夢占い
忘れられない出来事がある。痛みと、絶望に泣き叫ぶ友人の姿。あのときの、悲鳴のような泣き声を、今でもふとした瞬間に思い出してしまうの…。
「それでね、突然真っ暗になったと思ったら海の中にどぼーん、って。私、溺れちゃうかと思ったわ。どう思う、ヨツバちゃん、この夢?」
うんうん、おばちゃん。なんだろうね?
私は、頬に手を当てて、心配そうに首を傾げるご近所のおばさんをじっと見つめた。
見えるのは少し先の未来。せいぜいこの後2、3日くらいのものよ。
畑仕事、それから家事。お料理してお部屋のお片付けをして。うーん。とくに変わったことは無さそう。
あ。
「おばちゃん。その夢は畑を荒らされちゃう暗示ね。畑の周りの柵に、壊れているところがあるんじゃないかしら?」
実りを迎えたトマトを食い荒らされて、悔しがってるおばさんの姿が見えたの。
「おやまあ、それは大変! すぐに確認してみるよ。ありがとう、ヨツバちゃん。お礼の代わりに申し訳ないんだけど、これ。貰ってくれるかい?」
差し出されたのは籠いっぱいのトマトよ。
真っ赤で、大きくて、つやつやなの。
「わあ。ありがとう、おばちゃん。すごく美味しそう! みんな喜ぶわ!!」
おばさんが申し訳ないって言ったのは、私が夢占いでお金を稼いでいるからよ。
お金の代わりにトマトをくれたってわけ。でも、十分よ。ありがたいわ!
おばさんに元気に手を振って、貰ったトマトをよいしょ、と持ち直す。たくさんあるから結構重たい。
さっそくホームに持って帰ることにしましょ。先生たち、きっと喜ぶわ。
新鮮なトマトを両手で抱えて、うきうきとホームに向かって歩いたの。
私、川原四葉。高校を卒業したばかりの18歳。ここがどこなのかはよく分からない。
分からないって、おかしい? でも、本当なの。気がついたらここにいたんだもの。
知らない街並み、見たことのない人たち。
どうしたらいいのか、どこへ行ったらいいのか、どうやったら元の場所に、私の家に、戻れるのか全く分からなくて怖くて。じっとしていられなくてふらふら歩き続けて、結局行き倒れて。
動けなくなっていたところを助けてくれたひとがいたの。
そのひとが、私を、ここ、デイジーホームに連れて来てくれた。
鉄の門扉を開けて閉めるとキイキイ軋んで音がする。
「ヨツバちゃん、帰ったの? あら、トマトたくさん!」
音に反応して顔を出してくれたのは、メリナ・イースト先生。このホームで、子供たちの世話をしてくれているのよ。
先生は子供たちと庭で遊んであげていたみたい。
すぐに3人の小さな子たちがついて来て、美味しそうなトマトの山に目を輝かせたわ。
「川向こうの、大きな畑のおばさんがくれたのよ、先生。占いのお礼にって」
「まあ、そう。立派なトマトね。今夜はトマトの煮込み料理が出来そうね」
先生はにっこり笑ってトマトの山を引き取ってくれたわ。重たくて腕が疲れちゃってたから助かっちゃう。
本来なら若輩者の私の方が重たいものを持って運ぶべきだけど、ここまで結構距離あったし、いいや、甘えてしまおう。
私はまとわりついてくる子供たちと手を繋いで、先生の後について行った。
デイジーホームはいわゆる孤児院よ。
身寄りのない子供が、今は11人、ここで暮らしている。
先生は3人いて、住み込みで働いているわ。私も、ここに住んでいる。いろいろお手伝いさせて貰っているの。
最初にここに来たのは1ヶ月前。
どこから来たのか尋ねられて戸惑ったわ。
そうね、何に戸惑ったかって、一番は言葉ね。
景色も人々も、明らかに日本じゃないわ。
イメージ的には中世ヨーロッパ。でも世界史は苦手だから、本当の中世ヨーロッパは全然違うのかも知れないわ。
アニメや漫画で見るような、少し前の時代のヨーロッパってこんな感じなんじゃないかなっていう。
服装とか、髪型とか。お金持ちはドレスにパラソル、みたいな?
でも、ここは絶対に中世ヨーロッパそのものではないわ。
タイムスリップして過去のヨーロッパに来ちゃった、ってことではないの。
だって。言葉が分かるんですもの。
明らかに日本人ではない人たちが日本語を喋っている。
だから、ここは絶対にヨーロッパではありえないの。
後で聞いたら、日本語とはまた少し違う言語らしいのだけれど、私もちゃんと喋れているって言われたわ。
ここは、ウィーズルという国なのですって。
聞いたことのない国名じゃない?
