第二十三話 ~歓迎(前編)~
今回も、前編後編に分けます。
では、どうぞ。
「それじゃ、桜花の引っ越しを祝って、乾杯」
祝っていいのか?つーか祝うものなのか?という俺の疑問を余所に、真雪の声で宴会が始まった。
桜花が俺の家に越してきてから数日後、九凰さんと茜が様子を見に来た。それに何故か銀司がついてきて、せっかくみんな集まっているんだから桜花が家の一員になったお祝いをしよう、などという訳のわからないことを言い出した。そんなこと無視すればいいのだが、みんなノリがよくそのまま宴会を開くことになった。
単に騒ぎたかっただけなのか、それともまだ生活に慣れていない桜花を気遣ってのものなのか、恐らく後者だとは思う。そう思いたいものだ。
「・・・で、何でこうなる」
ぬかった。宴会開始から僅か十数分後、零と二人で急ごしらえで作った料理が並ぶ中、何故あの液体に気付かなかったのか。
「あははー、世界が回るー?」
九凰さんがコップを持ったまま目を回している。
「・・・鏡、あーんして」
何故か真雪が恋人同士がよくやるアレを強要しようと、料理を俺の口元に持って来た。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・あー・・・ごふっ!?」
長い逡巡の後、うるうると瞳を濡らす真雪に観念して口を開けたら、料理が口に入る瞬間、まるで狙いすましたようなタイミングで腹部に強い衝撃が走った。
「何をやっとるか貴様らー!」
せめてそれを言ってから殴って欲しかったなとお兄ちゃん思います。というか貴様ら、と言いながら何故に俺だけに拳を振り上げますか我が妹よ。
「もう、何やってるのよ。普段はそんなことしないくせに。酔ってるとでもいうの?」
「・・・酔ってるんだろうな」
それ以外は考えられない。この状況を見るに、みんな酔っ払っていると考えていいだろう。どうりでなんか既視感があると思った。以前の花見の時にも似たようなことがあった。
「はあ?・・・そんな莫迦な・・・・・・あれ?お酒なんかあったっけ?」
「家には料理酒しかなかったはずだ。まあ、下手人は分かってる」
そう言って俺は、いつの間にかテーブルに鎮座しているアルコール類を持ってきたであろう男を見る。それに気付いた銀司は何を勘違いしたのか、親指を立てて見せた。
「えーと・・・・・・誰だっけ?」
「銀司だよ!?何、俺ってば名前を覚えられなかったのか!?そんなに存在感薄いってか!?」
「何もそこまでは言ってない」
多分、素で分かってないんだろうな、と思いつつ項垂れている銀司を見た。ぶつぶつと何かを呟きながら、アルコールを呷るその姿はどこか不気味だ。
それを見て、もう怒る気も失せたという感じで、零もアルコールの入ったコップを持ち上げた。
「あー、何かもういいや。私も飲む」
「・・・ほどほどにな」
改めてリビングを見渡してみると、何か花見の時よりも混沌とした光景が広がっていた。
「いや、ちょっとお姉ちゃん髪引っ張らないで・・・ってひゃん!?ど、どこ触ってるの~!?」
「あはははっははは。よいではないか。よいではないか」
親父か。
ではなく、九凰姉妹が仲良くじゃれあっている。
「ふふふ、ようし三国志ごっこやろう。今回は赤壁編だ~」
「や、やめようよ恥ずかしいよ」
花見の時も思ったが、三国志ごっこって何さ。というかなんとか編ってことはいくつかあるのか。まあ、何をするのかは全く分からないのだけれども。
「クッソー、こうなりゃ自棄だ。飲んでやる。飲みまくってやるー」
ま、銀司はいいや。さっきの零の言葉をまだ気にしているようで自棄酒に走っている。飲んでもいいが逆に酒にのまれるなよ、などという別にうまくもなんともないどうでもいい言葉が頭に浮かんだが、色々恥ずかしいので胸にしまった。
「ふふ、さあ、私のことはお姉さまと呼びなさい、子狐ちゃん」
「ふにゃ~、お姉さま~」
真雪が唇の端を吊り上げ、妖艶な笑みを浮かべながら桜花を侍らせていた。なんだろう、さっきまでここで俺にアレを強要していたとは思えない変わり身だ。というより、だんだんキャラが崩壊してきてないか?
