17.いべんとなんて
「なんで二人もいるの?」
朝練に向かうべく、いつもの私たちの集合場所である地蔵の前で、俺は兄ちゃんと正悟先輩に尋ねた。
兄ちゃんも一緒に家を出た時から、少し不思議だったんだよな。いつもは私より後に出てたのに。
「樹に悪い虫が付かない様に、監視するべくだな、」
「うざい。」
一刀両断とも言える私の言葉に、兄ちゃんは明らかに傷つきました! という顔をした。
だって、そう思ってしまったんだから仕方が無い。
「樹ちゃん、そう言ってやるなってー。他にも理由があるからさ、とりあえず行こうぜ。遅れても仕方ないし。」
歩きながら説明する、という正悟先輩に促され、私たちも歩き始める。
「あ、正悟先輩。いっちゃんの右隣は私の定位置なんで、避けてもらっていいですかー?」
「じゃあ、俺は左隣な。」
「ふざけるな正悟。樹の隣は俺に決まってるだろ。」
左隣に陣取ろうとした正悟先輩は、復活した兄ちゃんに阻まれた。
「いやいや、それこそなんの冗談? 俺だろ俺。」
「俺だ! なあ樹?」
「俺だろ? 樹。」
牽制し合いながらこっちに来ないでくれませんか、暑苦しいです。
「いや、私の左隣は喜成だし。」
そう言ったら、あからさまに喜成が二人に睨まれた。ごめん、喜成。
とまあ、私の一押しは喜成だったんだが、説明しなければと正悟先輩が隣を歩くことになった。
後ろに兄ちゃんと喜成である。
「そろそろイベント近いだろ?」
「イベント?」
正悟先輩のその言葉に、私は首を傾げる。隣の琴美もだ。なんのことだろう。
「あー、そうか知らないか。西高は、そろそろ球技大会があるんだ。多分、今日のLHRで種目分けすると思う。」
ほう、球技大会。隣で琴美がきらきらした笑顔になった。
「それで、球技大会とか文化祭とか、そういったイベントの時ってのは、ファンが暴走しやすいんだよな。」
なんだか話の雲行きが、怪しいことになってきた。
ファンっていうのは、あれですよね。兄ちゃんや正悟先輩、最近では喜成や琴美の周りにも見え始めた人種のことですよね。
「浮かれるのはわかるんだけどなー。告白からプレゼント攻撃まで目白押しなんだ。」
お前らも気を付けろよー、と正悟先輩は言う。
美形は大変ですね。私には関係ないことですが。……いや、巻き込まれることを思えば、関係なくもないのか……?
「で、だ。健の怖~い陰湿なストーカーが、樹に嫌がらせをするかもしれないだろ? だから俺たちがそんなことさせないように見張ろう、と。」
「うっわ~、すっごい巻き込まれ損。」
思わず顔を顰めれば、苦笑した正悟先輩に頭を撫でられた。
「ごめんな。でも俺がしっかり守るから……」
うわ、なに、その甘い瞳はッ!
「ちょっと正悟先輩、いっちゃんを誘惑しないでくれます~? いっちゃん純情乙女なんですから。」
「あ、ばれた?」
「バレバレですよー。大体、学年も部活も違う正悟先輩と健先輩が守りきれるわけがないんですよ。教室では私がばっちり守りますから、ご心配なく! 部活はよしくん! 任せたよ?」
「任された。」
「喜成~、くれぐれも頼んだからな?」
「は、はい。」
え、なんか大事みたいな雰囲気。なぜ?
■ ■ ■
LHRの賑やかな教室。
黒板には、体育委員の佐武くんの字で『球技大会種目分け』と雑に書かれていた。
「サッカーは男子一チーム、バレーは女子一チーム、ドッジとバスケは男女別でそれぞれ一チームずつなー。どれか一つに参加すること。経験者は一人までしか認められないから注意してくれー。」
佐武くんの気だるげな声に、みんながざわざわと相談を始める。私と琴美も例外ではない。
「いっちゃんいっちゃん、一緒に出ようよー。」
「良いけど、そしたらバスケは駄目だね。」
「いっちゃん、バレーとドッジ、どっちが良い?」
私はどっちでも良いよ、と微笑まれた。
琴美は体を動かすのが好きだから、こういったイベントは楽しいのだろう。実際、バスケだけでなくどんな種目も嬉々として参加するし、上手い。
さて、どっちにしよう。
ドッジボールなんて、小学校が最後じゃないか? あれは白熱するし面白いから好きだ。
だけど、ちょっと待てよ、と思う。今の私は女子だ。つまり、対女子である。
『あー、フミヤくんがニナちゃんにボールあてたー!』
『ちょっとー、男子が女子にボールあてるの、ひどいとおもわないのー?』
うん、かつての記憶が呼び覚まされた。
いや、フミヤくんもニナちゃんもよく覚えてないけど。
そういうゲームなんだからさあ、男子が女子にボール当てたって仕方ないじゃん!
力強い奴は加減してくれてるもんだしさ!
そう思えども、女子が団結してくる様は恐ろしい。あの時は他人事ながら背筋が冷えた。
「バレーにしよう。」
「オッケー。じゃあ名前書いてくるね。」
席を立って黒板に記名しに行った琴美の背中を見送りながら、どうかバレーで決定しますようにと願いをこめた。
■ ■ ■
「兄ちゃん、球技大会何に出るの?」
夕ごはんを食べながら、兄ちゃんも今日種目を決めただろうと話題を振ると、少しだけしょげた反応が返ってきた。
「サッカー。去年から、体育委員にお前は球技大会でボールを持つなって言われてるんだよ。」
「へえ……。」
一昨年あなたは何をした。気になったけど、口には出さなかった。聞いたら恐ろしそうだったから。
「あら、球技大会なんてあるのねえ。樹は何に出るの?」
私たちの会話に興味を持ったのか、母さんが尋ねてくる。兄ちゃんはあまり学校での出来事を話さないから、西高での生活がどんなものだか気になることも多いのだろう。
「私は琴美とバレーに出るよ。」
はい。めでたくバレーに出場できることになりました。あからさまにほっとした私に、琴美は怪訝な顔をしていたっけ。
「応援行くよ。」
みそ汁を啜っていた兄ちゃんが、お椀から口を離してキリッとした表情で言ってきた。そんな格好つける場面じゃないし。
「え……いいよ来なくて。」
「何でだよ! 行くよ! だから樹も俺の応援に来い。」
「えー? 学年違うし、クラス対抗だし、すごく気まずいんですけど。」
第一、兄ちゃんの応援なんて、ファンの方々が押し寄せてサークルどころか砦でも築くレベルに達するんじゃないだろうか。そう思ったが、明らかにしょげてしまった兄ちゃんの顔を見て、口に出すのはやめた。
「樹の応援があったら勝てると思うんだ。最後の年だから勝ちたいしさ……。」
「うーん、じゃあ被らなかったら行くね。」
勿論、自分の試合と喜成の試合が、である。