世界史にも世界地理にも疎い私だけれど、断言出来るわ。
そんな国は存在しない。
つまり。
ここは、私がいた世界ではない。
理由も原理も分からないわ。分からなけれど、今までとは違う世界に来てしまったの。
試しに、
「日本という国から来ました」
と言ってみたら、そのとき私の介抱をしてくれていたナンシー・ウィアー先生が不思議そうに首を傾げたわ。
「聞いたことのない国ねぇ。旅をしてきたの? あなたみたいなお嬢さんがたったひとりで?」
旅…、ではないわね。卒業式の後、一度家に帰って着替えてから学友たちと遊ぶ約束をした。その待ち合わせ場所に向かって歩いていたら、いつの間にかここにいたの。そう言ったら、信じてくれるかしら…?
ナンシー先生はにっこりと微笑んだわ。
「…そう。きっと大変な思いをしたのでしょうね。ここは孤児院なの。あなたは少し大きすぎるけれど、何か仕事を覚えてもらって、働きながらここに住めるよう申請をしてあげましょう。落ち着いたら、好きに引っ越ししたっていいのよ」
とても優しい笑顔だったわ。保育園の先生を思い出す。
そのとき、お仕事、って言われて、私とっさに言ったのよね。
「私、占い師なんです」
って。
正確には占いではないけれどね。
私、未来を見ることが出来るの。予知っていうのかしら。
物ごころつかない子供の頃は、この力でいろいろやらかしたわ。トラブルにもなった。
未来が見えるのは私だけで、他の人には分からなくて。未来が見える私は、他の人にとっては気味が悪いのだと理解してからは、この力のことを隠すようになったわ。
未来が見えると言っても、2、3日先のことまでよ。
何年も先の大災害とか天変地異とかは分からないわ。
明日起こる災害は分かるけれど、自分に関わらない遠くの出来事は分からないの。
あ、でも、見ようとすれば他人の未来も分かるわ。さっき、トマトをくれたおばさんの明日を見たようにね。それに、ときには、見ようとしなくても見えてしまうこともあるの。そういうのは、大抵良くない出来事よ。
怪我をする、とか何かを失くしてしまう、とかね。
でも、分かったところで何にも出来ないことが多くて。
私が見る未来は絶対じゃないの。
明日転ぶ未来を見たとするでしょ。そうしたら何があっても絶対転ぶ、というわけじゃなくて転ばないように注意すれば転ばずに済むわ。注意しても転んじゃうことはあるけれどね。
自分のことなら気をつければ良いけれど、人のこととなると難しい。転ばないように教えてあげたいのに、「未来が見える」ということを伏せて伝えることは本当にとても難しいの。
「転ばないように気を付けて」
とか、
「走ると転ぶよ」
とか。
さり気なく言ってみるんだけど、あんまり本気にされずに転んだとき、「注意されたとおりに気をつければ良かった」って言ってくれればかなり良い方で、下手したら、余計なこと言うから却って転んだ、とか私の言葉が言霊となって現実になった、とか言われて恨まれたりするから。
だからね、なんとかこの力を活用できないかなって、ずっと考えてた。警官になったら犯罪を未然に防げるんじゃないか、とか。気象予報士になったら、天候による災害を予報として伝えることで注意を促すことが出来るんじゃないか、とか。
でね。そのとき考えていた候補の一つが占い師なの。
それも、夢占いよ。
やっぱりね、自分の未来を勝手に見られるってことに抵抗を感じる人は多いと思うの。
どこかに出かけている、とか誰かと会っている、とか知られたくないことあるものね。
プライバシーを侵害してしまうもの。気を悪くするのは当然よ。
私は興味本位で他人の未来を覗いたりはしないけれど、それを分かってもらうことは難しい。
やったことがないわけじゃないしね。
だけど、占いって、占って欲しいひとの方から来てくれるでしょう?
しかも夢占いなら「こういう夢を見た」という情報を私に提供することが必要だし、勝手に見られるっていう不安っていうのかしら、そういうのを感じなくて済むかなって。
騙してるって思う?
まあ、そうなんだけれど。
でも、せっかく未来を知る力を持っているんだもの。避けられる不幸は避けたいし、助けてあげられるなら助けたい。
ずっと、そう思っていたから。
私が占い師だと言ったら、ナンシー先生は納得顔で頷いたわ。
「そうだったの。それならさっき、ブラッドリー王子に伝えていたのは占いの結果だったのね?」
え…。王子、さま?




