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運命の相手は私ではありません!~だから断る~  作者: 一番星キラリ@受賞作発売中:商業ノベル&漫画化進行中


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7/36

現実を知った。

「どうしました、エリス皇太子殿下」


「シャーリー、今日のデートはどうでしたか?」


「それは勿論、楽しかったです!」


「そう。それはよかったです。わたしもようやく君に会えて、共に時間を過ごせ、とても幸せを感じています……」


 そうよね。この世界は全力で二人のゴールインを目指しているのだから。ちゃんと出会えてよかった。……名前だけ、シャーリーと呼ばれているが、この見た目はタマラ。つまりヒロインだ。よって何も問題はないはず。


「シャーリー」

「はい」


 静かだった。湖の中央は、完璧な二人だけの世界。


「シャーリー、この国の皇太子であるエリス・R・バーリントンは、君にプロポーズします」


 名前が……違う。でも湖面を見ても、そこに映るのはタマラだ。ヒロインで間違いない。些末なことは気にせず、ここはちゃんと返事をしよう。


「ありがとうございます。エリス皇太子殿下、謹んでそのプロポーズ、お受けします!」


 幸せの絶頂。ここでエフェクトがかかるなら、鳩を飛ばし、白い薔薇の花びらを散らして欲しい。そう思った瞬間。


 世界から光が消え、時が止まった。


 空が赤黒く染まり、それを映した湖も、赤黒くなっている。目の前にいたはずの皇太子の姿はなく、ボードにいるのは私一人。しかもボードの中に、あの赤黒い水が溢れていく。


「エリス皇太子殿下、どこにいるのですか!?」


 ボードの底に広がる赤黒い水が、どんどん広がっていく。

 真っ白なドレスは、赤黒い水を吸い上げ、色が変わっていた。


 広がった水は、粘着質のあるドロドロとした物質に変わり、その重みでボードがどんどん沈んでいく。


 背中に汗が伝い、皇太子の名を、繰り返し叫んでいる。


 どうして? 私はタマラなのに!

 正しくエリス皇太子と結ばれ、ハッピーエンドではないの!?

 名前が、名前が違うからダメだった……?


 混乱し、そして湖面を見て、そこに映る自分の姿を見つける。

 驚愕した。


 この顔、この髪はタマラではない!

 これは、これは……。

 シャーリー・ジョーンズ!


「!!」


 どぼんとはならず、排水溝に水が吸い込まれるように、ボードごと湖の中へと向かっていく。沈む直前に、思いっきり空気を吸い込んだが……。


 まるで赤黒い、ドロドロのペンキの中に落ちたようだ。もう目も開けられず、粘着質な赤黒い液体が、耳や鼻に侵入してくれるのを防ぎようがない。身動きもとれず、心臓がバクバクして、理解する。

 こうなるのだ。


 小説のストーリーに反する行為をしたら。こうやって消されるんだ。

 頭の芯がジンジン痺れ、閉じていた口が勝手に開いてしまい……。




 目覚めた瞬間。


 自分が泣いていると自覚した。


 愛する人と結ばれると、即死するという厄介な呪い。この呪いを吸収した解呪師である私は、夢の中で呪いを疑似体験。これを持ってして、その呪いを解呪することができたのだが……。


 なんて。なんて恐ろしい呪いだったのだろう。

 愛する人と結ばれたら即死なんて。


 まさに天国から地獄へ、猛スピードで落ちていくようなものだ。


 心臓もバクバクと破裂しそうだった。

 泣き叫び、心を震わせ、この絶望を吐き出したくなっていた。

 これはもうカタルシス効果で、絶望を発散したい状態だった。


 ところが。

 それは……できない。


 チラリと見ると、皇太子がまさかのすぐ横で眠っていたのだ。


 私が眠るカウチのそばで、騎士のように跪き、きっと見守っていてくれたのだと思う。最期の瞬間に到るまでは、とても平和な夢を見ていた。その時の私は、きっと健やかな寝息を立て、寝ていたと思う。


