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夜空の彩

どどん!


お腹に響く、大きな音。

湖上に大きく花開く色とりどりの花火。

夜空を彩る小さな炎が、鬼籍のひとの心までもきっと慰めてくれるだろうことを、美しさに言葉を失いながらもただ願う。

またひとつ。赤く、青く、色を変えながら空を飾り湖面を揺らめく。

火薬の香りが微かに漂って。

今夜最後の花火が上がった。



「どうだった?」


ブラッドリー王子が微笑んだ。


「とても迫力がありました。こんなに近くで花火を見たのは初めてです。すごくキレイだった…」


綺麗だったわ。本当に素晴らしかった!

こちらの世界で花火が見られるとは思わなかったわ。

時間を忘れて見入ってしまったの。

っは!

もしかして、口開けた間抜け面を長時間晒してしまったのではないかしら。

やだわ。恥ずかしい。

ブラッドリー王子…、見てた?


「どうかしたか?」


そうっと見上げると、はてな? と首を傾げられたわ。

うん。大丈夫。

きっと、見られなかった。


そうよ。それはそれは素晴らしい花火だったもの。

ブラッドリー王子も賑やかな夜空に釘付けだったに違いないわ。


「なんでもないです」


腕に腕を絡めてにっこり見つめると、ブラッドリー王子も微笑んでくれた。


「じゃあ、行こうか」


「はい!」


ブラッドリー王子と2人、向かったのはとある林の中。

花火見物の喧騒から遠ざかるように人気の無い薄暗闇へと2人で歩いた。




「おばけ、ですか?」


若干、きょとんとしたわ。

ここはブラッドリー王子の仕事場。執務室と隣接した応接スペースで話を聞いていたのだけれど、思わず首を傾げてしまう。


王妃様からお話を頂いた、私の占いで衛士さんのお手伝いをする件は、ブラッドリー王子の元で占う相談者を管理して下さることになったの。


「お恥ずかしい限りです」


眉間にシワを寄せたこのひとはルカ・フリントさん。

ルカさんはブラッドリー王子が出張で王宮を離れる際に隊を預かる、ブラッドリー王子にとっては腹心の部下とも言えるひとらしいわ。


最初の相談者はなんとブラッドリー王子の王立警備隊なのよ。


今、ルカさんから話を聞き始めたところなのだけれど、ルカさんは短髪でガタイが良くてかなり強面の、まあ、なんて言うか、一見してカタギじゃないなと思わせる外見の人なものだから、しかめっ面されるとへんに迫力があるわ。


うーん。おばけ、ねぇ。

私は頂いた紅茶を一口飲んだ。


「見た方がいるのですか?」


「はい。巡警の際に、火の玉と闇に浮かぶ白い影を見たと報告しているものが4人おります。この話が出てから該当地への巡警を嫌がる者が続出しまして。情けない話で、大将に報告するのも躊躇われましたが業務に支障が出てからでは遅いのでお話した次第です」


「火の玉と白い影…」


ということは、いわゆる幽霊系ってことかしら。口裂け女とかろくろ首とかのっぺらぼうとかじゃなく?


「本当に、困ったものだよね。そんなことで巡警を嫌がるなんてさ」


ジェリーさんはつまらなそうにアイスティーの氷をストローの先でつついているの。


「見に行って見ましたか?」


尋ねるとルカさんは当然と頷いたわ。


「林の中に少し開けた、というか木の生えていない場所があるのですが、()()と言われているのはそこなのです。巡警中すぐそばを通るコースがあります。私が確認のため見に行ったときは何もありませんでした」


「そうだよね。あるわけないよ」


「…ジェリーさんも見に行かれたんですか?」


「何言ってんの! 行くわけないでしょ」


ジェリーさんはつーんとそっぽを向いてしまったわ。

…怖いんですね、おばけ。


「俺は行った。何も無かった」


壁に(もた)れるように立っていたセスさんが言ったわ。


「それは昼間ですか? 夜ですか?」


「夜だ」


ふうん? 必ず出る、というわけではないみたいだけれど、どのくらいの割合で遭遇するのかしね?


「何か、分かりますか? ヨツバ殿」


ルカさんにじっと見つめられて少し考える。

要するに、パトロールのコースにおばけが出て、警備隊の隊員さんがパトロールを嫌がるのでなんとかならないか、とそういうことなわけよ。


それって、占いに向いてる相談なのかしら。

おばけの正体を占えってこと?

占いで、おばけの正体が分かるとでも…?


でも。面白そうよね?


