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準備

お披露目の宴、とは何を指すと思いますか?


A:飲めや歌えの大宴会…的なやつ

B:厳かな表彰式…的なやつ

C:華やかな舞踏会…的なやつ


「………Bかしら?」

「正解はCです。ヨツバ様、ダンスのご経験は?」

「だ、だんす?」


文化祭でフォークダンスは踊ったことあるけれど。

違うわよね?


パールさんは難しい顔で腕組みをしたわ。

「マヨイビトの方はダンスの経験のない場合が多いと聞いていたけれど、やっぱりそうなのね。どうしましょう」

ぶつぶつと呟きながら考え込んでしまったの。


実は、国王陛下が仰っていた、私のお披露目の宴というものが、1週間後に決まったのよ。


パールさんは大慌てなの。

「ドレスや小物はブラッドリー殿下が用意して下さるのでいいとして、問題はやはりダンスね。主役が踊れないのでは格好がつかないわ」


舞踏会、ねぇ。

舞踏会って、何するの?

いえ、知ってるわよ? あれでしょ。シンデレラがカボチャの馬車に乗って行くやつよ。ね?


「踊りたいひとだけ踊れば良いのではないの?」

無理して踊らなくても。壁の花になり切ったらイイと思うの。


「誘われたら断らないのがマナーです。それに、ブラッドリー殿下のエスコートで出席するのですよ? 殿下とも踊らないなどありえません」


えぇー…。


「特訓いたしましょう、ヨツバ様」

「はい?」

「私がご指導いたします。本番までに、それなりには踊れるようになりましょうね」

「……………」


というわけで、特訓が始まりました。




「まずは、基本のステップを覚えましょう。ワルツは三拍子です。女性は後ろ向きに進みますが、男性がリードしてくれますので何かにぶつかったりすることはありません。後ろを気にせず前を向いていてください。では、右足後退から」


えっと。いちにいさん、いちにいさん…。


「背筋を伸ばして。胸を張って。はい。壁際に来たらターンします。大丈夫。顔は前を向いていてください。前進するときは踵から着地します」


え。…え?


「下を見ないで。はーい、笑ってくださーい」


いや。無理です…。




ああ。ぐったり。

慣れないヒールでふくらはぎはパンパンだし、足の裏は痛いし、足全体が疲れてだるいわ。


「はい、お待ち」

「わーい。タカネさん、ありがとう」


今日のランチはタカネさんのお蕎麦。

コシがあってお蕎麦の香りがしっかり香る、とても美味しいお蕎麦なの。

会食の日以来、ランチはタカネさんのお店に入り浸っているのよ。


タカネさんのお店は、日本家屋のような内装なの。障子を使っていたり、床の間があったり、坪庭があったりするのよ。

タチバナさんに造ってもらったのですって。流石ね。

しかもね、畳を使ったお部屋があるのよ!


こちらのひとは椅子に慣れているから畳に座布団を好むひとはほとんどいないのよね。だから、このお部屋はいつも私が占領しちゃうの。


元の世界の私の家には畳の部屋なんて無かったし、坪庭なんて作れるほど広い家でも無かった。

でも、ここにいると落ち着くの。

ぼーっといつまでもお庭を眺めていられる。

気がつくと、1時間とか経っていて、びっくりしちゃうのよ。


時が止まっているかのような小さな空間を、今日も眺めて過ごしたの。



特訓を始めて3日目。ブラッドリー王子が様子を見に来てくれたわ。


「ヨツバ、俺とブルースを踊ってみよう。ワルツと違って四拍子だが、ステップは簡単だ。おいで」


ブラッドリー王子は私の手を取ると、丁寧に教えてくれたわ。


「右足下げて、左足下げて、右、左で足をそろえる。角度はこう。次は前に。右足前へ、左足前へ、右、左で足をそろえる。そうそう。これの繰り返しだ。俺にくっついて歩くことを意識して。スロー、スロー、クイッククイック。音楽をよく聞いて。目を閉じていてもいい」


踊る、というよりも音楽に合わせて歩く感じ。

ブラッドリー王子が歩く、その足の動きに合わせて私も足を動かす。

ブラッドリー王子の大きな手、力強い腕。

委ねる、ということが、抵抗なくて出来てしまう安心感。

鼓動を感じられるほどの距離が、心地良い。


目を閉じると、音楽がよく聞こえる気がするわ。


「よし。じゃあ、ワルツを踊ってみよう。大丈夫。もうステップは覚えられているから。いくよ」


音楽が変わって、ブラッドリー王子が少し大きめに一歩踏み出す。私も、その動きに合わせて一歩足を下げる。


あれ?

ああ。なんか…、リードに合わせるってこういう感じ?

なんだか、踊ってるって感じがするわ。

うんうん。いい感じ。

コツが掴めたみたい。


「うん、すごく良くなった。この調子でもう少し練習すれば、十分上手くなるだろう」

「ありがとうございます、ブラッドリー王子」


ブラッドリー王子は笑顔で褒めてくれたわ。

うふ。嬉しい。


パールさんは、教え上手とブラッドリー王子を絶賛していたけれど、本当よ!

少し教わっただけで、自分でも良くなったと思えるもの。


ブラッドリー王子は王宮に戻ってから何かと忙しくしているのよ。ライドさんとしてしばらく王宮を離れていたでしょう?

お仕事の内容は分からないけれど、王子様としてのお仕事が溜まってしまっているみたいで、消化するのに毎日とても忙しそうなの。


でも、そんな中見に来てくれて、アドバイスもしてくれた。

本当に、面倒見が良くて優しいひと。


ようし。本番まであと少し。

せめて恥をかかせることがないようにしなくちゃね。

頑張るぞ!



