番外・その時の彼ら7
体育祭、健視点。
体育祭だとか文化祭だとか、イベントは本当に憂鬱だ。
確かに友達と騒げる時間は短くて、こういった時くらいしか羽目を外せないってのはわかる。俺だって、純粋に楽しみたいさ。でもな。
「まあ、なんだ……。どんまい……」
下駄箱の前で立ち尽くす俺に、正悟が言葉を選んでかけてくれる。それがとても痛い。
「……笹木」
「はぁい、呼ばれて飛び出て笹木です」
笹木は、なんだか知らんが俺に傾倒しているクラスメートである。恋愛感情では無いらしいんだが、色々と俺の役に立ってくれている。
「処分を頼んで良いか……?」
「もっちろんだよ! 今年はやっと尻尾を掴めたから、入れた犯人ごと処分できるけどどうする?」
「まじか……」
「まじです」
犯人が分かったらどうしてくれよう、とか考えたこともあったが、実際に犯人がいるとなると恐ろしいものがある。いっそ悪魔の仕業とかのほうが良かった。だって、人間が、しかも同じ学校に通ってるやつがコレを入れてるんだぞ? 一気に生々しい恐怖が這い上がってくる。
「犯人はとりあえず放置でいい……。とにかくコレを今すぐ処分して欲しい」
「ラジャでっす!」
笹木の手により、おぞましい物は視界から去った。あー、助かった。後日何か礼をしよう。
気分は最低のまま、着替えて体育館に集合する。
もうこれは樹を見て和むしか無い。そうじゃないと正悟に負けてしまいそうだ。それほどまでに心が折れている。
かったるい開会式が終わって一年の列に向かうと、愛しの樹の傍に見知らぬ男がいた。樹の顔はにこやかで、仲が良いようだ。だが樹! そいつの顔を見てみろ! どう考えてもお前に好意を抱いているだろうがァ!! 笑顔なんて安易に振りまくものじゃありません!!
そいつが離れて行ったことを確認して、樹を背後から抱き締める。今回は、肘を受け止めることに成功したので、ダメージも無い。
「おい、今の誰だ?」
「うわっ、びっくりしたー! ちょっと突然話しかけるのやめてってば。」
文句を言ってくるが、今はその話をする時では無い。俺は視線で樹に答えるよう促す。
「隣の席の我妻君」
ほほう、隣の席の我妻君、とな。どういうことだろう、琴美からはそんな仲の良い男子生徒の話は聞いていないし、そんな交友関係も認めたことはない。そう思って睨んだら、琴美は呆れたように首を竦めた。
「クラスメイトとの会話を認めないほど 、私は狭い人間じゃないですよ。あ、でもサッカーなんで宜しくお願いします。」
「分かった。」
宜しくしてやろうじゃないか。俺の機嫌は最高に悪い。ぎったんぎったんにしてやる。
と、思っていたら正悟に倒されちゃいました。
この野郎! 俺の怒りはどこへ向ければいい!?
仕方ないから、自分の対戦相手にぶつけるか。そう考えてコートに入ると、笹木が朗報を伝えてくれた。
「健くーん、妹ちゃん連れてきたよー!」
「なに! 良くやった笹木!」
そちらへ向かうと、困惑顔の樹が応援用のうちわを持っていた。
「遅いよ。試合始まる前に会えないかと思っただろう?」
「人垣を越えられなかったんだよ……。ほら、試合始まっちゃうよ? ……兄ちゃん、頑張って」
「うん、勝ってくる」
なぜか照れている樹に、俺の怒りは収まった。
もうなんだこの子は。本当に俺の弟…今は妹か…なのか!?
もともと勝つつもりだったけど、これは絶対勝てる。
■ ■ ■
当分自分の試合は無いし、応援返しということで正悟を連れだって樹の試合を見に来た。
体育館の中は直射日光は無いものの、人の熱気で蒸していた。
「あちー。バレーはステージ側か」
コート内では、樹たちが円陣を組んでなにやら喝を入れている。
「あっれー、喜成じゃん。なに、お前も樹たちの応援?」
「はい」
正悟が見つけた喜成も、二人の応援に来ていたらしい。クラスが違うというのに、こいつらの絆というかなんというかは未だに健在のようだ。どうせ同じ相手を応援するのだからと、喜成も引っ張り込む。
なかなか始まらない試合に首を傾げていると、琴美と樹がこちらを振り返った。
「樹、頑張れー!」
「琴美ー、バスケ部の根性に懸けても負けるんじゃねーぞ。」
「分かりましたから、先輩方どっか行ってくださーい。うちの子たち、緊張してガチガチですよー、もー。」
琴美の言っている意味がわからない。応援に来たというのに、どっか行けとは。琴美め、先輩に対する敬意ってもんが足りないんじゃないか? と思ったら樹までひどいことを言い出した。
「兄ちゃん、しょう兄ちゃん、直ちに消えて!」
消えてってなんだ、消えてって!
「えー! 樹の勇姿を見に来たのに!」
「じゃあ私たちから見えない所で観戦してて! そうじゃなきゃ、決勝の応援行かないからね!」
ガーン、という効果音が、今の俺には最もふさわしい……。
なんなの、応援に来たのに……。
でも樹が応援に来てくれないのはもっと嫌だったから、俺たちは喜成を引き連れてその場から立ち去った。
そしてやってきたのは、放送席!
ここは放送部しか入ることができなくて、なんとステージの上部にある部屋なのだ。見晴らしは良い。
なんでここに入れたかっていうのは、まあ、なんだ。入っていい? って聞いたら放送部の女子たちが入れてくれた。入れてくれたんだから良いだろう。
「なんで女子のバレーって、そこはかとなく可愛いんだろうな」
正悟がなんか言っているが、俺は樹を見るのに忙しくて答える暇などない。だが心中では答えてやろう。女子が可愛いのではなく、うちの樹が可愛いのだ!
「あっ、樹、Tシャツの裾入れてない!」
「おい、よく上からわかるな……。大体、入れパンはダサいだろ、どう考えても」
ダサいとかダサくないとかの話ではない!
「へそが見えてしまうだろうが!」
「何、よく見せろ」
「うるさい、お前なんぞに樹の腹チラを見せてなるものか」
「なんだよケチー! 昔は散々見たっつーの! 今だって良いだろうが!」
「今と昔では違うわボケ! 樹は今は嫁入り前の娘なんだ!」
「お前は樹の親父か!?」
「二人ともやめてください……。恥ずかしくて居た堪れないっすよ、俺……」
正悟とギャアギャア言い合っていたら、喜成に止められた。
「はあ? お前も男なら、これくらいの煩悩の一つや二つ持ってんだろうが」
「持ってるのとさらけ出すのは別ですよ……」
確かにそうかもしれない。
■ ■ ■
「健先輩、正悟先輩! いっちゃんが!!」
琴美が慌てた様子で駆け込んできたのは、男子ドッジを冷やかしに行っていた時だった。
樹が怪我をしたと聞いて、心臓が冷えた。慌てて保健室に向かうと、大きな氷嚢が真っ先に目に入った。
部員が怪我をした時だって、こんなに慌てた事はない。
樹が喜成に病院へ連れて行かれ、少し冷静さを取り戻した頭で琴美の話を聞く。
「ただ転がっただけのボールで、転ぶわけねーだろ」
眉をしかめている正悟も、俺と同意見のようだ。コートでは試合は始まっていなかったと言うし、意図的にボールを投げたとしか考えられない。
「これは笹木の出番だな」
「ああ、犯人締め上げてやる」