騒がしい夜(四)
その後、自己紹介大会と情報交換会がはじまったわけだが、
「えー?
なんでここに関係者がいっぱい集まっているのぉー!」
などと嬉しい悲鳴をあげなからあれこれ細かいところまで聞きかえしてはメモを取っているドマニカ姉妹がいいアクセントとなり、この場は一気に宴会らしい盛りあがりをみせた。
人数が増えたこともあり、すぐに料理が足りなくなったのでシャルアリアラ姫が追加を注文するといいだし、「どうせ暇だから」とドマニカ姉妹についてきたレポックが店への連絡役を買ってでる。
就寝が早いヤバネの母が自室に下がったのを機に、どこからかさらに大量の酒壜がまわりはじめ、年少で酒精に免疫のないユンとかリッツとかフィリアナとかが大声で騒ぎはじめ、ヤバネとダウドの二人がそれをなだめてまわる。
シャルアリアラとヤバネの姉は、二人で酒杯をぱかぱか空けつつ熱心に武術談義なんかをしていて、赤い顔をして聞いていたユンが、ときおり、そのはなしに横から口を挟んだりする。
追加の料理が届き、ヤバネ、ダウド、レポックが黙々とそれを平らげはじめる頃には、聞き込みも一段落したドマニカ姉妹が合流してきて、「こんなおいしいお料理はじめて」だのなんだのといいながら、意外な健啖ぶりをみせていた。
この頃になると、年少のリッツとフィリアナは、テーブルの上につっぷして軽い寝息をたてている。
「お客様の寝室のご用意ができました」
と使用人に告げられたヤバネが沈没していたリッツとフィリアナを抱えあげて順番に寝台の上まで送り届け、かえってくると、どうした加減か、今回の実験参加者の年齢の話題でもりあがっている。
「最年少が十一歳のリッツ・リロンくんであることは、間違いがなくて……その次に若いのは、十四歳のズジャルア王子……」
メルタはさらさらと紙片に二人の簡略化された似顔絵を書きながら、その下に数字を書き込んだ。
「最年長はわらわだな。二十一歳」
シャルアリアラが片手をあげて鷹揚にうなずく。
「あれ? ダウドさんじゃあ……」
怪訝な顔をしたゲルダに視線を向けられた当のダウドは、
「……ぼ、ぼく……十七歳です……」
消え入りそうな声で自分の年齢をつげた。
どうやらダウドは、老けてみえることに引け目を感じているようだ。
「わたくし、当年とって十六歳とあいなりますっ!」
ユン・ティは、無意味に元気な声をはりあげた。
「おれ、十九歳。
しかしまあ……身分や所属学部だけはなく、年齢までみごとにバラバラだなあ……」
最後に、行きがかり上、ヤバネが告げる。
「もっともだ。
実験と称するのなら、もっと初期条件を揃えなくては意味がない」
シャルアリアラがもっともらしい口調で断じた。
「こんなもの、実験というのも烏滸がましい」
そういや、この人、基礎物理学科だったな……と、ヤバネは思いだす。
「殿下、基礎物理学って、どういうことをやる学部なんですか?」
「よくぞ聞いてくれたっ!」
シャルアリアラ姫はここぞとばかりに身を乗りだして物理学科の窮状を訴えはじめた。見た目にも派手で歴史もあり、認知度も高い魔法学科に比べ、目に見える成果が少なく歴史も浅い物理学科は予算その他の面で冷遇されていて、思うように実験ができない……うんぬん。
「それで、物理学ってどんな学問なんですか?」
「物の理を調べる。
素人にもわかりやすく説明すると、物質の最小単位はなんであるのか、とか、それはどのようにふるまうのか、とか……」
そんな単純なことを実験で確認しようとすると、案外大規模な施設が必要になってくる……と、シャルアリアラ姫は難しい専門用語をまじえて説明してくれたのだが、古典詩を専攻するヤバネにとっては半分も理解できない内容だった。
「実験結果が正しいと証明するためには再現性が必要となるからな。
同じ条件下で何度か実験をして、同じ結果にならないと、証明したことにならない……」
などと熱弁をふるうところをみると、この人にも熱心な学生として顔があるのだな……と、思えてくる。
「浮気はいけませんよ、師範」
シャルアリアラ姫のはなしに耳を傾けていると、一通りの取材を終えたのか、そばにきていたゲルダに肩を叩かれた。
「知らなかったなぁ。
師範にあんな可愛い許婚がいたなんてぇ……」
酒が回っているのか、頬が朱に染まっている。おまけに、目も笑っている。
「本気にすんなよ。
