言い返す。
昔から変わらない。
ただ。
昔よりずっと大人になった。
優美が24歳。
栄子が20歳。
店を守り。
それぞれ好きな男ができ。
自分の知らない場所で、自分の知らない時間を生きるようになった。
当然のことである。
子供はいつまでも子供ではない。
それでも父親には、時々不思議に見えるらしい。
「何?」
栄子が英一の視線に気づいた。
「さっきから何見てるの」
「いや」
「何?」
英一は少しだけ考えて。
「仲がいいなと思ってな」
優美と栄子が顔を見合わせた。
「何、今さら」
優美が言う。
栄子も笑う。
「姉妹なんだから当たり前でしょ」
英一は2人を見る。
ほんの少し。
返事までに間があった。
「……そうだな」
それだけだった。
だが。
その一言の中に、娘たちの知らない長い時間があることを。
この時の2人は知らない。
◇
面会時間もそろそろ終わりである。
優美が時計を見る。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
「うん」
栄子が立ち上がる。
「お父さん、今度何か持ってきてほしいものある?」
「ない」
「絶対あとで思い出すやつ」
「思い出したら電話する」
「ほら」
英一が笑う。
優美がバッグを持つ。
「リハビリ、無理しないでね」
「分かってる」
「焦らないこと」
「お前ら、俺の親か」
栄子が言う。
「お父さんが子供みたいに無理するからでしょ」
「してない」
「ほんとに?」
「してない」
「先生に聞こうかな」
「やめろ」
3人で笑う。
そして。
優美が扉のところで振り返った。
「また来るね」
「ああ」
栄子も手を振る。
「じゃあね、お父さん」
「気をつけて帰れ」
扉が閉まる。
廊下へ出た2人は並んで歩いた。
少しだけ静かである。
栄子が先に口を開いた。
「思ったより元気そうだったね」
「うん」
「よかった」
「うん」
その言葉には、朝よりもはっきりした安心があった。
2人はエントランスを抜ける。
外はまだ昼の陽射しが残っている。
緑の多い敷地を歩きながら、栄子がふと思い出したように言った。
「で、お姉ちゃん」
「何?」
「敬助さんと次いつ会うの?」
優美が止まる。
「何でその話に戻るの!」
「だってお父さんも気にしてたじゃん」
「気にしてたのはあんたの悠斗さんも同じでしょ!」
「私はちゃんと彼氏って認めてるもん」
「それは……」
「お姉ちゃんは?」
「もう!」
栄子が笑いながら先へ歩く。
優美がその後を追う。
父親の病院を出た直後だというのに。
結局、姉妹はいつもの姉妹に戻っていた。
◇
2人が病院を出てから、ほんの数分後。
駐車場に1台の車が入ってきた。
降りてきたのは、年配の男である。
周防大。
67歳。
周防ホールディングスの会長。
そして。
村澤英一のもとを、ときどき訪ねている男である。
大は受付へ向かう。
慣れた様子で用件を告げた。
「村澤英一さんの面会で」
手続きを済ませる。
廊下を歩く。
その少し前まで。
優美と栄子が、まったく同じ廊下を反対方向へ歩いていた。
もし数分早ければ。
3人は病院の中で顔を合わせていた。
だが。
この日は会わなかった。
大が病室の扉を叩く。
「入るぞ」
中から声。
「どうぞ」
大が入る。
英一は先ほどと同じ椅子に座っていた。
大を見ると、少しだけ笑う。
「……来たか」
「ああ」
大は部屋を見回す。
「娘たちは?」
英一が一瞬だけ大を見る。
「今帰ったところだ」
「そうか」
大は少しだけ間を置いた。
「会わなくてよかった」
英一も短く答える。
「ああ」
それ以上、説明はない。
必要もないらしい。
大は椅子へ座る。
「具合は?」
「変わらん」
「それなら上出来だ」
「相変わらず簡単に言うな」
「悪くなってないならいいだろ」
英一は苦笑した。
昔からの付き合いを感じさせるやり取りだった。
少しして。
大が聞いた。
「優美は元気か」
「ああ」
「店は?」
「あいつら2人で何とかやってる」
「そうか」
大の表情が少し柔らかくなる。
「……栄子も?」
「ああ。あいつも元気だ」
大は頷いた。
「ならいい」
短い会話。
だが、そこには他人には分からない重さがあった。
英一が少し笑う。
「優美には、気になる男がいるらしい」
大の眉が上がる。
「男?」
