第2話 第二ゲーム
じわじわと床に広がる血を、蒼真は呆然と見つめていた。
赤い液体が、ゆっくりとコンクリートの溝へ流れ込んでいく。
突然に撃ち殺された男の体は、もう動かない。
目は半分開いたまま、天井を見ている。
そこにはもう、怒りも恐怖も残っていなかった。
ただの、抜け殻。
「はっ、……っ、」
蒼真の呼吸が浅くなる。
身体からガクンと力が抜けて座り込んだ。
胸の奥がぎゅっと締め付けられるようだった。
(また、ひとが死んだ……)
さっきまで生きていた人間が、今はもうただの物体になって転がっている。
ゲームなんかじゃない。
ドッキリでもない。
これは――――、
本物の殺し合いだ。
「立て」
低い声が、すぐ近くで聞こえた。
蒼真がゆっくり顔を上げる。
神崎蓮が、すぐ目の前に立っていた。
相変わらず、表情はほとんど動いていない。
鋭い目が蒼真を見下ろしている。
「いつまで固まってる」
その声は冷静だった。
人が死んだ直後とは思えないほど、感情が薄い。
蒼真の胸の奥で、何かが弾けた。
「……あんた」
震える声が、思わずこぼれる。
「さっき」
喉が渇く。
それでも言葉を絞り出した。
「裏切ったよな」
神崎はわずかに肩をすくめた。
「結果的には助かっただろ」
まるでどうでもいいと言わんばかりの口調だった。
蒼真の中で、怒りが一気に膨れ上がる。
「そういう問題じゃない!」
声が部屋に響いた。
何人かがこちらを振り向く。
だが蒼真は止まらなかった。
「俺を騙したんだぞ!」
神崎の目が、ほんのわずかに細くなる。
「騙した?」
短く繰り返す。
そして、事もなげに言った。
「そうだな」
「は?」
蒼真の思考が止まる。
神崎はボタン台の方をちらりと見た。
「先に死ぬ奴が出ることは分かってた。
どちらを選んでも同じだ」
意味が分からない。
蒼真の眉が強く寄る。
「何言って――」
その時だった。
ブツン。
天井のモニターが、再び光った。
『第一ゲーム終了』
機械の声が、静かに響く。
『生存者 18名』
蒼真は周囲を見渡した。
さっき撃たれた男のペアが、床に崩れ落ちていた。
若い男だった。
膝をつき、両手で顔を覆っている。
肩が大きく震えていた。
泣いている。
当然だった。
さっきまで隣にいた人間が、いきなり死んだのだ。
――それも、裏切りという自分の選択によって――
蒼真の胸がまた重くなる。
(普通は、こうだろ……)
人が死ねば、悲しむ。
怖がる。
震える。
だが。
蒼真は横を見る。
神崎は、その光景を一瞬見ただけだった。
そして、すぐ視線を逸らす。
まるで興味がないかのように。
蒼真は思わず口を開いた。
「……あんた」
神崎がちらりと視線を向ける。
蒼真は言った。
「人が死んだんだぞ」
神崎は答えなかった。
代わりに、短く言う。
「まだ2人目だ。すぐに次のゲームもある」
「え?」
蒼真がモニターを見る。
『第二ゲームを発表いたします』
機械の声が続く。
『ゲーム名――疑心会議』
床が低い機械音を立てて動き出す。
部屋の中央から、椅子とテーブルがせり上がってきた。
円形のテーブル。
その周りに、十脚の椅子。
『参加者は10人』
ざわめきが起きる。
「なんだこれ……」
「会議?」
誰かが不安げに呟いた。
モニターは続ける。
『生き残った皆様の中に、裏切り者が1人、存在します。議論の後、その1人を処刑してください』
一瞬。
空気が止まった。
「何だと…?」
「知らない奴ばっかで、何が裏切りなんだよ…!」
「俺たちを拉致った運営の手先がこの中にいるのか?」
「ふざけんな!」
怒号が上がる。
だがモニターは淡々と続けた。
『ただし』
一拍。
『処刑された者のペアも同時に死亡します』
その瞬間。
部屋の空気が凍りついた。
蒼真の背筋を、冷たいものが走る。
(つまり……)
1人を殺せば――――、