火の玉と白い影の正体、暴いてみたいわ。

純粋に、何なのか知りたいもの。


「まずは、その場所を見てみたいです」


ジェリーさんは「気が知れない」と言いたげな目を向けて来たわ。

ふふん。私、おばけや幽霊の類は怖くないのよ。

だって見たことないんだもの。怖がりようがないわ。

むしろ是非見てみたい。

子供の頃から、物語の中の、悪霊と闘う霊感の強い少女に憧れたものよ。


だけど一度も幽霊とは会えたことがないの。

白い影が本当に幽霊ならば見てみたいわ。


まあね。そうは言っても本音はね。

幽霊の正体見たり枯れ尾花。

幽霊では無いだろうと、思っているわ。でも、意外と面白いものが見られるかも知れないでしょう?




「幽霊の正体見たり…、なんだって?」


「枯れ尾花、です」


しっとりと露を含んだような草を踏みながら、静まり返った林を歩く。

午前中にルカさんから話を聞いて、私が現場を見たいと言ったから、ブラッドリー王子が案内してくれることになったの。


(おり)しも、今夜は夏祭りの開始日。

花火が上がるから、それを見てから行こうと言ってくれたのよ。


「なるほど。ヨツバは幽霊を信じてないんだな?」


笑みを含んだ甘い低音が頭の上から優しく落ちてくる。

私は暗い足元を気にしながら答えた。


「そうですね。元の世界でも見たことがありません。いたとしても、私には見えないだろうと思ってます。ブラッドリー王子は信じてますか?」


「いいや。だが、いても構わないと思っている。生者と死者が同じ場所にいたとしても、不都合は無いように思えるからな」


ブラッドリー王子の「不都合は無い」は、労働出来ないけど飲み食いもしないだろうから、ということらしいわ。


「こちらの世界で「おばけ」と言ったら、皆さん幽霊を思い浮かべるのでしょうか?」


「…どうかな? 死者の霊をおばけと言うことも多いが、どちらかというと妖精のようなものを思い浮かべる者の方が多いかも知れないな。何かがなくなったり、逆に増えていたり、朝起きると朝食の支度がしてあったり部屋が片付けられていたりする、というもので、子供の姿の妖精がイタズラをするという言い伝えがある」


「子供の姿…。座敷童みたいですね」


「座敷童?」


「はい。子供の姿をしていて遊んでいくんです。福をもたらすと言われて珍重されます」


「珍重…。なるほど?」


ぅん? 笑われたかしら?

足元から視線を上げると、ふわりと瞳で微笑んで、ブラッドリー王子は前方を指差したわ。


「さあ、あそこだ」


「…………………」


()()と嫌がられるその場所は、直径4メートルくらいのスペースで、小さな花が周囲にぐるりとたくさん咲いているの。月の光がスポットライトのように差し込んで、まるで、妖精のためのステージみたい。


「どうだ?」


数歩手前で足を止め、()()をじっと見つめる。

そうね。私に言えるのは。


「今夜は出ないですね」


それだけよね。申し訳ないけれど。

それにしても、本当に不思議な空間だわ。そこだけが切り取られた、別の世界みたい。


絵画のようなその場所をしばらく2人で見ていたわ。

ブラッドリー王子の手が私の肩を抱き、寄り添う逞しい姿を見上げると、優しい微笑みが私を包んでくれる。


額に触れる柔らかな愛情をくすぐったく思いながら、微笑みを返してからめた腕にしがみつけば、大きな手が髪を撫でてくれるの。


少しの間、そうして心地よく甘えていたのだけれど、ふと咲いている花に興味を惹かれて声をかけた。


「もう少し、近づいてもいいですか?」


「もちろん」


「おばけが出るとは思えないですね。それこそ、妖精の方が似合いそうなファンシーな雰囲気です」


「そうだな」


月の光が目に見えるよう。小さな花が()()と揺れる、その円形のエリアに差し掛かったとき。

視えていた未来に変化を感じた。


「ーーーーーーーー」


「どうした?」


「…出ます」


「なに?!」


ふぅっと、月が雲に遮られ、見えていた景色がぼんやりと霞む。

直後、ぽぅと炎が(とも)ったの。

仄青い炎はみるみる数を増やし、私たちを何重にも取り囲んだ。


「これは…!」


目を見張るブラッドリー王子の隣で、私はそっと揺れる炎に手を伸ばした。


「ヨツバ?!」


指先が炎にもう少しで触れる、そのほんのほんの、一瞬の直前。


「うぎゃああああああ!!」


絹を裂くよう、とはとても言えないコミカルな悲鳴が響き渡ったの。

途端、炎はかき消えて、私の指先は空を掻いた。


むむむむ。もう少しだったのに。


もぅっ。ジェリーさんったら!!


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