虚構の狭間で
「ようやく来たね、どう、喜んでくれた」
夢の中、サキはいつものように現れた。
あの時廊下で言われたことはぼくにとってあまりにも衝撃的で悪い冗談のようにしか思えなかった。
珠月に姉がいたこと
珠月がついさっきまで行方が分からなくなっていたこと
そして、彼女が家に引きこもっていること
向こうのサキが言うには、数年前から突然学校に行かなくなったとか。そのことをぼくに伝えるかどうか、悩んだ末に隠していたこと、そして今日の失踪は突然のことであり、もう隠し通すのも難しいと判断して打ち明けているという趣旨の話であった。
到底受け入れがたいものだった。珠月が存在しているというのが人伝ではあるが確認できたことに少し喜んでもよかったものだが、そんな余裕もなかった。
ぼくと珠月の記憶があまりない中学生の間のことは、珠月が中学受験をし、下宿をしていたという設定で無理やりなこじつけがなされていた。下宿で町を出ていったとすれば不登校になったとしてもぼくがそれを知りうることはない。しかし、根底の部分にも疑問は多い。
そもそも、サキの意のままにできるのだから、すべて彼女が故意的にやったことだ。そのことで眠りにつく前にサキとひと悶着あった。彼女にとってはいわれのない理不尽な怒りであっただろうが、ぼくにとっては真っ当なものだった。
「なかなかに凄かったでしょ。私の力で世界が変わっちゃったんだからね」
聞いてるー、とのぞき込むようにこちらの様子を窺ってくる。視界に捉えている気泡みたいなものが小刻みに振動してはチラチラと輝き鬱陶しくて仕方がない。
「なんであんたが夢の外にも存在している」
それに
「珠月に何をしたんだ」
畳みかけるように吐きつけた言葉は変に反響したみたいに耳の周りをまとわりついている。
尖った視線をサキに向けると冷たい表情が張り付いている。さっきの勢いやおどけた表情が綺麗さっぱり落とされているのを見て背筋が凍る。それでも睨み続ける
「まず第一に」
ぼくの怒りを意に介すこともなく、澄んだ声が淡々と言葉を重ねていく。
「私が君の姉になっていることについて。前もいったようにこれは初めての試みなの。だから思ってもみないようなことが起きる可能性が存分に含まれている訳。そんなとき、臨機応変に対応しなくちゃいけないからすぐに入れる器が必要なの。現実に生きている人の身体を乗っ取るわけにはいかないから自分のコピーをおいてるの」
「だからって、なんで姉を名乗って家にいんだよ」
「わかんないかな、今の世界は君の記憶を基に構成しているんだから、なるべく近くにいた方が融通が利くの」
サキは荒いため息を吐き、足をパタパタと鳴らす。先ほどの氷のような表情とは打って変わって熱を帯びたように顔が赤い。瞳は潤み、ほんのりと赤みがかっていた。そこに嘘なんてないように見て取れ、合わさった視線を逸らすことがなんだか負けを意味するように感じた。
「全てのことに意味があると思うなら、少しは自分で考えてみれば。自分の都合のいいようにならないからってわめき散らかすくらいなら」
それ以上、追求するのを拒むようにサキは話を切り上げた。
なぜ珠月に姉がいるのか、なぜ珠月が家にこもっているのか。前者はどうにか理由付けができるにしても、もう一方の出来事は到底考察のしようがない。
「考えてはいる、でもサキだってわかるだろ。自分の大切な記憶を引っ張り出されて改変されたら誰だって腹が立つことぐらい」
それが忘れられていたことであっても。
同情を誘うみたいに弱々しい感情が声に乗る。本心なのに、やけに軽い言葉は尻すぼみしてしまい力なく霧散した。
「だから、その考えがもう違うんだよ。君は自分の記憶の絶対性を説いているだけじゃない。そんなことよりも、まず彼女に対するその信仰じみた考えをどうにかしなさい。全てが間違っているとは言わないし思わない。でも実在するかしないか、そんなことよりもあの世界にいるであろう彼女を受け入れる姿勢ぐらいしたらどうなの」
ぼくは忘れた記憶もろくに思い出そうともせずただ美しいそれを眺めることで満足していたのか。
へたり込んだぼくの目線に合わすようにサキはゆっくりと膝を曲げた。
「どちらにせよ彼女はもう存在するの。なら、君がすべきことは、彼女がなぜこうなってしまったかを明らかにすること。そして救い出すこと。分かるよね。そしたら、私が出した目標も達成できるよ。きっと」
ぼくにはまだ分からないことばかりだ。何を忘れて、何が事実で、珠月が何者なのかすらしらない。
ぼくが信じていた彼女の言葉たちもぼくの盲信だったのだろうか。




