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月光

草木も眠る、丑三つ時。

昼間の熱気がようやく収まって、だけど夜気は生暖かい。

どこかでフクロウの鳴く声がする。

空は晴れて、白く輝く月が深夜の木々を冴やかに照らし出している。

ゆるゆると空気が微かに動く程度の風が吹いて。

そこに、男が2人現れた。


「どうだ?」


「ちょっと待って。ああ、いいね。きれいに咲いてるよ」


「いくらで売れるかな? 楽しみだなぁ。それにしても警備隊の奴ら、無様だったなぁ。ぎゃあぎゃあ悲鳴あげちゃってさ。第二王子のお抱えって言っても、大した事ねえなぁ!」


「火の玉には恨みの念が込められてるって、古くから信じてるひとは多いからね。人間相手なら向かうところ敵なしの精鋭でも、オバケには手も足も出ないでしょ」


男たちは潜めた声で楽しげに話しながら、大きなシャベルで土を掘り、持って来ていた器に丁寧に移し替える。


月の光を浴びて、白いブルーバタフライは淡い虹色に輝いていた。


「キレイな花ですね」


「ーーーーっ!!」


そっと声をかけると、男たちはギョッとしたように立ち上がり私を見た。


ひとりは険しい目つきで私を睨み、もうひとりは私を見極めようとするかのようにじっと見ている。


「月もキレイですね」


今夜の月はよく冴えて、表面の影まではっきりと見えるようだわ。

あえて大きな動作で空を見上げると、私を睨んでいた男が少し後退して太い木の幹に手を突いた。


すると、もうひとりの男が柔和に微笑んで言ったわ。


「夜のお散歩ですか? ここは化け物が出る、と噂のある場所です。女性のひとり歩きは危ないのではありませんか?」


「化け物、ですか?」


問い返すと男は頷いた。


「そうですよ。ほら」


ほら、と男が指をさした先、ぽぅと炎が揺らめいた。

ひとつ、またひとつ。ゆらゆらと炎が闇夜に浮かぶ。


「まあ…!」


「のんびりしていると、化け物が現れるかもしれませんよ」


だから逃げろ、立ち去れと男はさりげなさを装って私を遠ざけようとする。


私は少し俯いて、両手で顔を覆ったの。

私の手には、タチバナさんに作ってもらった小道具があったわ。


「その化け物というのは」


私はそう言いながら、ゆっくりと顔を上げ男を見据えた。


「こんな顔じゃありませんでしたか?」


「っっ!!!」


火の玉の浮かぶ闇の中、のっぺらぼうの女の姿はなかなか雰囲気出てるんじゃない?

タチバナさん力作のお面よ!


