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とらいあんぐる おあ へきさごん  作者: 高槻
めまぐるしい はる
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番外・その時の彼ら4

15話、海斗視点。

 高校三年生というのは、受験生という重い名を背負っている。

 まだ初夏とは言え、部活の引退も近い時期。授業も試験対策が念頭に置かれている。

 更に毎月行われる、模擬試験に小論文対策。頭を抱えたくなるのも当然だった。

 放課後は部活と課題で忙しい。空いているのは昼休みだけ。俺は週に一回、昼休みに図書室に行き、小論文対策として新書を借りることを自分に課していた。


 そんなある日。

 いつも通り、閑散とした図書室で本を選んでカウンターへ向かうと、見覚えのある後ろ姿があった。


「あれ、樹ちゃん?」


「っはい!?」


 声を掛けたら、吃驚したのだろう、樹ちゃんは大きな声で返事をして勢い良く振り返った。


「吃驚したー。って、樹ちゃんを驚かせたのは俺か。ごめんね、また突然声かけて。」


「いいいいえ、ごろねこに集中してた私も悪いんで!」


 首を勢いよく振りながら、樹ちゃんは否定する。手の中には、いつも図書カウンターに鎮座している、猫のカードスタンドがあった。気配が無いと思ったら、司書の先生は今ここにいないらしい。


「ごろねこ? って、それ?」


「そうなんですよー。めちゃくちゃ可愛くないですかー?」


「あー、確かに和むかも。」


 ごろ寝スタイルのそれは、癒し系というよりは和み系と言った方がしっくりくる。めちゃくちゃ可愛いかは置いといて。


「ですよねー! 同意していただけて嬉しいです。」


「っ……」


 満面の笑みが返ってきて、思わず動揺してしまった。

 樹ちゃんは可愛い。

 笑顔の威力半端ない!


「えっと、樹ちゃんも本借りに来たの?」


 動揺したのがばれないように、話題を変更する。当然のことしか聞けない俺……。


「はい。久しぶりに何か読もうかなって思って。先輩も何か借りるんですか?」


「うん、新書。」


 隠すものでも無いので見やすいように表紙を上にすると、樹ちゃんは興味深そうにそれを眺めた。


「私、新書って読んだこと無いんですよねー。」


「まあ、俺も今年入ってから読む様になったし。結構読みやすくて面白いよ?」


 オススメして悪いことは無いだろう。

 図書室に置いてある新書は、受験に役立ちそうな内容のものが揃っている。それでも文系から理系までコンテンツは幅広い。


「あらやだ、遅くなってごめんなさいねー!」


 俺たち二人しかいなくて静かだった図書室に、騒がしく帰ってきたのは此処の主である司書の先生だった。司書が図書室でうるさいってどうよ、と思わなくもない。


「あ、大丈夫ですよ。これ貸出おねがいします。あ、樹ちゃんも早く借りて戻りなよ? のんびりしてると五時間目始まっちゃうよ。」


「えっ。あ、先輩、ご助言ありがとうございます。」


 そう言ったら、樹ちゃんは礼儀正しくお辞儀して、図書室の棚へと消えて行った。

 今日は運が良い。昼休みも樹ちゃんに会えたんだから。



 ■ ■ ■



 その日の部活中、俺たちはいつもより実の入った練習をしていた。

 何故なら。


「なんか今日、視線感じね?」


「樹ちゃん、こっち見てねえ?」


「ま、まさか俺のことをっ!?」


「あほか! 俺を見てるんだよ!」


「あ、なんか梨佳ちゃんとじゃれてる!」


「女の子がじゃれてる所見ると萌えるのは、俺だけか……?」


「安心しろ、俺もだ。」


「梨佳ちゃんもこっち見てくれねえかなー。」


「タイプ違うのに、二人って仲良いよな。」


「なー。」


 とまあ、そんなわけで。

 会話からすると気ぃ抜くな! と怒鳴りたくなる代物だが、体はいつも以上のキレで動いている。女子の視線の威力の強さ半端ない。



 我がサッカー部は、樹ちゃん派と梨佳ちゃん派で、見事に二分している。

 勿論俺は樹ちゃん派だ。

 さて、そんな樹ちゃんだが、彼女には幼馴染がいる。

 そう、我が部の期待のエース予備軍、和田だ。こいつは動けるし礼儀正しいしイケメンだし、なんなのこいつ。俺たちが引退したら、スタメン入りは確実だろう。

 新入生参加初日に現れた二人は、その日のうちにやり玉に上がった。イケメンと一緒に来た美少女。しかも幼馴染だと言うじゃないか!

