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過ち

そのひとは、周りを気にしながら足早に歩いていたわ。手には大きな、重そうな荷物を持っているの。


森の奥、洞穴の中。

入り口で左右を確認して慎重に足を運んだそのひとは、蹲る獣の姿を見て少し眉をひそめた。


「クレム? 具合が悪いのかい、クレム?」


「眠っているだけですよ」

「っ?! 誰?」


そっと声をかけたつもりだったけれど、ずいぶんと驚かせてしまったみたい。

そのひとは、ヒュー・ピールさんは、本当に飛び上がっていたもの。


「クレムって名前なんですか?」

恐ろしい獣に、可愛らしい名前をつけたものだわ。ギャップ萌えってやつかしら。


「な、なんのことだい。僕はそんな動物知らない」

「…………白々しいですよ?」


偶然、たどり着くような場所じゃ無いわ。

手に持っている物は餌でしょう?

それにクレムって呼びかけていたじゃない?


呼吸に合わせて動くビーストの胸部をなんとなく眺めてからヒューさんをみると、彼は青白い顔で唇を噛み締めていたわ。


「このビーストに、懐柔の魔法石を使ったんですね?」

「ーーーーっ!」

「ニューマン伯爵の奥様と娘さんを、殺させたんですか?」

「っ違う! あれは事故だ!!」

「事故?」

「……………っ」

ハッとしたように口を噤んだヒューさんはくるりと(きびす)を返して、そこに、来た道を塞ぐようにジェリーさんとダネルさんが立っているのを見て、立ち尽くすように足を止めたの。


「話してくれますか、ヒュー・ピールさん?」


「……なんで、僕の名前」

ヒューさんの顔色は紙のように白くなってしまったわ。

貧血で倒れてしまうんじゃないかしら。


声も震えているし、こんなに気が弱そうなひとなのに。


「ニューマン伯爵に教えてもらいました」

「…名前なんて教えてないのに」

「正規のルートでは入手出来ない懐柔の魔法石を、手に入れることの出来る人は限られてますから。過去に発見された懐柔の魔法石が保管庫から盗まれた事実はありません。だとすれば、発見された後、報告される前に着服されたと考えられます。そんなことが出来るのは、魔法石の鑑定士だけです」


ニューマン伯爵に確認して貰ったのは魔法石鑑定士の顔写真付きのリストだったの。

この国は、魔法石に関しての管理がとても厳しいわ。


魔法石鑑定士の資格も、取得条件がとても厳しく設定されている。

試験に受かればなれる、というものでは無いのだそうよ。専用の学校で学ぶのさえ厳しく選別される。人数も管理されていて、欠員がなければ、そもそも専用の学校が開かれない。


リカルド王子が学ぶ機会すら無かったと言っていたけれど、聞いたところによると、国籍もチェック項目にあるのだそうよ。犯罪歴もチェックされるし、決して規約を破らず、国を裏切らず、忠誠を尽くすという誓約を結ばなければならないの。

他国への移動も制限されるのですって。禁止では無いけれど、気軽な旅行は出来なくなるそうよ。


とても不自由な職業よね。

それでも希望するひとが後を絶たないのは、国の基幹事業に携わる栄誉と高い報酬のため。


「ニューマン伯爵は、魔法石鑑定士のリストから、あなたに間違いないと証言しています」

「ビ、ビーストは、密輸されたり密猟されたりすることもある。その伯爵が嘘を言ってるかもしれないじゃないか!」

「そうですね。でも、あなたでしょう? だって、あなたはここに来たのだから。ビーストのいる、この洞窟に。ここで、飼っていたのですね?」


大人しく眠っていると、凶暴な動物であることを忘れてしまいそう。

ヒューさんは、切なそうにビーストに目を向けたわ。


「ねぇ、ヒューさん。魔法石を鑑定する技術って他国では発達していないのでしょう? ずっと不思議だったんですよね。密輸したり密猟されたりして、違法に捌かれたビーストから取り出された魔法石は、それがなんの魔法石なのか、どうやって調べるんだろうって」