男は真っ青になって尻餅をついてしまったわ。


「うわあああぁぁぁ!!」


目つきの悪い男の方が叫んで逃げ出した。

でも、残念ね。

そっちの方向にはヒレンさんがいるのよ。


ヒレンさんは悲鳴を上げながら走ってくる男に言うわ。


「どうしました、こんな夜更けにそんなに慌てて」


「ば、ばば、化け物だ! 女の化け物が出たんだ!!」


「おや、出ましたか。その女の化け物は…」


もちろん、ヒレンさんもタチバナさんのお面を持っているわ。ヒレンさんは顔をするりとひと撫でして。

とても上手に自然にお面を装着する。

みんなで練習したのよ。一番上手だったヒレンさんに、この役をお願いしたの。


「こんな顔ではありませんでしたか?」


「っひぃ!!」


反射的に振り返った男の背後には、のっぺらぼうのお面をつけたジェリーさん。

男は声もなく気を失ってしまったわ。


私の前で尻餅をついた男はブラッドリー王子とセスさんが確保した。


男たちの対応は任せて、私は浮かぶ炎に顔を寄せて、間近でそれをよく見てみたの。


これ、立体映像ね。

パンパスグラスの穂先に映像を映しているんだわ。

とても良く出来てる。

メラメラと揺らめく映像が、穂が揺れるとさらにリアルに見えるのよ。


熱くないはずね。


「ヨツバ」


あ、ブラッドリー王子が呼んでるわ。


「はい?」


ブラッドリー王子の元へ行くと、なんだか奇妙な顔をされたわ。


「…もう、それは外したらどうだ?」


あら? やだわ。

お面、つけっぱなしだったわ。

ぱかっと外してみせると、ブラッドリー王子はほっとしたように微笑んだ。


「本当によく出来たお面だ」


「ええ。さすが、タチバナさんだわ」


ぽんぽんと優しく頭を撫でて、ブラッドリー王子は今夜の働きを労ってくれた。


「お疲れ様、ヨツバ。あとは任せて。部屋まで送ろう」


差し伸べられた手に手を重ねると、大きな手が私の手を優しく包み込む。


月の光の中、煌く花びらが目を引いた。

本当に、とてもキレイなのよ。


「不思議ですね。どうしてこんな風に光るんでしょう?」


「そうだな。調査の中でそれも分かるだろう。正当な新種開発なら、成果に対する評価や報酬が付くのだが、どうなるかな」


パールのような滑らかな光沢は他の花ではあまり見かけないわ。

ブラッドリー王子の言うように、正当な新種開発ならきっと称賛されたでしょうね。


でも、たとえそうじゃなくても、この花が素晴らしく美しいことに変わりはない。

多くのひと達に愛される花になると良いなと思いながら、ブラッドリー王子に付き添われて部屋まで戻ったの。




翌日の午後。

おやつタイムにタカネさんのお店で、私たちは再びレモンとハチミツのかき氷を食べている。

みんな、とても気に入ったみたいなの。

私もこの夏一番のお気に入りになったわ!


いつもの畳のお座敷に、いつもより大きなテーブルが置かれていたの。

ジェリーさんやセスさんも一緒に食べられるようにって、タカネさんが配慮してくれたのよ。


「それにしても、ヨツバのアイデアは恐ろしいよね。僕は仕掛ける側で本当に良かったよ」


ジェリーさんはそう言いながら、ハチミツを追加していた。


「僕たちの世界ではわりとポピュラーな怪談話の再現ですよ。ねえ、ヨツバちゃん?」


「そうですよね、ヒレンさん。別に、私のアイデアというわけではありませんよ」


さも私が恐ろしい人間みたいな言い方はしないで下さいな。


「疑問があるんだが」


セスさんの声にそちらに視線を向けるのと、セスさんの前に丼が置かれるのがほぼ同時だった。

蓋を開けると甘辛いいい匂いが広がったわ。

カツ丼…。セスさんったらいつの間に注文したの?


「なんですか、セスさん?」


「ヨツバはいつあの花に気づいたんだ?」


「ああ…。新種に気づいたわけじゃありませんよ。ただ、あの花火の夜、少し手前で見てもあそこの花は良く手入れがされているように思えたので」


雑草が取り除かれていたり、等間隔で花が植えられていたり、ね。少なくとも自然に咲いているものではない、と思ったの。


「さすがはヨツバちゃんね。火の玉も仕掛けがあったのですってね?」


ティナさんはにっこりと褒めるように微笑んでくれたわ。


「ああ。あのスペースに一定距離以上近づくと映像装置が起動してパンパスグラスに立体映像を映し出す仕掛けだった。自分たちが作業するときは起動スイッチを切っていたようだ」


ブラッドリー王子の解説に、ティナさんはお人形のような美しい笑顔を浮かべたわ。


「まあ、そうなんですの。ところで、今日もいらっしゃるなんて、本当にお暇なんですのね、殿下?」


「話の流れで気がつかなかったのかもしれないが、我々は昨夜、深夜まで仕事だったんだよ、ティナ。夜勤扱いで今日は昼までの勤務なんだ」


「あらあら、それは大変でしたのね。では、さぞお疲れでしょう? 自室に戻られてお休み遊ばしたらいかがですか?」


にこにこにこにこにこにこにこ。


「………………」


寒っ。

なんか寒いわ。

かき氷で冷えちゃったかしら。


「花といえば、その新種の花、すごくキレイな花だったよねぇ」


ヒレンさん!

冷えたお部屋にほのぼのとした暖かさを届けてくれるヒレンさんの存在がとてもありがたいわ!