あんなの、十年以上前に親同士が勝手にいってただけのことだ」
ヤバネは、憮然として答えるのだが、「幼なじみと聞いてっ!」と、メルタとユンまでもが目を輝かせてヤバネのそばに近づいてくる。
「歳だって離れているし、そんな感情持てるか」
フィリアナ・ファアラリアリスは、当年とって十二歳。
ズジャルア王子やリッツ・リロンが相手なら「お似合い」のひとことですむのだが、十九歳のヤバネと本気で相思相愛だしたら、ほとんど犯罪であった。
「あんなに慕ってくれているのに、そんな態度は不誠実だと思いますぅ……」
ユン・ティが呂律のまわりきっていない口調でヤバネをなじってくる。
「そーだ、そーだ。
師範、乙女の敵か?」
メルタも、ユンと一緒になってヤバネに詰めよる。
「お前ら、酔っているだろ」
げんなりしながも、ヤバネは説得を試みる。
「フィリアナが生まれるとき、うちの親父と宰相が、今度の子供はうちと縁組を……みたいなはなしをちらっとしていた、というだけのことなの。フィリアナは、あの年頃の娘なら珍しくもないんだろうが、そういう状況に酔っているだけで、特におれがどうこうってのはない……と、思う。
男が生まれていたら、姉上が相手だったわけだし……第一、当時はともくかく今となっては、家の格が違いすぎる……」
「じゃあ……ヤバネさんは、フィリアナ様を嫌っているんですか?」
ユンが、据わった目つきで核心をついてくる。
「嫌ってはいないけど……妹、みたいなもんだな」
ヤバネは、平然と答える。
「つまらないっ! あなたは実につまらない男だ、師範っ!」
なぜか、メルタに「つまらない男」宣告をされるヤバネ。
メルタの姉のゲルタが、苦笑いを浮かべながらヤバネに向かって頭をさげていた。
つまらないのかもしれないが、オムツをかえたこともある相手に、そんな感情を抱けるか……というのが、ヤバネの見解であった。
「ジューロ家の。
この娘たちがおぬしを師範と呼ぶのはなにゆえじゃ?」
シャルアリアラ姫が、ヤバネにたずねてきた。
「ええっと……縁あって、治安維持隊に稽古をつけていまして、こちらのドマニカ姉妹は、その屯所に寄宿していまして、その関係で……」
話題が変わってくれるの大歓迎、とばかりにヤバネが説明をしだす。
「……実はそのはなしがきたときも、そこの姉上に振ってみたのですが……」
「タダでは教えん」
ヤバネの姉は、にべもなくそういって空にした杯に酒を注ぎはじめた。
「とのことで、自分がしかたなく……」
ヤバネの姉も、ヤバネ自身と同じく、幼少期から武術全般を叩き込まれながら育っている。実際、そっちの実力でいったら現在でもヤバネ以上だろう。女性ということで、旧ジューロ組に必要なその他の技能を叩き込まれていなかったのが、まだしもの幸いだった。
「姉上は、町のいくつかの道場で教えを授けております」
もちろん、有償で。
そこで稼いだ金は、そのままジューロ家の家計にはいっていく。学業の関係で年の三分の一以下しかバイトができないヤバネと比較しても、よっぽど稼ぎがいい。
ようするにヤバネは、この姉上にはまるで頭が上がらないのであった。
「そうじゃそうじゃ」
シャルアリアラが、ヤバネの言葉を後押しした。
「たしかに、姉君のほうが、出来はよかった」
聞けば、この家に来てからヤバネたちが到着するまで間があいたので、シャルアリアラ姫はヤバネの姉と手合わせをしていた、という。
「なかなかの手応えであった。
弟ごではなく、姉君の方が武紋を授かっていたら、もっと面白いことになっておったのだろうが……」
シャルアリアラがぶつぶつと物騒なことを呟く。
この人、享楽的というか……物事を「面白いか/面白くない」かで判断する人、であるらしい……と、ヤバネはシャルアリアラ姫のひととなりを脳裏に刻む。
この殿下は、あまたの才覚を持ち合わせながら、現政権の圧力で相当の動きを封じられている身であり……いわば、慢性的な欲求不満状態にあるのかもしれない。
「武術の腕を競うだけなら、武紋の実験にはなりませんでしょう」
とりあえず、ヤバネはそう指摘しておいた。
「それでは、おぬしは……」
シャルアリアラが真剣なまなざしでヤバネの目をまともにいすくめながら、たずねてくる。
「今回の人選の基準は、どこにあると思うか?」
「学院内の、盟主王家にとって邪魔な学生を潰しあわせること」
ヤバネは、そっけなく即答する。