「お姉さま、肌すべすべ~」
「あんっ、こら。・・・もうしょうがないわね。お返しよ」
「ふにゅ、そこは駄目~」
蕩けた表情で甘い声を上げる桜花。何かいけない想像をしてしまいそうだが、実際は真雪が桜花を後ろから抱きかかえて耳を弄っているだけだ。まあ、あの獣耳は敏感なようで桜花は身悶えているが。
そういえば、桜花のアレは本当に酔っているのだろうか。ただ単純に面白がっているだけのような気がする。多少気分は昂揚しているのかもしれないが、そこまで酔っているようには見えない。
まあ、本人が楽しんでいるならいいか。
などということを考えていたら、隣からとんでもない声が響いた。
「私、脱ぎます」
「ぶっ。はい!?」
今まで大人しく酒を飲んでいた零が突然妙なことを口走った。
「ちょ、やめろ本当に脱ぐな!?」
何故かいそいそと上着に手をかける零を力ずくで押さえつける。完全に酔っている。どうやら、零の方が酒にのまれたらしい。
「んっ、ちょっと止めないでお兄ちゃん。あ、それとも私の身体が欲しいの?だったら言ってくれればいつでも」
「違うわ!?」
零の言葉を遮り、思わず叫んだ。なんてことを言うだろうこの妹は。って今更な感じはあるか。素でも酔っていても言ってることはほとんど同じだったりする。
「いいぞ~、もっとやれ~」
「黙れ、五月蝿い。こっち見んな変態」
「あ?殺すぞ」
「・・・・・・生まれてきてごめんなさい」
俺と零の殺気の集中砲火を浴びて縮こまる銀司。まったく、余計なことを言わなければこんな恐怖を味わうこともなかっただろうに。第一に、銀司なんぞに零の柔肌を見せてやるものか。
だからシスコンじゃな・・・いや、シスコンかもしれない。つーかシスコンでもいいや。認めてしまおう。
「とにかく落ち着け。そういうのは誰も居ないときに、な」
「本当?」
「あ、ああ」
あれ?俺、今取り返しのつかないこと言った?
「約束だよ?」
「いや、ちょっと・・・」
途端に上機嫌になった零は宴会の喧騒の中に混じっていった。
「お、俺は」
誰居も居ないときでも駄目だよ。などと今更零に言えない。勢いに任せて俺はなんてことを言ってしまったのか。ま、まあ酔いが醒めたら今のことは覚えて・・・。
「覚えてるでしょうね。都合のいいことは覚えているものよ」
「・・・哭月」
哭月も人間の姿で宴会に参加していた。どうも彼女の傍の殻のビンを見る限り、結構な量のアルコールを摂取しているようだが、酔っている様子は無い。
「覚えているかな?」
「覚えているでしょうね。ま、そのときは協力してあげるわ」
なんとなく、面白がって盛り上げようとするような気がするが、今は信じておこう。
「頼む。そういや、哭月は酔ってないんだな」
「ええ。昔からお酒には強いの。うふふ、ささ、お一つ」
「む、どうも。はあ、俺も飲むか」
哭月にお酌された酒を一気に喉に流し込む。
こうなれば、今日はとことん飲もう。
そんな俺の思いと共に、この宴会は夜遅くまで続いた。
というわけで前編でした。
何の予告もしてなくてすみません。作者的にも予想外に筆が進まなく、区切りのいいところで分けておこうと思い、このような結果になりました。
てことで、次回は後編、同じ日の夜の一幕です。
多少短めになると思います。
では、また次回。