 それを見ていたら眠気に誘われ、皇太子も眠りに落ちたのだと思った。

 その美しい寝顔を見ていると、粟立っていた恐怖が、収まって来た。


 同時に。


 手を握られている状態には、困ってしまう。これでは私だけ起き上がることもできない。


 ただ、あの呪いはとても重かった。深い睡眠に引きずり込まれ、夢を見ることができないでいた。そこで感じた温もり。それは……この皇太子の手だったのだろう。この手の温もりのおかげで、夢を見ることができ、そして呪いを疑似体験し、目覚めることができた。


 よってこの手について、文句は言っていけない。


 でもこんな風に手を握られていたからだろうか。夢の中に、皇太子が登場したのは。いつもだったら、呪いをかけられた相手が、夢に出てくることはない。でもこんな風に手をつないでいたから、夢にまさかの皇太子が登場してしまった。


 ああ、なるほど。


 相手が皇太子だったから、私の無意識が勝手に反応してしまったのだ。皇太子はまだタマラのことを知らない。そのことを私の無意識が、夢に投影させていた。ゆえに見た目はタマラなのに、夢の中の皇太子は、シャーリーと呼ぶことになった。


 それにしても、皇太子が夢の中に登場することで、この世界の恐ろしさを再認識することができた。さらに言えば、呪いのひどさが際立ったと思う。


 こんな呪いはひどすぎる。この呪い考えた黒幕は、本当に鬼畜だと思った。


 人の感情をなんだと思っているのだろう??

「愛=死」と考える黒幕の思考に、ついていけない。


 黒幕。


 結局小説の中で、黒幕の正体は、明かされていない。ただ黒幕は、ヒロインとエリス皇太子により追い詰められ、そして滝壺に身を投げるのだ。そのラストはまるで、テレビドラマのサスペンス劇場みたいだった。


 ともかく呪いは解けた。

 夢のラストは本当に悲惨だったが、あのプロポーズまでは、最高なものだった。


 読んでいた小説に、名前さえ登場していないモブに転生した。ヒロインや皇太子とは、無縁で終わると思っていたのに。皇太子とは思いがけず出会い、夢の中ではあったが、プロポーズまでされた。


 これで満足だ。いい思い出もできた。


 思い出と……現実を知った。


 皇太子とは、絶対にどうこうなってはいけない。タマラというヒロインがいるのだから、絶対に邪魔をしたり、余計なことはしたりしてはいけないのだ。それを身をもって知ることができた。


 気持ちを改め、大きく深呼吸をしたところ。


 「うん……」という、なんとも男性としては艶めかしい声が聞こえ、皇太子が目覚めた。


 寝顔もとても美しかった。黄金色のサラサラの前髪の下の、閉じた瞼から見えた長い睫毛。きゅっと閉じられた口。とても無防備な顔。……いくらでも眺めていることができたが、目覚めてしまったのなら、仕方ない。


 ゆっくり彼の手から自分の手を引っ張りだすと、皇太子は完全に目覚めたようだ。


 私がカウチから起き上がるのにあわせ、皇太子も立ち上がった。

 チラッと見ると、紅茶をいれた痕跡はない。

 完全に私のそばで、一緒に昼寝をしていたようだ。


「……皇太子殿下、ご気分はどうですか?」


 ソファの方に皇太子を誘導しながら尋ねる。彼は素直に従い、ソファへと戻っていく。


 昼寝をするなら二十分ほどで。深い眠りまで落ちると、目覚めが悪くなる。でも皇太子の表情を見る限り。とてもフレッシュで生き生きとした顔をしている。それを見るだけでも、解呪を確信できた。


「シャーリー。わたしは今、かつてない爽快感を覚えています。心身共に、解き放たれた感覚を味わっています。この感動を、誰かと分かち合いたい気持ちでいっぱいです。解呪されたと、実感しました」


 私を見る皇太子の碧眼の瞳は、眩しいぐらい、輝いている。

 何か危険な予感を覚え、気を引き締めると。

 美貌の皇太子は、極上の笑みを浮かべ、ソファに腰をおろす。


「わたしにかけられたこの呪いを解いてくれるなんて……月のように輝く銀髪とアメシストのような瞳を持つ君は、まさに地上に降り立った救済の女神。どうかこれからもわたしのそばにいて欲しい。シャーリー・ジョーンズ。この国の皇太子であるエリス・R・バーリントンは、君にプロポーズします」