「…………………」


最初は、他国でも調べることが出来るのだろうと思っていたのよ。でも、そうではないと分かって、じゃあ、ビーストを密輸する目的は魔法石ではないのかな、とも考えた。


「魔法石を諦めても、ビーストを密輸する価値はあるそうですね。お肉は食用に優れていて、骨も角も牙もそれぞれ武器や工具、様々な道具に利用できるとか。利用価値の高さから高額で売れると聞きました。でも、勿体無いですよね。もしかしたら、とてもレアな魔法石かもしれないんですよ。法を犯しても利益を得ようとするようなひとが、諦めるでしょうか?」

「僕は、密輸に協力なんてしてない…!」

「では、何をしたんですか?」

「…………………」


ヒューさんは、ぎゅうっと唇を噛み締めて俯いた。


「バリー・バーコウさん」

「……っ!!」

「ご存知ですよね? スロース国リカルド王子の近習の方です。スロース国への魔法石の輸出について、あなたを担当に、と強く推薦したとか。あなたにとっては大変な出世、だったのでしょう?」


ふと、ヒューさんの様子に、私は一歩退いた。

合図を見逃さず、後ろに控えていたブラッドリー王子とセスさんが前に出てくれて。護身用かしらね、持っていたナイフで切りかかってきたヒューさんを、セスさんがあっという間に取り押さえたの。


「うわぁあああ! やりたくなかった! 僕はやりたくなかったんだ!! なのに!!」

取り乱すヒューさんに、冷たく声をかけたのはブラッドリー王子よ。


「何があった?」

「…ブラッドリー、殿下」

「話せ。もはや言い逃れは出来ん」


大きく見開かれた瞳から、ボロボロと涙がこぼれ落ちたわ。

少しの間声を殺して泣いていたヒューさんは、深呼吸をするように大きく息を吐くと、話し始めたの。


「あの日。損傷の激しいビーストが持ち込まれたんだ。仕留めたハンターが爆薬の量を間違えたらしくて、ハンター自身も重症だった」


上半身しかないビースト。しかも爆弾で大きく抉れていて、魔法石の採取は絶望的だと思われた。


「でも、あったんだ。それは、普通の、保温の魔法石だった」


奇跡的に無事だった魔法石。だけどその報告をする前に、大量のビーストが持ち込まれた。


「夜勤担当と引き継ぎをする時間だった。その日は日勤担当もみんな残業して、たくさんのビーストを処理したんだ」


そのとき、たまたま担当したビーストから懐柔の魔法石を見つけた。


「初めてだった。レアな魔法石を実際に鑑定するのは。もっとちゃんと調べてみたくて、もっとずっとただ見ていたくて、上半身しかないビーストから見つかった保温の魔法石と、すり替えたんだ」

「なんてことを!」


目を釣り上げたのはジェリーさんよ。怒りを露わにヒューさんを睨みつけているわ。


「返すつもりだった! 上半身だけのビーストも調査中のままにして、一晩じっくり調べたら、翌日には返すつもりだったんだ! だけどその晩、早く帰りたくて近道をしたら…」


そこに、ビーストがいた。


「襲いかかって来たビーストに、僕は、咄嗟に懐柔の魔法石を使ったんだ」


ヒューさんは助かった。だけど、懐柔の魔法石は一度使ったら効果を失う。


「自分のしたことが恐ろしかった。だけど僕は本当のことを打ち明ける勇気も無くて、上半身だけのビーストからは魔法石は発見できなかったと報告したんだ」


そして誤算があった。

それは懐柔の魔法石を使ったビーストが、予想以上に懐いてしまった、ということ。


ビーストはヒューさんに会いに来るようになった。

かまって欲しいと甘える仕草も見せた。


そうして、人目を避けてビーストに餌を与えていたところを、リカルド王子に見られてしまった。


「ビーストがそんな風にひとに懐くなんてあり得ない。不当に魔法石を使ったんだろうと詰め寄られて、僕は…」


誤魔化せなかった、と。

嘘をつくの、下手そうだものね、ヒューさん。


それからは、リカルド王子とバリーさんの言いなりになってしまったのね。


「スロース国への輸出量、君が担当になってから増えてるよね。細工したの?」

「増やせ、って言われたんだ。出来ないって断ったんだけど、なんとかしろって。出来ないなら魔法石を勝手に使ったことをバラすって脅されて。それで、決裁書を偽造した…」


ジェリーさんは絶句したわ。

決裁書を偽造、ねえ。よく分からないけど、だめなことよね?

