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IKAZUCHI  作者: 雪 渓
2章-奈良旅行-
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心

「......くん......へいっくん......」


 音......いや、声か。でも、何のために?


「......うへいっくん......しゅうっへいくん」


 俺、なのか? 俺を、呼んでいるのか? でも、誰が?


 俺は、大切な人を守れなかった。自ら誓っておきながらその人に助けられたあげく身代りにした......そんな俺に生きる価値なんかねぇ。だから俺なんか、消えちまえばいいんだ。


「ねぇ、かえろうよ。しゅうへいくん......しゅうへいくん」


 でも、なんなんだよこの暖かさは。俺は、もっと冷たくって重苦しい重圧ののしかかるところにいてぇのに。「人の温かさ」から「温もり」から、今は離れていてえっていうのに!


 ......あれ、俺は逃げんのか? 俺の身勝手な行動で他人を傷つけておきながら、自分もえらい目に遭っているからどうか許してくださいって言って楽になろうとしてんのか。

 人の「親切」を故意に避けて、そのくせ自分は償っているんだよってアピールしようとしてる。


 こんなのダメだよな。それじゃ誰も許してくれない。そんな最低なことするんなら、その「温情」がたとえ痛みになったとしてもそれ受け入れるしかねぇ。自分の犯した過ちを忘れないように。その報いに、こたえるために。






   ◆◇◆◇◆◇






 では、その報いにこたえるためにはどうすべきか?


 自ら投げかけた問いに、周平はまずこの声の主を確かめることにした。そのためには、外の世界を見なければならない。即ち、彼は閉ざされていた瞳を開くことにしたのだ。


 ちょっとだけ覚悟を決めて目を開く。

 しかし、目を開けては見たものの彼は自分がどこにいるのかわからなかった。

 あたり一面どこまでも真っ白な世界。さっきまでいたなにもないの世界とどこか似ている。だが、先ほどいた世界は特段色というものはなく、あるとしてもどちらかといえば真っ暗闇の世界であり、いまいる世界とは反対であった。


「ここは......」


 そんなどうでもいいことをぼんやりとした意識の中で思い浮かべながらも、周平は見たことのない不思議な光景にそう呟かずには居られなかった。その声は周平の思った以上にかすれていて、か細かった。だが、それに過剰ともいえるほどの反応を示したのは、他でもない秘都美であった。


「周平くん! 気付いたのね!」


 今、ほとんどまともな(物理的)感覚を持ち合わせていない周平は、目の前から発せられた大音量を聞いて初めて、自分の身に秘都美が抱きついていることを知った。

 だが、そのことに恥じらいの表情を浮かべることも、無理矢理に彼女を引き離すこともせず、ただ胸の前で交差されていた腕を秘都美の背中へと回して彼女を抱き寄せた。


「えっ!」


 そして、周平の言葉。


「先輩。すみませんでした」


 周平のとったいきなりの行動と謝罪の言葉に秘都美は驚きと戸惑いの混ざった表情を浮かべる。これまで秘都美が過度な接触をするたびにそれを嫌がりはねのけてきた周平が、嫌がるどころか抱きしめ返してくれたのだ。この事実に――たとえここが現実の世界かどうか分からなくても――喜びを感じ、同時にそれを上回る疑問が心に湧き上がってきたのだ。また、その行動だけでなく「すみませんでした」と言う言葉の意味するところが彼女にはわからない。


 不思議そうな顔をする秘都美に周平は表情のない笑顔で笑いかける。周平の方からすれば、目を開けるとそこにはよく顔を知った美少女が自分の胸で泣いていたのだ。それも、自分の身代りになったはずの。そこまで考えて周平はハッとした。その彼女と自分が一緒にいるということは......


「先輩、俺は死んだんですねかね」


 抱きしめていた腕を放し、周平は秘都美を正面に見据えて言った。

 それなら納得できる。この真っ白な世界も、そして自分の代わりに散ったこの青髪の美少女が現在一緒にいることも。そして、なぜ自分がここにいるのかということも。「死んでしまったから」という理由であれば強引にであれ頷くことができた。虚空を見つめる感情のない周平の瞳に、悲しそうな、悔しそうな秘都美の顔が映る。


(あぁ、やっぱりそうだったのか。俺は結局誰一人として守れず......)


「違うよ周平くん!」


 悲哀に満ちたその面持が消えて懸命に何かを訴えかけようとする秘都美を、周平は無表情に見つめる。胸の内では「意味が分からない」と思っているものの、それを顔に出すことができないでいた。それはすでに不可能であった。能面の如く顔の筋肉を動かそうとしない周平に、秘都美は教えようとする。


「周平くんはまだ死んでなんかいないんだよ。周平くんだけじゃなくって、わたしも、それにみんなも。誰一人として死んでなんかいないんだよ」


 見つめこむようにして話しかける秘都美の言葉にを周平はいまだに理解できないでいた。理屈で(『魔法』というものがすでに『理屈』では考えられない代物ではあるが)解決できない問題が多すぎたのだ。この白妙(しろたえ)の世界を論理的に説明することはできないし、死んだはずの秘都美が生き返るなどという自然の条理に反することはいくら魔法が自然法則を覆す存在であっても行うことはできないということは周知の事実だ。だから秘都美が生きていることはありえない。だから。


「ね、戻ろうよ、みんなのいる世界に。会長も、真利奈先輩も、輝善くんも、みんな待ってるんだよ」


 この言葉にも周平は無表情でこう告げただけだった。


「先輩。言っている意味がわかりません。俺たちは死んだんでしょ。命を失ったものはもう戻れない。いくら魔法を使ったとしてもそんな世界の理(ことわり)を超えたことはできませんよ?」


 そして、秘都美をたしなめるように放たれた周平の言葉を聞いた彼女は絶句し、知った。

 自分たちの持つ情報(データ)の違いが自分を含めた周囲の状況への理解の齟齬を生んでいることをここにきて初めて認識したのだ。自分と周平では「今」どのようなことが起きているのかということへの理解が違いすぎている。通りで話が噛み合っていなかったのだ。真実を伝えるために、秘都美は言葉を選びながら話しだした。


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