2人死ぬ。
『参加者を発表いたします』
モニターに名前が並ぶ。
蒼真の目が止まった。
桐生蒼真
そして。
神崎蓮
「……」
他の参加者の名など確認する余裕もなく、蒼真は思わず神崎を見た。
平坦な表情は、変わらない。
驚きも焦りもない。
まるで――
最初から分かっていたみたいに。
蒼真の胸がざわつく。
「なあ」
小さく声を出す。
神崎がこちらを見る。
「このゲーム、俺たちヤバいだろ」
先ほどのゲームで裏切りを選んだのは10人のうち神崎だけだ。
神崎はあっさり答えた。
「そうだな」
その落ち着き方が、逆に怖い。
蒼真が何も言えずにいると、神崎は続けた。
「今回は全員の注意が俺に向いてる方が好都合だ。注目されてる奴が主導権を握りやすい」
「え?」
「安心しろ」
神崎は蒼真の肩を軽く叩いた。
ぽん、と。
その動作は、妙に自然だった。
「お前は死なない。今はまだ」
蒼真は眉をひそめる。
「なんで言い切れるんだよ」
神崎は一瞬だけ黙った。
ほんのわずかな沈黙。
それから、低く呟く。
「……知ってるからだ」
蒼真の心臓が跳ねた。
「は?」
神崎の視線がモニターに向く。
「これからのこと。ある程度は、な」
蒼真の思考が止まる。
「待て」
声が震える。
「今なんて――」
神崎はそれ以上言わなかった。
代わりに、蒼真の腕を掴む。
強く。
「蒼真」
突然名前で呼ばれ、蒼真の胸がドキッと跳ねた。
神崎の声は低い。
「このゲームでは、誰も信じるな」
その目が、鋭く光る。
「俺以外は、誰も」
蒼真は言葉を失った。
この男は何なんだ。
冷たい。
怖い。
何を考えているのか分からない。
さっきから――
他の参加者には目もくれないにもかかわらず、ずっと自分を視界から外そうとしない。
その理由が、分からない。
分からないからこそ、余計に怖い。
『疑心会議 開始』
モニターの声が響く。
『制限時間 30分』
参加者たちが、重い足取りで椅子に向かっていく。
蒼真も席についた。
その時だった。
一人の男がこちらを見ていた。
脱色で傷んだ金髪に、派手な服装。
口元に、いやらしい笑み。
男はゆっくり言った。
「おい」
テーブル越しに蒼真たちを見る。
「さっきのゲーム、見てたぜ」
蒼真の背中に嫌な汗が流れる。
男は続けた。
「お前らのペア」
指でテーブルを叩く。
コツ、コツ。
「片方が裏切り、だったよなァ?」
その一言で、空気が変わった。
周囲の視線が一斉に集まる。
蒼真は急速に喉が渇くのを感じた。
(最悪だ……)
男はにやりと笑った。
「つまりさ」
テーブルを指で叩く。
「お前ら、信用できねえんだよ」
空気が重く沈む。
このままだと。
間違いなく――――、処刑される。
その瞬間だった。
神崎が椅子から立ち上がった。
ギシ、と音がする。
全員の視線が神崎に向く。
神崎は金髪の男を見て言った。
「いいだろう」
静かな声。
「処刑したければすればいい」
「は?」
金髪の男が眉をひそめる。
神崎の口元が、わずかに歪む。
冷たい笑み。
「ただし」
その次の言葉に。
全員が息を呑んだ。
「その前に」
神崎の目が鋭く光る。
「俺がお前を殺す」
部屋が凍りついた。
蒼真は横で思った。
(俺の隣にいるこの男の方が……)
(絶対、ヤバい)
そして同時に気づく。
この男は――――、本気でやるつもりだ。
先ほど蒼真を裏切った際は生き残る為の選択だとか言っていたが――――、
今言っていることもその選択の一環に間違いないようだった。
この男が今金髪男を殺せば、自分を含めて他の皆は助かるのか。
蒼真には。
それがむしろ、更なる地獄への招待にしか感じられず、ひたすらに、恐ろしかった。
第二話っす~。
あらすじは最後まで出来ているのですが
このあらすじ、ほんとうにあらい(ぜつぼう)
めっちゃ修正してるつらい。