 感極まってプロポーズをした皇太子は、なんとか追い返すことができた。


 ただ彼は、もし呪いをかけられたらまた来ます……なんて不穏なことを言っていたが、そんなこと、ありえない。


 呪いを跳ね返すアイテム「リジェクター」は、主に宝飾品として身に着けていることが多い。皇太子もきっと、身に着けているはず。それとは分からないようにして。しかもその「リジェクター」は粗悪品などではなく、一級品のはず。そこは金に糸目をつけず、最高級品を手に入れていると思う。

 もう皇太子は呪いをかけられることはない。


 ついにこの世界の主人公、小説のヒロインたるタマラと結ばれるにふさわしい、完全無欠の皇太子殿下が爆誕だ。


 私はただモブとして、遠くから二人を見守るだけ。ここは田舎に思えるが、皇都の端。ニュースペーパーは手に入るし、そこに二人の婚約が、報じられるはずだ。


 こうしてドキッとするような非日常は終り、モブである私の日常が始まる。


 そう、思っていたのに。


「えっ、どうしてですか?」


「それが……わたしとしたことが、入浴中に呪いをかけられてしまいました……」


 信じられなかった。


 朝一番のお客は、まさかのエリス皇太子。


「リジェクター」は宝飾品だが、肌身離さず身につけられるものを、王侯貴族なら手に入れるはずだ。純金にダイヤなど、庶民では到底手にいられないようなものを。それは入浴時も、身に着けていると思うのに!


「……本当に、呪いをかけられたのですか?」


 店の入口に立つ、皇太子の視線の動きを追う。

 左上……記憶を確かめている。


「はい。せっかく呪いが解け、心身共に軽やかになったのに。再び、気分が落ち込み、体に重さを感じます……」


 嘘は……ついていないのね。


 これにはもう、ため息をつくしかない。


 呪いをかけられても、体に印が現れると言った、分かりやすい変化はない。ただ、呪いをかけられた当事者は、実感する。体に微妙な重さを感じ、言い知れないわずかな不安を感じるのだ。最初は、体調不良と感じる人もいる。だが医者にかかっても、体に問題はない。一ヵ月、二ヵ月とこの状態が続くと、ようやく「呪いをかけられたのではないか?」となる。


 解呪師であれば、呪いを感じ取ることができた。その感じ方はいろいろ。私の母親は、呪いをかけられた人間からは、黒い靄が見えたと言っていた。父親は、音が聞こえると言っている。私は相手の手に触れることで、呪いを感じ取れた。


 見た感じは当然だが、皇太子が呪いをかけられたようには思えない。


 ブロンドのサラサラの前髪は、今日は真ん中わけされていた。

 それだけで雰囲気が変わり、男前度が上がっていると思う。

 碧眼の瞳は澄んだ美しさ。陶器のような肌に、くすみはなく、健康的に感じる。

 白シャツに紺色のタイ、シルバーと空色のストライプのベスト、紺色の上衣とズボン。上衣の襟元や裾の刺繍。宝石のカフス、タイを飾る黄金のピン。


 本当に。


 ラベンダーグレーのローブを着た私と比較すると、私は影で、皇太子はまさに光。

 光の象徴のような皇太子に、呪いの気配は感じられないが、これは確かめてみるしかない。


「皇太子殿下、呪いを確認させてください。手を、よろしいですか」


「ええ、勿論です」


 皇太子はいつもの白い手袋をはずし、私に手を差し出す。

 その手を包み込むように両手で触れる。

 手の平は硬く、甲はすべすべ。

 細く長い指。桜貝のように形がよく美しい爪。


 手さえ魅力的なので、つい見惚れてしまうが、呪いの有無の確認を……。

お読みいただき、ありがとうございます!

蕗野冬先生のお気に入りの解呪シーンでした。

表紙でシャーリーが涙絵になっているのは

この目覚めのシーンを彷彿させます☆彡

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