決断
今回は少し長めです。
肌に触れている地面のひんやりとした感触で、自分の意識が飛んでいたことに気がついた、
反射的に目を見開く。ぼんやりとした視界が徐々にはっきりとしてきた。かすかに入ってくる光は、彼女の網膜に灰色のコンクリートを映し出した。それは、寝そべったままの体に触れている、ひんやりとした地面の正体であった。
秘都美はゆっくりと上体を持ち上げた。腹部に走る違和感に少しだけ顔をしかめる。
(どうして私はここに?)
頭上には氷の壁。立てば頭を打ちそうなところに天井がありまるで自分を守るために作られたみたいだと秘都美は思った。そして、半透明のその奥には薄暗くてよく見えないがコンクリートだと思われる壁があり、それがまともな光を全部遮っていた。横の隙間から入ってくる微かな光は、外で雷鳴が轟いているかの如く明滅を繰り返していた。
外で狂う轟雷の主は周平。
だが、彼女がいる閑散としたコンクリートと氷の小部屋からは、外の惨絶な風景を垣間見ることすらできなかった。そして彼女は、周平が「暴走」していることをらない。そして点滅を繰り返す光の原因を想像するには、すこしばかり頭がぼんやりしすぎていた。
だが、不思議に思う感情と溢れ出る不安を無視することはできず、意識が戻ったばかりの頭で、秘都美はどうして自分がこんな場所にいるのかを考えた。
(生徒会のみんなと奈良に来て......山門高に行く途中でいきなりバスが倒れて......)
懸命に記憶の引き出しをひらいていく。
(会長たちが『中心部』に行って、結局私たちも『中心部』に行って......ついたら結界が張ってあったけどいきなり周平くんがすごい魔法を......あっ)
やっと、自分の置かれた状態とともにたくさんの使命を思い出した秘都美は、勢いよく立ち上がった
「周平く......あっ!!......いったぁ~い」
だがまぁ、結果はこの通りてあった。現在進行形で秘都美を守り続けている壁に、思いっきり頭をぶつけてしまったのだ。もう一度吹っ飛びそうになる意識を懸命にとどめる。
「あぁ~もう。こんなことしてる場合じゃないのにぃ~!」
ふくれっ面になってつぶやくが、それを感じてくれる人はいても反応してくれる人はいない。
秘都美は涙目になりながら痛む頭を抑え、その場に経たりこんだのであった。
◆◇◆◇◆◇
先ほどからの沈黙はいまだに続射ている。それぞれがそれぞれの考えに集中しているた。
そんな中、不意に氷華と采聖がピクッと動いた。
「氷華さん......打ちましたよね」
「ええ、采聖」
采聖が怪訝そうな目で氷華の方を向き、氷華もまたあきれた様子で采聖を見る。
「ど、どうしたのよふたりとも」
今度は真利奈。こちらはなぜおかしなムードになっているのかがわからない。目を白黒させる彼女に、氷華が答える。
「あのね真利奈。秘都美の意識が回復したの」
術の使用者は、自分の発動した魔法が効果を発揮した場の近くがどのような状態なのかを多少感じることができる。例えば、駿太郎の発動している防御魔法であれば、術自体にどれだけの圧力がかかっているのかをある程度把握できる。
今回の氷華の場合、発動した「氷塊の防御陣」は一度作ってしまえば破壊されて無くなるまで魔力を注ぐ必要は無いのだが、あえて少しずつ魔力を流し続けることで壁との連携状態を維持し、より敏感に近辺の情報。すなわち壁の内部の様子を探っていたのだ。
「でも、『打った』ってどういうことなの?」
真利奈の方も大体の予測はできているが、あえて質問を繰り返す。だが氷華は冷めた目でその質問に答える。
「そのまんまよ。私の作った壁で頭を打ったのよ。そのせいでまた意識が飛びそうになっているし」
「たしかに、天井は低かったですけどね。今の見た目はコンクリートで半球みたいな形になってますけど、中は起き上がるのがやっとくらいの高さしか無いでしょうからね」
「もともと、この戦闘中に秘都美が目を覚ますとは思っていなかったからねぇ」
氷華と采聖は交互にはなす。真利奈もやっぱりかという顔で二人の話を聞いていた。そして、次に口を開いたのは彼女たちの会話を聞きながら、思案を練っていた輝善だった。
「でもまぁ、秘都美さんが回復したわけですし、何か別の作戦が思いつきませんか?」
その言葉は質問とも提案ともこらえられる質問の仕方だったが、その眼に宿る光から、氷華は後者であるの判断した。
「なにか打開策を見つけたの?」
ただしそれは疑問形で。
