第33話 最後の赤眼
二人は無言で先を急いだ。
蒼真は神崎に問い質したい事柄がいくつもあったが、答えてくれる気は全く無いであろうことは分かっていた。
それ故にだんまりを決め込むしかないと考えていたが────。
神崎の方も、決して振り向かず押し黙ったまま先を見据えていた。
なにかが、大きく変わろうとしている。
赤い目の男に噛まれた左腕が、ずきりと痛んだ。
……やがて、これまでの通路とは比べ物にならない程、大きな空間に出る。
そこは、異様なほど整っていた。
ここまでの迷宮が見せてきた歪みや崩落の痕跡が、嘘のように消えている。
ついさっき磨かれたような黒大理石の床面と壁。
そして正面には────、重く閉ざされた扉。
「……出口、なのか」
蒼真がぽつりとそう口にした瞬間、空気が変わった。
終わりが、具体的な形を持って現れる。
神崎は歩みを緩めない。
蒼真も、その後ろを追う。
互いに何も言わないまま、扉の前まで辿り着いた。
沈黙が、張りつめる。
「……ここは、どこかおかしいと思わなかったか」
意外にも、それを破ったのは神崎だった。
「そりゃ、ここで目を覚ましてからは異常な事しか無かったけど」
「そういう意味じゃない」
いつもの冷たい眼が蒼真を捉えた。
「何があっても、現実味が無かっただろう。飲まず食わずでもさして活動に支障はない。まるで眠りながら見る夢のように」
「……何が、言いたいんだ」
再び、沈黙が落ちた。
「これを渡しておく」
腰元に手をやり、神崎は黒いナイフを抜く。
光を拒む、するどく刃渡りの長い刃。
それを、躊躇なく蒼真へ差し出した。
「持っておけ」
短く告げる。
蒼真は、受け取ろうとはしなかった。
視線がナイフと神崎の間を往復する。
「……なんで」
問いは自然に零れた。
「もうそんなもの……、必要ないだろ」
神崎は答えない。
ただ、差し出した手は引かない。
やがて、静かに言う。
「もう、すぐだ────お前がやらなければ意味がない」
(また、こいつは何もかも分かったような顔で勝手なことを言う)
蒼真はきつく眉を寄せる。
「……いらない」
拒絶は明確だった。
「いいから、お前が持ってろ」
神崎が重ねて言う────その刹那、蒼真の視界が揺れる。
心臓が、どくんと大きく脈打った。
蒼真の唇が、独りでに知らない言葉を紡ぐ。
『────わざわざここまで来たのは死ぬためか?ヒトは本当に愚かだな』
『お前が私の雛型だとは認めない。望み通り、一切を消去してやる』
「……っ、な……!?」
右手で思わず口をおさえる。
神崎は何も言わず、黙ったままじっと蒼真を見ていた。
目に映るもの全てが、ぶれる。
左側だけ、世界の色が変わる。
鈍く光る、濁った赤。
思考が追いつく前に、左目が燃えるような熱を帯びる。
同時に、左腕が勝手に動いた。
意志とは無関係に、素早く指が伸びる。
ナイフの柄を掴み、神崎の手から滑るように奪い取る。
「やめ、ろ────!」
言葉は最後まで届かない。
意思とは真逆に、身体が前に出る。
踏み込みは正確で、無駄がなかった。
自分の中に自分ではない何かがいる感覚が、ますます鮮明になってゆく。
────それが蒼真には、何よりも恐ろしかった。




