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第1話 十六の夜

 ナロウケイ。そう呼ばれるこの世界には、冒険者ギルドというものがある。いわゆる職業冒険者の相互扶助や、仕事の斡旋を目的とした共同組合だ。

 そこに併設される騒がしい酒場の一角から、こんな声が上がった。


「もういいリア、あんたはクビだっ!」


 突然の解雇宣告。それを受けた長い金髪の少女、『剣聖の娘』リリアーナ・クルスは愕然とした。普段は涼やかな目元を丸くし、青い瞳をパチクリ。薄く横に長い唇があんぐり。

 しかし、()()()()()()()()()()。立ち直りは早かった。目の前に置かれたミルクをこぼさぬよう注意しながら、まだ料理の来ていない丸テーブルを両手で叩いて前のめり。


「い、いったいなぜですか!? 理由を——」



——パパァンッ!



 セリフを遮る破裂音。クラッカーだ。周囲が驚いて静まり返るのに対し、リアはげんなりとしながら後ろを振り返った。

 背後に立つは二人の女性。


「三十七回目のパーティー追放おめでとうリア! これで新記録達成さね!」


 豊かに波打つ黒髪の上に、先の折れたとんがり帽子を乗せて被る女性。『紫煙の魔女』であるドナだ。

 肢体の見事な曲線美を深紫のピッタリドレスで強調する彼女は、丸ごと肌を晒した肩と布地からこぼれそうな胸を揺らしながら「それっ!」と杖代わりの煙管キセルを振った。すると、なぜか舞い落ちてくる紙吹雪。なんて魔法の無駄遣い。

 そして、もう一方。



——ドンドンパフパフ————ッ!



 小さな太鼓と角笛でふざけた音を鳴らす女性、セシル。

 幼い身体をすっぽり覆う若草色の外套。瞳孔が大きいクリッとした猫目の、かわいらしい幼女。だが実際は、栗色ボブの上に生やす三角耳が特徴的な猫耳族の成人女性。

 そんな彼女をリアが座ったままにらみつけていると、太鼓と角笛をポイッ。肩をバシバシッ。


「いやー、ほんま驚いたで! まさかこの短期間で達成してまうとは! もう逆に才能あるんちゃいますぅ?」


 猫耳族特有の訛りによる明らかな挑発に、リアは無言で椅子から立ち上がった。ユラリ動くは幽鬼の如く。

 線の細い体に合わせて揺れるのは、袖を通して羽織る白いロングコートだ。


「……そんなに」


 背中に描かれる炎の十字架はここ、小国でありながら大陸一の武を誇る双炎王国ブレイザムの象徴。

 その双炎十字の紋章を背負いし白コートは世に聞こえ、万人の知るところだった。


「そんなに、面白いですか? 私がクビになって」


 双炎王国(ブレイザム)の正騎士、双炎騎士(ブレイズナイト)。いずれも一騎当千、多士済々で、ゆえに大陸最強との呼び声高い精鋭集団、双炎十字騎士団(ブレイクルセイダーズ)。双炎十字の白コートは彼らの隊服で、つまりリアはこの世で最も畏怖されし彼らと同じコートを羽織っているのだ。

 しかし、コートの下に着込む服装はあまり騎士らしくなかった。


「ん、なんやて? すまんウチめっちゃ耳悪いねん、ニャハハ」

「飾りかあんたの猫耳は」


 編み上げブーツに黒タイツ。腰高(ハイウエスト)スカートにフリルシャツ。細めのリボンタイも上品で、さながら家柄の良いお嬢様のシンプルお散歩スタイル。もっと言えばお姫様のシンプルお忍びスタイルか。

 事実、騎士でも王女でもないものの、リアは貴族のお姫様ではあった。それも『剣聖』として名高い、双炎十字騎士団(ブレイクルセイダーズ)団長グラニート・クルスの一人娘。果たして、そんな彼女がなぜ騎士の白コートを着ながら、こんな荒くれ者の集う冒険者ギルドでパーティーから追放されているのか。

 というのはまあさておき。


「————そんなにっ……!」


 俯く顔を上げ、リアは二人をキッとにらんだ。

 お姫様にしてはやや凛々しく、騎士と呼ぶにはかわいらしい金髪碧眼の少女。その怒りは美人が怒ると怖いの典型に収まらず、父親譲りの覇気さえにじんでいた。ドナとセシルもとたんにウッと喉を詰まらせる。

