第3話 疑心会議
凍りついた空気の中で、誰も動かなかった。
神崎の言葉は、ただの脅しとは思えなかったからだ。
あまりにも静かで、あまりにも迷いがない。
その声は、まるで「そうするのが当然だ」とでも言うような響きを帯びていた。
金髪の男の顔から、ゆっくりと笑みが消えていく。
「……おいおい」
苛立ったように舌打ちする。
「何イキってんだよ」
だが声の奥に、多大な警戒が混じっていた。
神崎は答えない。
ただ冷たい眼で、じっと男を見ている。
なまじ白い肌と整った顔の、その視線があまりにも人間離れして見えて、蒼真の背筋がぞくりと粟立った。
(やっぱり……)
(本気だ)
蒼真には分かった。
神崎は、脅しているわけではない。
本当にやるつもりだ。
もしこの場で蒼真たちが処刑対象に決まりそうになれば────。
この男は迷わず動く。
誰かを殴るとか、そんなレベルじゃない。
殺す。
その覚悟が、神崎の目の奥にあった。
金髪の男は冷や汗を額ににじませつつ、鼻で笑う。
「ハッ、笑わせんな」
椅子の背もたれにドカッと体を預けた。
「ここで殺す? どうやってだよ」
テーブルを指で叩く。
コツ、コツ。
「武器もねえのに」
周囲から小さなざわめきが起きる。
確かにそうだ。
この部屋には武器らしいものは何もない。
テーブルも椅子も、床に固定されていてびくともしない。
部屋の奥の方には不自然なほどに目立つ
大きなビロードのカーテンが引かれているが────、
運営側の制裁を恐れてか、誰も探索しようとはしない。
ほかには、何も無い。
素手でどうにかできる状況ではない。
だが。
神崎はゆっくり一歩、テーブルに近づいた。
その動きだけで、周囲の空気がぴんと張り詰める。
「方法ならある」
静かな声だった。
金髪の男の眉がぴくりと動く。
「例えば?」
神崎はテーブルに手を置いた。みしり、と妙に重く板が軋む音がした。
そして、ほんの少しだけ身を乗り出す。
「今すぐお前の首をへし折る」
あまりにもさらりと言う。
その言葉の軽さが、逆に恐ろしかった。
金髪の男が一瞬、言葉に詰まる。
蒼真の心臓が嫌な音を立てる。
(やめろ……)
こんな空気の中で暴力が始まったら、どうなるか分からない。
疑心会議どころじゃなくなる。
誰かがパニックになれば、全員巻き込まれる。
またあの機械たちのアームで殺される可能性が高い。
「……チッ」
金髪の男は舌打ちした。
視線を逸らす。
「つまんねーな」
腕を組んだ。
「冗談も通じねえのかよ」
その言葉に、部屋の緊張がわずかに緩む。
誰かが小さく息を吐いた。
神崎は何も言わない。
ただ、ゆっくりと椅子に座り直す。
その動き一つで、張り詰めていた空気が変わる。
────まただ。
気づけば蒼真は周囲の人間より先に、神崎の動きを見てしまっている。
(助かった……?)
まだ何も終わっていない。
だが、少なくとも今すぐ誰かが殺されることはなさそうだった。
モニターの声が、静かに響く。
『残り時間 22分』
会議はまだ始まったばかりだった。
だが、誰もすぐには話し出さない。
重たい沈黙がテーブルを覆う。
十人の男たちが、互いを警戒しながら見ている。
疑い。
恐怖。
そして────。
生き残りたいという欲望。
蒼真の手のひらに、じっとりと汗が滲む。
(裏切り者……)
この中に一人いる。
運営の手先なのかも知れない。
違うかも知れない。
ほんとうに一人なのかも分からない。が────、それを見つけなければならない。
見つけなければ。
────おそらく全員が死ぬ。
蒼真はちらりと神崎を見る。
神崎は腕を組み、目を閉じていた。
まるで会議に興味などないかのように。
(こいつ……)
蒼真の胸の奥で、疑問が膨らむ。
神崎は言った。
このゲームを知っている。
それはつまり。
このデスゲームについて、何か情報を持っているということだ。
(なんで……)
どうしてそんなことを知っている?
偶然?
それとも────…、その時だった。
「なあ」
別の男が口を開いた。
四十代くらいの、眼鏡をかけた男だった。
神経質そうな顔つきで、丁寧に撫で付けた自分の髪を払う。
「まず整理しよう」
テーブルの上に肘をつく。
高価そうな腕時計がじゃらりと音を立てた。
「このゲームには裏切り者が一人いる」
周囲が静かに頷く。
「そして私たちは、その人物を見つけて……、どうやっても処刑しなければならない」
眼鏡の男はゆっくり周囲を見渡した。
「だが問題がある」
一瞬、しわぶきひとつ消える。
「誰が裏切り者なのか、情報が何もない」
当然の指摘だった。
蒼真も同じことを思っていた。
この場にいる全員が初対面だ。
誰が運営の手先なのか、裏切り者なのか、分かるはずがない。
「つまり」
眼鏡の男が言う。
「現状では、全員が容疑者だ」
その言葉に、空気がさらに重くなる。
疑いの視線が飛び交う。
蒼真の背中に冷たい汗が流れる。
(このままだと……)
誰かを適当に選ぶ流れになるかも知れない。
そうなれば。
一番怪しまれているのは────。
自分たち────というか、神崎だ。
(そうなれば、俺も道連れってことに……)
裏切り者のペアも殺されるルールだ。
蒼真は唇を噛んだ。
その時。
隣から、ぼそりと声がした。
「心配するな」
神崎だった。
蒼真が隣を見る。
神崎は目を閉じたまま、静かに言った。
「このゲームの答えは、もう出てる」
蒼真の心臓が跳ねた。
「……え?」
神崎はゆっくり目を開く。
その視線が、テーブルの向こう側に向けられる。
そして。
一人の男を指差した。
「裏切り者は────」
部屋の空気が、一瞬で張り詰めた。




