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〜繰り糸付きの哀れな人形はそれでも君の夢を見る〜

 それは、松明(たいまつ)だった。


「……やれよ」


 松脂は要らず、灯る明かりは刀身に。

 風と踊れど吹き消えず。

 握るは剣の如く。


「これが、お前の使命なんだろ? なあ——」


 それは火であり、剣だった。


「—— 松明持ちの騎士(ナイト・オ・ウィスプ)


 その火の剣を喉元へ突きつけられている黒髪の少年は、かつて魔王を倒した勇者だった。

 血と泥に塗れて満身創痍。上下ともに黒の、この世界では見慣れぬ詰襟の衣服はボロボロに。背の高い草むらへと大の字に寝転がり、もはや指一本も動かせない様子。

 そんな彼へ、高く昇った太陽を背にまたがるのは、人形だった。


「……どうした? 手が震えてんぜ」


 黒いローブと目深に被るフード。錆びれた具足をつける灰銀の手足。()の字に曲がる短杖を腰帯に差し、黄昏たそがれの炎を灯した長杖をその手に。

 しかし、喉仏を貫かんとする杖先は震えていた。怯えではない。剣となり、刃となった火の揺らぎでもない。

 人形は抗っていたのだ。


「……もういいって」


 空から伸びる繰り糸に。

 地上を照らすあの太陽のような、どこまでも行き渡る見えない意思に。


「もういいよ、親友」


 人形は首を振った。

 陽はまた昇る。けれど、沈まぬ太陽はない。光から逃れる方法はいくらでもあるはず。

 君をまだ、諦めたくない。


「ハハッ、サンキュー。ほんと、お前と友達になれただけでも異世界(こっち)来たかいあったわ」


 死に瀕しながらも少年が笑う。どうしてそんなふうに笑えるのか、人形にはわからなかった。

 だけど、これだけは知っている。



——ググッ……!



「おっ?」


 トモダチは、トモダチを裏切らない。


「へー、頑張るじゃん」


 少年の首に突きつけた切先を拳ひとつ分だけ遠ざける。それが限界だった。

 今のうちに、早く——


「ずっとそうやって、頑張ってくれてたんだろ?」


——人形にもわかっていた。


「魔王を倒して用済みな俺を、神様的なやつから守るためにさ」


 三日三晩。彼と死闘を繰り広げたのは疑いようもなく、自分自身だったから。

 たとえ己の意思でなくとも。


「それにその状態で、みんなの邪魔者になっちまった俺を守ってくれた。世界を敵に回しても、いっしょにいてくれた」


 人のいない最果ての地。あるいは誰かの理想郷。どこまでも広がる緑の大地と青い空、遥か高い山々。それら景観すべてを壊す戦いの跡はその激しさを物語り、まるで神の御代を再現しているかのよう。


「お前がいなきゃ、俺はとっくに死んでたよ。ウサギみたいにさみしくて」


 大地はひび割れ、草原は焼かれ。山は崩れて削れ欠け、黒煙が空を舞う。鳥も獣も、虫の一匹すらもういない。どこかへ逃げ延びたか息絶えていることだろう。

 そこはもう、死が横たわる世界だった。


「だから俺、ずっと思ってたんだ……」


 その中心に、ポツンと残る美しさ。

 火の手から逃れた草むらのベッドに寝転ぶ少年は、煙が流れた青空とまぶしい太陽を背景にして覆い被さる人形へと笑いかけた。


「どうせ殺されるなら、お前がいいなーって」


 ニッ、と上がる口角から流れた血を、草の根へ染み込む自らの血だまりと混じり合わせながら。

 少年は、もう助からない。


「でも俺、バトルものも好きだからさ。最後は本気で男同士、拳で語り合うみたいなやつをやりたかったんだけど……やっぱ強いな、伝説の騎士様は。俺の三級チートじゃ敵わねえや」


 たとえここで縛りが解けても、彼の助かる道はもうない。

 わかっている。


「あーあ、ここからが本編だったのになー。俺の嫁付きのんびり異世界スローライフの。それがまさか、こんなお涙頂戴のB級映画みたいなセリフを言うはめになるとはなー」


 そんなの、最初からわかっている。


「……あいつ(・・・)に伝えてくれよ、愛してるって」


 それでも、嫌だ。

 嫌なんだ。


「それから……俺なんか忘れて、幸せに——」



——ポタッ。



 その時、雨が降った。


「お前……」


 年齢より幼く見える少年の驚いた顔へ、ポツポツと大きな雨粒が。

 不思議な雨だった。空は晴れ、太陽も高く座しているというのに、彼に覆い被さるこの身を打つことなく、その雨はただ彼の顔についた血と泥だけを洗い流していた。

 まるで、人が流す涙のようだ。


「そっか、お前……そっかぁ……」


 気が抜けた力ない笑み。

 そこに浮かぶのは彼の限界と、彼の安堵。


「お前はやっぱり、人形なんかじゃねえよ」


 そして少年は、二人きり、そして三人ぼっちの旅路で幾度も見せた勇者の顔つきをして、こう言った。


「俺と約束してくれ、フェオ。もう二度と————」






「————とまあ、そんな感じ、かな……。長くなっちまったけど……意味、わかるか?」


 目がかすみ始めたらしい少年へ見せつけるように、人形がコクンと大きく頷く。

 雨は、降り続けていた。


「ハハ……お前、ほんと素直な……刷り込みって怖————ゴホッ!」


 人形は抗うのをやめた。

 意思を委ねようとも、委ねるという意志は己のものだった。


「だからあいつ(・・・)も、母親気取って……あれ? これって……育成もの、だった……? なら、美少女が、良かったな……」


 切っ先を下に向け、両手で強く握った火の剣を高く掲げる。まだ見えているのだろう。

 彼は、ホッとしたように息をついた。


「……けど、お前で、良かったよ。お前と——」


 せめて、苦しみは短く。


「——友達になれて、良かった……」


 (おの)が罪は、重く。



——ザスッ。



 その日、人形は初めて人を殺した。約束を交わした。彼は勇者で、トモダチだった。

 雨は、ずっと降り続けていた。

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