現状況で全員分の魔力を集めたとしても、周平一人が保有する魔力の量に及ばないため強力な魔力をもってして力で周平を抑えることは不可能。そして周平に触れることで効果を発揮する涼稀の魔法も現在はその条件を満たすことができないため使うことができない。氷華は既に、周平の魔力が尽きるまで粘るという選択肢も選ばざるを得ないのではないかと思っているところだったのだ。
彼女は心の中でそんなことを思っていたため、輝善の好戦的な瞳は理解しがたいものがあった。が、そんな氷華の胸中とは関係なく、輝善は口を開く。
「えぇ、まだまとまりに欠けてはいますが、それは説明しているあいだに完成させていきます」
時々顔に足の痛みを表しながら、輝善はもう一つ付け加えた。
「ただこの作戦は秘都美さんなしに進めることは不可能なので、できれば彼女もこの防御魔法の中に呼びたいんですが」
考え込む表情を見せる三人。
防御陣の中にいる計七名の生徒たちのうち、駿太郎と泰然は仲間を守るために未だに収まるどころかその力を増すばかりの雷の嵐に対処するためにその集中力のほとんどを費やし、智晴は何か考えているようだが、他の者と関わろうとはしない。よって、現在意見を大会いながら作戦を考えているのは氷華、真利奈、采聖、そして輝善の四人である。
よって、現在考え込んでいるのは三名。智晴もそう見えなくはないが、どちらかというと自分の考えに没頭しているという感がある。
「......たぶん、あの子は自分のいる位置さえもわかってないからちょっと難しいかも」
「そうね。それができればここに瞬間移動すればいいだけの話なんだけどね」
まりなの言葉に氷華が頷きながら付け加える。さすがに壁を出てこちら側まで走らせるというわけには行かない。となると、彼女の固有スキル(正確には固有ではなく希少スキル)である瞬間移動が移動手段になるのだが、それには彼女自身と氷華たちの正確な居場所を伝えなければならない。
「天白さんの防御陣の透明度を上げて、百地さんのコンクリート壁を一部分だけあけてはどうでしょうか」
口を開いたのは智晴。そのあまりの文章量の多さに、輝善はおろか集中しながら聞き耳を立てていた泰然までもが驚きの表情を見せた。
それほど彼の口数は極端にすくなく、このように文章で会話することは希なのだ。だが、口に出すことは希であっても、彼が何も考えていないわけではない。語ることがあまり得意でないためにこれまでは口をつぐんでいたが、このままでは埒があかないと思って自らの意見を出すことにしたのだ。
「でも、それって一ヵ所だけ守りが薄くなるってことよね」
氷華は、暗にもっといい方法はないのか、と問いかける言葉を放つ。だが、「リスクは止む負えません」という智晴の言葉に一蹴されてしまった。
確かに、この作戦は少し。というかある程度のリスクを伴うものである。
弱くなった壁を雷が粉砕する可能性だって低くはないのだ。また、透明なガラスのようになった氷の窓の向こう側に金と銀のベールに覆われた半球体があるからといって秘都美がそこへ向かうために瞬間移動を使うとは限らない。
「ですが、こて以外にこれといった作戦があるわけでもありませんし」
「そうなのよね采聖。あなたの言うとおりなの。会長の私としては、ここにいる誰か一人が傷つくようなリスクはおって欲しくなかったんだけど......」
「会長。俺たちは手足の一本や二本、捧げる覚悟でここに来ています。それは、避難をやめて戦場に来ると決めた時からしていた覚悟です」
采聖の言葉に、氷華は目を見開くばかりである。真利奈をはじめとした援軍の者たちの覚悟がどれだけのものなのか、改めて分からせられたのだ。確かに、死臭の漂うこのようなところに、並大抵の覚悟では来られるものではない。
「タダでやろうとは思いませんが、自分の納得いく形で自分が傷つくのは構いません。いま、別の形でそんな危険にさらされてはいますが、これも承知の上です」
はっきりと言い切った采聖に、氷華は顔を引き締め、凛とした面持ちとなって答える。
「あなたたちの覚悟は再認識しました。ですが、手足の一本や二本というのはあまりにも被害が大きすぎます。そのようなことは私が許しません。私たちはこの戦いを勝ち抜き、無傷で戻るのです
ここで、は秘都美をこの守りの中に呼び込むため、智晴くんの意見を採用しますが」
ここで、氷華はいったん間を空け、輝善の方を向く。
「輝善くん。最後にひとつだけ確認させて。本当に周平くんを止める方法があるのね」
真っ直ぐに輝善の方を向く眼差しは真剣そのものだった。そしてその眼差しを向けられた少年は真摯な、それでいて不敵な美富を氷華に返し
「はい。必ず彼を取り戻して見せましょう」
と、力強く言い切った。
「分かりました。それでは始めます」
采聖が術を準備し、氷華は目を閉じ。両手を合わ、胸の前に置いた。