 そして染みついた気品も相まって、戦場どころか冒険にすら似つかわしくない服装ながら、双炎十字の白コートに相応しい気高き女騎士に見えなくもないことも——


「そんなに笑わなくたっていいじゃないですかバカァ————ッ!」


——やっぱりなかった。


「わ、私だって、一生懸命やってるんですよっ! なのに、なのにぃ……!」


 目に涙を溜め肩をプルプル。美形が崩れて露わになるあどけなさは十六歳児とでも呼ぶべきか、外的ストレス耐性はかなり低そう。

 だが、それもそのはず。リアはやや()()()の、超絶箱入り娘だったのだ。

 そんな少女のアホ毛が一房ピョコンと跳ねた金色頭を「よしよし」とドナが撫でる。


「ごめんごめん、ちょっとやりすぎたね。だからそんなにむくれるんじゃないよ、もう。きれいな顔が台無しじゃないかい」


 ハイヒールの分だけ背の高い彼女の顔を見上げる。

 艶めくポッテリ唇に、派手なアイメイク。垂れ目がちな眼差しを細めながらの甘い声。初見では誘惑されている気にしかならないが、リアはそれがドナの優しさだと十分に理解していた。

 なので、余計泣きそう。涙腺決壊間近カウントダウンスタート


「こらこら、何も泣くこたないだろ」

「……ハー、しょうもなっ」


 ドナのハンカチで目元を拭われていると、セシルがこれ見よがしに肩をすくめる。


「辛気臭くて鼻曲がるわ。しかも、こうなる前に場を明るくさせようとしたウチと姐さんの気遣いが伝わらへんとは……」

「あんたは半分悪ノリでしょうが」

「ぶっちゃけ十割やけどな。ほんま、叩いたらよう鳴くオモチャやで」

「セシルのバカァ————ッ!」


 火がついたように泣き出す超絶箱入り娘。それをなだめようとする、年齢不詳の世話焼き魔女。そしてオシオキとばかりに頭へ落とされたベタな魔法タライで「ニャブッ!?」と舌を噛み絶命する猫耳幼女実年齢二十三歳。床には血文字で『なんでやねん』のダイイングメッセージ。

 そこは、混沌カオスだった。荒くれ者たちが集う夜の酒場では見慣れぬ光景。唖然とする周囲。

 そんな中で動揺もせず、いち早く声をかける者がいた。


「それよりもいいのかい、リリアーナ嬢」


 愛称でなく本名でリアを呼んだのは、先ほどまでドナとセシルがいた卓に一人で着く赤毛の青年。彼女ら二人とパーティーを組むSランク冒険者のライアンだ。

 赤いマントと軽装の鎧を着込んだまま椅子に座る彼へ目を向けるも、涙でぼやけて『赤毛の貴公子』と有名な美貌はよく見えない。別に見たくないけど。

 それに表情はわからずとも、声の調子はわかる。


「……逃げ出したようだが?」


 どうやら呆れているらしい。しかし、いったいなんのことやら。しゃくりあげる喉が邪魔をして尋ねられずにいると、そばでドナが「あっ」と声を上げた。視線は酒場の出口方面。

 ゴシゴシ拭って晴れたリアの視界には、先ほど解雇通達をしてきた男と連れの二人。今はもう、()仲間たちの背中があった。



——スタコラサッサー!



 なんて擬音がピッタリな逃げっぷり。リアは唖然としたが、すぐに「待って!」と叫ぼうとした。

 その瞬間、肩をちょんちょん。シャウト中断、小首をこてん。

 傾げた先には強面の、恰幅の良い年配女性が。


「あんた、これどうすんだい? 言っとくけどキャンセルはお断りだよ」


 給仕用のエプロンで拭いた手が指し示すのは、今しがたテーブルの上に並べられたらしい料理たち。今はもう、()パーティーで注文した品々だ。リアは俯いて拳を強く握った。フルフルとした震えが腕から全身、やがてはアホ毛にまで。

 そして世間知らずの少女、リリアーナ・クルスは大声で叫んだ。



——お代ぐらい置いてけぇ————っ!



 お金の大切さを知った十六の夜。

 少女がまたひとつ大人になったのかどうかは、定かではない。

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