第三十話 ~奪還(中編)~
中編、今回で一応騒動は終わりです。
では、どうぞ。
「いたぞ!!」
「回り込め!!」
「応!!」
なんとなくいい雰囲気になっていた所に邪魔者がやってきた。無粋な奴らめ。このまま行かせてくれたらいいものを。
などと愚痴を言ってもいられない。追手の影は三つ。皆空を飛んでいる。奴らの中に妖怪が混じっていたようで、二人は翼を生やした妖怪。恐らくは天狗の仲間で、白い紙のようなものでできた大きな鳥に乗っているもう一人は術者だろう。あに鳥は式神というわけか。
さて、どうするか。
「ちっ、早いな」
「喰らえ!!」
天狗たちが俺たち目掛けて羽を打ち出してくる。打ち出される羽は硬質化しており、まるで刃そのものだ。
それを何とか避けながら思考する。
距離は段々と縮まってきている。それにいつまで避け続けられるか。術者のほうも回り込もうと速度を上げているようだし、このままでは埒が明かない。一気に片付けるか。
とりあえず、あの術者は目障りなので落としておくとしよう。
凶ツ火・雷火
雷を纏った炎の帯が一直線に式神目掛けて伸びていく。収束された熱線は式神を貫き燃やし尽くした。
術者は落下中に天狗に救助された。
ふむ、あと二人はどうするか。風牙で打ち落とすかそれとも・・・
「鏡、私がやる。降ろして」
「は?いや、しかし・・・」
「降ろして」
「はい」
何を言うのかと一瞬耳を疑ったが、桜花の瞳には決意の光が宿っているように見えた。だから、俺はその言葉に従ってゆっくりと桜花を降ろした。
決して、有無を言わせぬ得体の知れない桜花の視線に屈したのではない。断じてない、と思いたい。
何か俺、この先の未来が垣間見えた気がする。
天狗たちは急に立ち止まった俺たちに警戒しながらも近づいてきた。高度を下げて術者を降ろし、地面から一メートル程の位置で浮遊している。
「大人しく捕まる気になりましたか?」
一人前に出た術者が言う。
「まさか」
こちらにそんな気がないことは、分かっているだろうに。不用意に近づいてこないのがその証拠。
「忠告します」
呟きと同時に桜花の身体が淡い光に包まれる。すると手錠が弾け飛び、桜花は片手を術者たちに向けた。
「私、上手に手加減できないので、頑張って防いでくださいね」
「「「・・・は?」」」
桜花を包んでいた光が、術者たちに向けた掌に収束する。
「じゃないと、死にますよ?」
そして、光が解き放たれた。
「あー、こりゃまた派手に・・・」
光が収まると、そこにあったのは三つの肉塊。いや、正確には全身血だらけなだけで原型は留めているし生きてはいる。一瞬で全身に裂傷を刻まれたらしい。傷はそれほど深くないかもしれないが、決して浅い訳でもない。まあ、妖怪と術者だしなんとかなるか。
見れば、天狗たちは起き上がろうともがいている。術者には数枚の呪符が傷が深いと思われる箇所に張り付いている。治癒を施しているのだろう。
意識があるだけでも驚きだが、中々にタフな上に優秀だったらしい。
「ごめんなさい。私の自己満足に付き合ってもらって。じゃ、お大事に」
やった張本人がかける言葉じゃあ、ないと思いますよ桜花さん。しかもそんな満面の笑顔で。
「行こう、鏡」
「あ、ああ」
手を引かれながら思う。やっぱり俺、桜花には勝てないかもしれません。
「これで共犯だね。なんていうんだっけ、こういうの。えーと、愛の逃避行?」
「は、はは。そうだなー」
随分と血に塗れた愛の逃避行もあったもんですねー。
「あ、お兄ちゃ~ん、桜花~」
その後、追いつかれることもなく、九凰神社の麓まで来ると零と真雪がいた。
「お兄ちゃん、早く行って!」
「私たちはここで足止めをするわ。心配しなくても無理するつもりはないから安心して」
「零、真雪・・・あの」
桜花が二人の前で立ち止まり、何かを言いたげに口元を動かしている。
「ほらほら、早く行っちゃいなさい。話はまた後で、ゆっくりとね」