ジェリーさんが動揺してるもの。相当、だめなことだと思うわ。


「シュエットの街で、ロイス・ファースという男がビーストに襲われて死んだ。あれはこのビーストか?」


そう聞いたのはセスさんよ。


「あの男は、僕がバリーに脅されていることを知ってた。そして脅してきたんだ。バリーとは別口でビーストの密輸をするから魔法石の鑑定をしろってね。絶対に嫌だった。だからロイスが通る道にクレムを連れて行ったんだ。そのときクレムはたまたまお腹を空かせていた。それだけだよ」

「未必の故意は十分罪に問える。マイク・ダイアーを撃ち殺したのもお前か?」


セスさんの怒気は静かで重たい。ヒューさんはびくりと身体を震わせてから、首を横に振った。


「僕は射撃は出来ない。あれは、たぶんバリーが撃ったんだと思う」


ヒューさんは、すっかり諦めたように力なく項垂れた。


「ニューマン伯爵の奥様と娘さんは?」

さっき、あれは事故だったと言っていたけれど、どういうことなの?


「バリーは、コルウス森林公園にビーストのコロニーを作りたがってた。そのためにはニューマン伯爵の協力がどうしても必要で、利用できるものを探してたんだ。要するに、弱みをね。敷地のそばを偵察していたとき、夫人と令嬢が出かけるのを見つけて後をつけたんだ」


2人はピクニックに出かけたらしい。

森の中、花がたくさん咲いている場所を見つけると、ランチの準備を始めた。敷物を敷き、バスケットからパンや果物や飲み物を出して食べ始めた。

楽しそうにお喋りをしていた2人に異変が起きたのは食べ始めて15分後くらい。

ぱたりと気を失うように眠ってしまった。


「浮気現場でも抑えられれば良かったけど娘が一緒だし、尾行する意味もなさそうだから帰ろうとも思った。だけどクレムが、気がついたら眠った2人に接近していたんだ。止めたけど遅かった。クレムは2人で()()()しまったんだ」

「……………………」

「すぐに止めさせたけれど、手遅れなのは明らかだった。バリーはこの状況は使えるって喜んだけどね」


ランチを食べた後、2人とも眠ってしまった。ビーストが近づいても気づかないほどぐっすりと? 2人とも?


「あとはバリーに言われた通り、夫人と令嬢がビーストに襲われたのは王宮の怠慢が原因だと思い込ませて協力させて、コルウス森林公園にコロニーを作った。上手くいくかは分からなかったけれど、クレムを住まわせてみたんだ。クレムに仲間を連れておいでって言ったら、本当に連れてきて、餌や植物が豊富だったからか、いつのまにかビーストが増えていった。結果的にコロニーは出来たけど、出来たのは偶然だと思う。クレムについておいで言っても、ちゃんとついて来るのは10回に1回くらいだから」


ブラッドリー王子はヒューさんを冷ややかに見下ろして、冷たく告げた。


「もういい。誓約違反で逮捕する。王宮の信頼を裏切った報いを受けてもらうぞ」

「…クレムは、処分されてしまいますか?」

「判断は国王陛下が行う。甘い考えは捨てることだ」


がっくりとへたり込んだヒューさんはクレムと名付けたビーストを見つめていた。


ひとつの過ちが大きな事件へと発展してしまった。罪は雪だるま式に膨らんで、最初の過ちを隠したように見えても、雪はいずれ溶けるもの。消えて無くなってしまうもの。


罪も過ちも露呈する。



ヒューさんの過ちは、「言えなかったこと」だと思うわ。

隠そうと、するべきではなかった。


だけど、いつか、教えてあげたい。

ビーストの密輸には魔法石鑑定士が関わっているだろうと、そうでなければ成り立たないだろうと、私は疑ったけれど。


ブラッドリー王子も、ジェリーさんもセスさんも、決して疑ったりはしなかった。


あなたは信頼されていた。


あなたも、彼らを信じることが出来れば、打ち明ける勇気が持てれば、きっと、道は開かれた。

罪を重ねずに済んだ。


信じることは、怖いこと。

だけど、どうか。

あなたを信頼する人のことは、信じて欲しい。

信じられる日が来ればいいと、願ってる。


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