「まだ本人は認めてないがな」
「そういう歳か」
「24だからな」
「そうだったな」
大は少し遠くを見るような顔をした。
「早いもんだ」
英一は何も言わない。
大が続ける。
「栄子は?」
「彼氏がいる」
「そっちもか」
「31だそうだ」
「ずいぶん上だな」
「俺もそう思った」
大が少し笑った。
「お前、何か言ったのか」
「本人が選んだ男ならまず信じる、と」
「丸くなったな」
「うるさい」
2人は笑う。
しばらくして。
大の表情が少しだけ変わった。
「……あの子には、まだ話してないんだな」
英一の笑みが消える。
「ああ」
「いつまで黙ってるつもりだ」
英一はすぐには答えなかった。
窓の外を見る。
緑。
青い空。
夏の終わり。
「分からん」
「分からん、か」
「今は」
英一はゆっくり言った。
「あの2人が、姉妹として普通に笑ってる」
大は黙って聞いている。
「それでいいと思ってる」
「……そうか」
「いずれ話さなきゃならない時が来るのかもしれない」
「来るだろうな」
「でも今じゃない」
大はしばらく英一を見ていた。
そして小さく頷く。
「お前がそう決めてるなら、俺からは何も言わん」
「ああ」
「ただ」
「何だ」
「いつまでも隠せると思うなよ」
英一は答えなかった。
病室の中に、短い沈黙が落ちる。
その頃。
優美と栄子は、もう病院から離れていた。
自分たちのすぐ後に。
過去を知る男が同じ病室を訪れていることなど、知るはずもない。
◇
夕方。
魚崎へ戻った村澤姉妹は、自宅でそれぞれゆっくりしていた。
日曜日。
ポピーは休み。
明日からまた仕事である。
優美はリビングのソファに座り、スマートフォンを見ていた。
栄子は冷蔵庫から飲み物を取り出している。
その時。
優美のスマートフォンが鳴った。
LINE。
相手は長谷川菜奈。
優美が画面を見る。
そして。
「……BBQ?」
栄子が振り返る。
「何?」
「菜奈さん」
「菜奈ちゃんがどうしたの?」
優美はスマートフォンを栄子へ見せた。
画面には短い一言。
――みんなでBBQしよ!
栄子が数秒見て。
笑った。
「相変わらず急だね」
すぐに次のメッセージが届く。
――昨日せっかくみんな知り合ったんだし!
――5人でやったら絶対楽しいよ!
優美が読む。
「5人って」
「昨日の5人だよね」
「菜奈さん、敬助さん、私、栄子、悠斗さん?」
「そうみたい」
栄子は少し考える。
「楽しそう」
「悠斗さん予定大丈夫?」
「聞いてみる」
栄子は自分のスマートフォンを取り出す。
LINEを開く。
――菜奈ちゃんが、みんなでBBQしようって言ってるんだけど。
送信。
数十秒。
既読。
そして返信。
――いいんじゃない?
――面白そう。
栄子が笑った。
「悠斗、行くって」
「早いね」
「こういうの嫌いじゃないから」
その時。
優美のスマートフォンがまた鳴る。
――ケイにいは強制参加です!
優美が吹き出した。
栄子も画面を見て笑う。
「敬助さん、本人の返事ないじゃん」
「菜奈さんらしいね」
優美は少し考え。
返信した。
――楽しそうですね。私も参加します。
ほとんど間を置かず、返事。
――やったー!
――じゃあ決まり!
優美と栄子が顔を見合わせる。
「ほんとに決まった」
「菜奈ちゃんにかかると早いね」
「場所とか何も決まってないのに」
「それはこれからじゃない?」
「順番が逆な気がする」
栄子は笑った。
昨日。
偶然、5人がつながった。
今日。
今度はその5人が、自分たちの意思で集まろうとしている。
人間というものは。
一度つながると、急に距離を縮めるらしい。
◇
朝。
優美と栄子は父親のもとへ向かった。
昼。
2人が帰ったあと。
父親のところには、娘たちの知らない男が訪れた。
同じ家族について話しているのに。
知っていることは、同じではない。
そして夕方。
今度は菜奈が、新しい予定を1つ持ち込んできた。
――みんなでBBQしよ!
昨日ようやくつながった5人で。
今度は肉を焼くらしい。
猫からすれば。
人間の秘密より。
父親の過去より。
焼いた肉のほうが、ずっと分かりやすい。
もっとも。
そのBBQで何が起きるのか。
この時の吾輩は、まだ知らない。
ただ1つ言えるのは。
肉を焼くなら。
少しくらい吾輩の分も用意しておくべきだということである。