ジェリーさんもセスさんも、この2人に関しては我関せずって感じなのんだもの。


「本当に! 見た目の形状がとっても可愛らしいし、何より色が特殊ですよね。パールみたいなコクのある光沢で」


「そうだよね。あの色の花は、ちょっと見たことないなぁ」


「私もです」


私とヒレンさんの会話に、ティナさんが首を傾げたわ。


「先日私がご一緒したときはそのような光沢は無かったように思いますが」


「月の光に反応して光るそうだ。染色の魔法石を使って、貝を砕いて粉末状にした物を材料に加工したと言っていた。成功率は3割ほどらしいがな。捕らえた連中は、ムーンライトバタフライと名付けて高額で販売しようとしていたらしい」


ブラッドリー王子がそう教えてくれた。


「あの場所は月の光がよく入るからねー。実験や開発に適してたんだってさ。だけど、土を整えて花が咲くようになると目立つようになって、巡警中の警備隊が覗き込んだり休憩に立ち寄ったりするようになった。何度も踏み荒らされたってすごい文句言ってたよ」


それで追い払おうとしたのね。

ジェリーさんの話を引き継ぐようにセスさんが言ったわ。

…セスさん、丼増えてない?


「だが、あの林は国のものだ。私的利用、しかも無断で使用することは許されない」


「しかもおばけを装ってひとを脅かそうとするなんて許せないよねー!」


まあ、やり返しましたけどね。同じ方法で。

ジェリーさんもノリノリだったわよね。ヒレンさんがやった役、やりたがっていたじゃない。


「なんにしても、ヨツバちゃんのアイデアが効果あった、ということですわよね。こちらもおばけを使おうなんて、ユニークな作戦だと思いますわ」


「ひとがおばけを怖がるだろうと考えるひとは、そのひと自身もおばけが怖いのだろうと思ったんです。自分が怖くもなんともないものを他人が怖がるなんてちょっと思いつきづらいと思うんですよね。だからきっと、のっぺらぼうも嫌がるんじゃないかなって思いました」


アリシアさんが、私に激辛カレーを食べさせようとしたのもそう。アリシアさん自身が苦手だからこそ出てくる発想だと思うのよね。


「テキメンだったねー」


ジェリーさんは猫のような目を三日月形にして嬉しそうに笑う。

ヒレンさんもほわほわっとした笑顔を見せて言ったわ。


「僕も正直楽しかったなぁ。肝試しとか、お化け屋敷とか、大好きなんだよねぇ」


「お化け屋敷…?」


ジェリーさんったら、警戒している猫みたい。

ギョッとしたように目を見開いて伺うようにヒレンさんを見ているわ。猫だったらきっと、膨らんだ尻尾がピンと立っているわね。


ヒレンさんからお化け屋敷の説明を聞いて、嫌そうな顔をしていたわ。


…視線?

ブラッドリー王子を見るとばっちりと目があったわ。

凛々しくて優しくて甘やかな微笑み。

ごく自然に、微笑み返していたわ。


「依頼を解決してくれてありがとう、ヨツバ。ルカが礼をしたいと言っていた」


「お役に立てたなら、私も嬉しいです。占いの依頼、またもらえるでしょうか?」


「ヨツバは働き者だな」


ブラッドリー王子は苦笑気味よ。

でもね、働き者ってほどでは無いと思うわ。だって、王宮に来る前はもっと占いのお仕事していたもの。


ちなみに、お手当が頂けるのよ。

ちゃんと仕事なの。今はお金に困っているわけじゃ無いけれど、先々何があるか分からないし、貯められるなら貯めたいわよね。


それにやっぱり、この力を役に立てたいの。

助けられるひとに手を伸ばしたい。

何も出来ずに見ているだけは嫌なの。見て見ぬ振りもしたく無い。


そしてもうひとつ。

あなたを傷つけようとするひとを見つけたいの。

銃に細工をしていたひと。

髪を後ろに結んだあのひとは、きっと、あなたの近くにいる。


見つけてみせるわ。必ず。


そのためには深窓の令嬢のようにお淑やかに過ごしていてはダメだと思うの。

たくさんのひとと、出会わないとね。


だからね。


「占いのお仕事、どんどん紹介してくださいね?」


にっこりとおねだりモードで見つめちゃう。

ブラッドリー王子は微苦笑を浮かべて仕方がないなと呟いた。


「無理はするなよ?」


凛々しいお顔にほんの少し曇りが見える。

困らせているかしら?

だけども、そんな表情も素敵だな、なんて思ってしまうの。


ふふ。いけないわね? 内緒にしなくちゃ。


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