 部活終りの更衣室の中で、からかう気満々の主に三年が、和田に突っ込んだ。


「お前、樹ちゃんのこと好きなの? どうなの?」


 ニヤニヤ笑う先輩たちに囲まれた和田は、ほんの少しだけ照れた顔をして


「好きです。」


 と言った。

 勿論、その空気に当てられた先輩陣に、もみくちゃにされたことは言うまでも無い。


 話を聞く限りだと、どうやら和田の片想いらしい。

 こんなイケメンでも片想いとかあるんだなあとしみじみ思う。健や正悟のせいでイケメンには敵愾心を持つ俺達も、なんだかこいつには優しくなれた。頑張れよ、なんて声をかける奴もいた。

 とは言え待望の女子なので、みんなそれとは別に樹ちゃんファンになったのだが。

 


 ■ ■ ■



 あれから一週間経ち、俺はまた樹ちゃんに会えるかも……、と淡い期待をしながら図書室へ向かった。樹ちゃんって本読むの早そうだから、もう返しちゃったかもしれないけど。

 しかし! 淡い期待は報われた!

 途中の階段で、樹ちゃんが後ろから声を掛けてくれたのだ。立ち止まると、小走りで追い付いてくれた。なに、この子。可愛いんですけど。


「本の返却?」


 それ以外にあるかよ。この先には図書室しかないんだぞ。手に本持ってるんだから返却しか無いだろ。もっと気のきいた世間話とか言えないのかよ俺の口いいいい!

 自分の不甲斐なさに内心突っ込みを入れるが、樹ちゃんは笑顔で答えてくれた。


「はい。先輩のおっしゃてた通り読みやすかったです。返却はぎりぎりになっちゃいましたけど。」


「そりゃ良かった。返却は間に合えば良いんだよ。おかげでこうして今日も会えたわけだし……。」


 もっと早く返してたら、この貴重な時間は無かったわけで。だけど樹ちゃんは、無邪気に俺の心を抉ってくれた。


「毎日部活で会ってるじゃないですかー。」


「いや、まあ、そうなんだけど……。」


 部活以外でも会いたいと思うわけで。

 ああ、この子は鈍いのかな。和田、お前苦労するな……。

 ちょっと遠い目をしてしまったが、樹ちゃんの視線に気づき、我に返る。

 え、何? 緊張しちゃうよ俺!


「あの、樹ちゃん? 俺の顔に何か付いてる?」


「えっ!? あ、いえ、そうじゃなくて、ちょっと気になったって言うか…。」


「えっ、なにが?」


「あの、…私はマネージャーとして、皆さんのお役に立っているでしょうか……。」


「ええ、どうしたの、急に。」


 さっきまでの朗らかな笑顔から一転、切ないような不安なような、そんな顔で樹ちゃんは俯いてしまった。


「私、未だに不慣れで、いつも島根さんがフォローしてくれるんです。この前も喝を入れてもらって…。それで頑張ろうって思ったんですけど、見当違いなことしてたり役に立ってなかったりしませんか?」


 なんだそんなことか。そう思ったが、樹ちゃんにとっては真剣な悩みだ。

 俺は無い頭を絞って、真面目に答えることにした。

 樹ちゃんがちゃんとサポート出来ていること、失敗しても次に生かせば良いこと、自分の経験。


「なんか、話が逸れたな……。まあ、とにかく、だ。」


 樹ちゃんの肩に手を置き、目を見る。まっすぐな瞳とかっちり視線が合った。


「樹ちゃんが頑張ってるのはわかってるし、その姿を見ると励まされる。疲れた時にドリンク差し出されれば嬉しいし、綺麗に泥を落としてもらったボールは幸せ者だ。記録から傾向を出してくれるのも、練習に集中できて助かってる。それに、樹ちゃんたちにはわからないかもしれないけど、俺たちは声援もらうだけでやる気出るし、二人がなんかきゃいきゃいしてるの見るだけで元気出る! …とまあ、こんな感じでサッカー部のサポートは完璧です。」


 事実は胸を張って言える。俺の言葉で元気になってくれたのかは分からないが、最後におどけたのが効いたのか、樹ちゃんに笑顔が戻った。花が綻ぶような、優しい笑顔が。


「先輩、ありがとうございます。これからも、誠心誠意、頑張りますね!」


「はは、うん。笑顔になってくれて良かったよ。樹ちゃんの笑顔見ると、俺嬉しいからさ。」


「へっ?」


 目の前には目を丸くした樹ちゃん。

 対して俺、顔が熱い。

 何寒い台詞言ってるんだよ俺えええええ!

 上手いこと言えとは言ったけど、寒すぎるだろばか!


 笑顔を見た時に高鳴った胸が、更に激しく動いていた。


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