表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/188

スケベオヤジと、黒髪ロングのメイド

 「暑いのに、よくぞお出でくださいました。どうぞ中へ。」

 奥から母さんの声。

 すると、このメイドさん、ロボットみたいな動きで

またしゃがみこんだと思うと、

あのスケッチブックをジュラルミンケースにしまい込み、

またロボットみたいに立ち上がって、こちらに歩み始めた。

 その間、まったくの無表情。

 この酷暑に氷の美人とは恐れ入った。


 母さんはうやうやしく、奥の部屋に案内する。

 後に続きながら、ボクは母さんの背中に向かって小声で言う。

 「メイドさんだなんて、聞いてない、聞いてないよねぇ?」

 「あれ?言わなかったっけ?

  すっごい美人のメイドさんが家庭教師で来るって。」

 聞いてないわ。母さんの『言ったつもり』はいつものことだし。


 だけど、最近、噂話は聞いていた。

 このあたりに、時々、超絶美人のメイドさんが出没しているとかの話。

 背がスラーッと高くて、なぜかサングラス、

日傘の似合うハイソサイエティな美形が、

この昭和そのまんまの界隈にいるなんて話。

 母さんがいつだかしてたな。ほとんど上の空で聞いてた。

 ボクは学校と家を往復するだけ、休日は引きこもり生活だったから、

関心がなかったけど。

 母さんの中では、噂話をボクにしてたのと、家庭教師の話がごっちゃに

なっただけなのだろう。

 よくあることだ。忘れっぽいのは母さんの癖だ。


 小さい頃よくこういうことがあった。

 母さんが、朝、登校しようとしているボクに、

 『今日の晩ごはんはカレーライスよ!』と予告。

 子どもの頃のボクの大好物なんだから、それはうれしいのなんの。

 (純粋だったなぁ、ボク。)


 ところが、帰ってみたら、

 野菜いためとサンマの開き。

 「何これ。」

 「なんか文句あるの。我が家の掟、

  『文句があるなら無理して食わんでいい』を忘れたか?」

 「朝、『今日の晩ごはんはカレーライスよ!』って言ってたじゃない?」

 「あれ?そうだったっけ?買い物出たら、野菜もサンマも安売りセールで

つい買っちゃった。」


 何だよおい。

 あのときめきは、人生の希望は、はかなく消えたよ。

 よく、「子どもの話はよく聞きましょう」とか

 「子どもの本心を汲み取ってあげましょう」とか

巷ではよく言われているらしいが、

 ウチの場合、何それだ。


 「納豆もつけとくからさ、これで機嫌直してぇ。」

 いや、納豆は納豆だ。どんな高級納豆だろうが、

 カレーライスの代わりにはなりっこない。

 楽しみにしてたのにな。


 もう慣れっこだから、ケンカする気も起きないけどさ。

 まあ、いいや。


 応接間に入った。

 オヤジはまだぐちぐち言ってる。


 ところが、このメイドさんが部屋に入ったら、

オヤジの目の色が変わったのがはっきりとわかった。



 オヤジ、美人には目がないからな。

 なんで母さんと結婚したのかわからんけど。


 オヤジは近所の「バネ」づくりの小工場に勤めている。

 「小工場」とはいってもシェア世界一だとか。

 ひと口に「バネ」といっても、

 スマホやパソコンのキーに内蔵される、

小さなものだ。

 精密機械に使う小さな部品を作るためには高度な技術が必要だ。

 オヤジはそんな、知る人ぞ知る有名企業の職人であり、社員だ。


 ところが、オヤジときたら、20年近く勤めているベテランなのに、

出世欲などというものがまるでない。

 定時になったら帰るのが当たり前。どんなに工場が忙しいと言われても、

残業なんか絶対にしない。定時以降の会議も出席しない。

 酒飲みのくせに飲み会にも出ない。家飲みが一番だとぬかしている。

 工場の従業員の中では中堅になっているにもかかわらず、

指導役もやろうとしない。


 これだけ何にもやらないのに、目立つことだけは大好き。

 テレビの取材で、番組の最後に部署ごとのスナップ写真が出されるのだが、

関係ない部署の写真も含めて全部の写真にオヤジがどこかしらに入っている。

 全員の集合写真では社長の隣にちゃっかり立って写っている。

 番組ではひとつもインタビューを受けていないのに、

写真にだけはちゃっかり。

 「手柄はみんなのもの。俺は面倒事は嫌いだからな。」



 ただ、美人に目がない。

 ボクが中学生の頃、自転車で登校しようとするボクをオヤジは玄関先で

よく見送ってくれた。

 ここだけ聞くといいおとうさんじゃないかと思われるだろうけど、

実態はまるで違う。

 家の前を通りかかる女子を見るのが楽しみのひとつなのだ。

 特にボクの同級生を見ると、ボクに質問責めだ。

 「今の子なんていう子だ?背が高くてすらっとして美人じゃないか。

俺に『おはようございます』ってあいさつしてったぞ。」

 「ボクと同じクラスの子だもん。礼儀としてあいさつしただけよ。

あの子は佐藤さん。」

 「どこの部活の子だ。」

 「ソフトテニス部。」

 「いいなあいいなあ、美人で。あの子モテるだろう。」

 「知らないよそんなの。バカ言ってないで、

行ってまいります。」


 「あの子は誰だ?そんなに背は高くないが、

可愛らしい顔つきの子じゃないか?」

 「あの子は藤田さん。吹奏楽部の子よ。」

 「いいなあいいなあ、今度紹介してくれよ。」

 「何バカ言ってるの。行って、ま・い・り・ま・すー。」


 そんなオヤジの目の前に、いきなり大好物を放り出したもんだ。



 



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