「そういうこと。ほら、お兄ちゃんも!追いつかれるよ!」
「すまん。後は頼む!無理はするなよ」
「・・・ありがとう」
桜花と共に階段を駆け上がる。桜花の表情を見ると唇を硬く引き結び、何かをこらえているようだった。
一気に階段を上り終えると、後ろで爆発音が聞こえた。
「な、なんなんだ。こいつらは~!?」
「お兄ちゃんはあんたには渡さない~!!」
「はん!いつまで夢見てるのよブラコン娘~!!」
・・・・・・・・・・・・何やってんだあいつ等は。
・・・・・・多分、喧嘩に見せかけて追手の妨害をしているんだろうけど
「未練たらたらの冷凍女が~!!いい加減諦めなさいよ!!」
「雪女よ!っていうか実の兄を十数年想い続けているあんたに言われたくないわ!!」
なんかだんだん本気になってきてないか。しかも喧嘩の内容が何で俺についてなんだ。つーか、ここまで聞こえる大声っていったい。
まあ、それはそれとして。
境内を抜け外側の九凰神社までたどり着いた。
「跳ぶぞ!」
「うん!って、え~!?」
普通に降りている暇はない。跳躍し、時間を短縮する。何回かに分けて、階段を下りることに成功した。
「大丈夫か?」
「うん。思ったより平気」
よし。後は哭月と合流して・・・
「頑張ったみたいだけど、チェックメイトよ」
「え?」
「・・・ごめんご主人。捕まっちゃった」
俺の目に飛び込んできたのは、十歳くらいの銀髪の美少女。右目が蒼、左目が紅のオッドアイをもつその少女は、異様な存在感を醸し出していた。冷淡なその瞳は、心の中まで見透かされているようで、いい心地がしない。
その手の中には、猫の姿の哭月が吊り下げられていた。
「そ、んな」
まさか、これまでだっていうのか?いや、この少女くらいなら何とかなる、か?
だけど何だろう。この少女には、関わってはいけないような気がする。勝てない。そんな思いが一瞬、脳裏を過ぎった。
「っく、まだ・・・・・・」
「無理よ。貴方たちじゃ、私には勝てない」
「・・・な」
いつの間にか、少女は俺たちの背後に回っていた。
在り得ない。
高速移動術、瞬間移動、空間転移、その何れかであれば、発動の前兆を捉えることは出来る。どんな術にせよ、発動前後に何らかの異変が必ず存在する。
だが、何も視えなかった。無論、俺の反応速度を超える動きであれば当然ではある。
だが、それは在り得ない。夜叉の本能が、それを否定する。
可能性として考えられるのは、俺が知らない空間干渉系の術。
だとすれば、勝てない。一概には言えないが、対抗するには同じ空間干渉系の術が必要である。残念ながら、今の俺には使えない。
打つ手なし。今だって、彼女はその気なら容易く俺の心臓を貫けたのだ。
「何を、した」
「さあ、ね」
少女は薄く微笑みを浮かべ、ゆっくりと俺たちに近づいてくる。
頬から嫌な汗が流れる。
どうする。一か八か仕掛けるか。
いや、駄目だ。勝てる可能性がない以上、下手なことは出来ない。
・・・・・・・・・・今は、様子を見るしかないか。
「私は、凍結の魔女。退魔協会所属、『五亡星』の一人。以後、よろしくね」
「は?」
・・・・・・ん?今この少女は何と?
「分からない?意外と鈍いのね」
余計なお世話だ。この数ヶ月その手の台詞は嫌になるほど聞いている。
だが、分からない。五亡星だの、よろしくだの、何を・・・?
一転、少女は悪戯が成功した子供のような無邪気な笑顔を浮かべた。
「大丈夫。貴方たちのおかげで、全部うまくいきそうよ」
「はい?」
「私は、貴方たちを助けに来たの。お詫びも兼ねてね」
なんですと?
と、いうわけで中編でございました。
やー、これほんとは前編中編で一つの話として書いてたんですが、長くなっちゃったので切りのいいところで分けたんですよ。しかも最後のほうがなんかぐだぐだに。
まあ、それはともかく。
次回は真相暴露編になります。多分また土曜に更新します。
エピローグも含めて残り三部。最後までお付き合いください。
では、また次回。