それからも毎日頑張って練習したわ。

明日はとうとう本番なの。

ダンスはパールさんに「まあまあですね」と言ってもらえるところまで来たわ。本当に頑張った。


練習の後、タカネさんのお店に向かう途中、着物の後ろ姿を見つけたの。

「サツキさん!」

「あら、ヨツバちゃん。これからお昼?」

「はい。タカネさんのお店に行こうと思っているんですけれど、サツキさんもいかがですか?」

「そうね。私もご一緒しようかしら」

サツキさんは長い髪を揺らして微笑んだ。



畳のお部屋で2人、のんびりお蕎麦を頂いたわ。

「サツキさんの着物は、こちらのひとが作っているんですか?」

会食のときも気になっていたんだけど、あのときは聞きそびれちゃったのよ。カスミさんとタチバナさんが話題をころころ変えるんだもの。


サツキさんは、ふふふっと笑ったわ。

歳は上だけれど、可愛らしいひとなの。


「これは私が縫ったのよ」

「サツキさんが?! すごい!」

「生地は作ってもらったんだけどね。ヨツバちゃんはお裁縫しないの?」

「しないです!」


そんな、普通よ、みたいに言わないで下さい。


熱いお茶にそっと口をつけてから、サツキさんは言ったわ。

「ヨツバちゃん。明日はお披露目の舞踏会ね、準備は進んでる?」

「はい。一応、ダンスもなんとか形になりそうです」

「そう…」


サツキさんは、微笑んでいるけれど、どことなく寂しそう。


「サツキさん…?」

「…………ヨツバちゃんは、えらいわ。ヨツバちゃんだけじゃなくて、みんなも。前向きで、ちゃんと現実を受け止めて、頑張ってる」

「………………」

サツキさんは目を伏せた。長い睫毛が頬に影を作ったわ。その睫毛の先が、濡れて光って見えた。


「私は、ダメなの。元の世界には戻れないって何度も言われたけれど、帰りたい…」


帰りたい。

その言葉は淡く消え入りそうほど、小さな声だった。


「カスミさんはね、こちらの方がいいって言うの。仕事は元の世界の方が過酷で、でもこちらの方が待遇はいいし食べ物も美味しいって。平安の時代では暑さや寒さを凌ぐのも大変でしょうし、好きなものを食べることも難しいでしょうからね。それに、カスミさんはお洒落が好きだから」


そうね。お化粧やファッションのオシャレは、こちらの方が楽しめそうだわ。


「タチバナさんもそう。元の世界よりこちらの方が平和で安全だからいいって言っていたわ。2人ともご家族との縁が薄いそうで、あまり、元の世界に未練はないみたいなの」


家族………。


「タカネさんとヒレンさんは何も言わないけれど、結婚していてもおかしくない年齢でしょう? でも、帰りたい、なんて弱音を言っている姿は見たことがないわ。未練はあっても、本音は帰りたくても、2人ともちゃんとお仕事をしてきちんと暮らしている。でも、私は……」


微かに震える唇で、サツキさんは言葉を続けた。


「私は、泣いてばかり。帰りたくて帰りたくて。帰りたい………」


涙がひと雫、瞬きとともにこぼれ落ちた。

サツキさんはそれをさり気なく指先で拭って、恥ずかしそうに微笑んだわ。


「私ね、結婚したばかりだったの。1923年の8月21日に祝言をあげてね。旦那さんはとても優しいひとなの。私に楽器を教えてくれたひと。天寿を全うするまでずっと一緒にいようって誓ったのに、お式の日からたった10日しか側にいられなかった。あの人のもとに帰りたい。どうしてももう一度、あの人に会いたいの」


サツキさんの眦に涙が光る。

私は切なさに胸が締め付けられる思いで言葉も無かったけれど、それ以上の衝撃に叫びそうになったわ。


「1923年の8月21日…?」

1923年、ですって?!


サツキさんは怪訝そうに首を傾げたわ。


「ヨツバちゃん? どうかした?」


どうかした? ええ、どうかしたわ。

でも、なんて言ったらいいの? 分からない。

1923年の8月21日に結婚式を挙げて、それから10日後、つまり、8月31日にサツキさんはこちらに来た。

その翌日、1923年の9月1日は…。


「サツキさんは、お住まいは関東ですか?」

言葉に訛りは無さそうだけれど…。


「ええ、そうよ」

「………………」

頷くサツキさんに、私は何も言えなかった。

でも、サツキさんは恐ろしいほどに察しが良かったの。


「…何か、悪いこと?」


どうしよう。言ってもいいものなのかしら。

だけど、こんなにも旦那さんを思うサツキさんには言うべきではないかも知れない。

自分だけが災害から逃れられて、それを「良かった」なんて、きっとサツキさんは思わない。


「いいえ。なんでもないんです。勘違いです。ごめんなさい、驚かしてしまって。私も、帰ることを諦めてはいません。ブラッドリー王子も、今はまだ方法が見つかっていないだけで、絶対に無いとは言い切れないって言っていましたから」


「…………そう? そうね。ヨツバちゃんは若いし、ブラッドリー殿下がいるものね。王子様のお相手は大変そうだけれど、ヨツバちゃんならきっと大丈夫よ」

サツキさんは気持ちを切り替えるように明るく微笑んだわ。

不審に思っただろうけれど、それ以上の追及はされなかった。


「え? 大変って、それは…。いや、ちょっと待ってください。私とブラッドリー王子はそういうアレでは…」


「あらあ。ふふふ。いろいろ聞いているわよぉ?」


サツキさんは、サツキさんらしからぬ意地悪な微笑みを浮かべて、楽しそうに私を見るのよ。


「え?! あの、いろいろって、いろいろって?」


「ふふふふ。明日の舞踏会が楽しみね?」


楽しみ? とんでもない。

とっても不安よ………。


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