エピローグ 均衡の外側
王都の夜は、静かだった。
通貨は持ち直し、
市場は落ち着き、
王宮の灯りも、以前のように整っている。
人々は言う。
「乗り切った」
「王国は強い」
それは、間違いではない。
だが――
それだけでもない。
――
高い塔の上。
アリシアは、一人立っていた。
風が頬を撫でる。
遠く、見えないはずの国境の先を見つめる。
ルーディア王国。
かつて存在した国。
今は、地図の上で名前を変えられている。
戦争はなかった。
だが、確かに消えた。
「……静かすぎる」
小さな呟き。
均衡国家は、生き延びた。
だがそれは、
嵐の終わりではない。
嵐の外縁に立っただけ。
足音。
レオンハルトが隣に立つ。
「まだ考えているな」
「当然です」
視線は動かさない。
「ルーディアは消えました」
「我々は残った」
「だが違いは、紙一重です」
沈黙。
「三年」
レオンハルトが言う。
「帝国は待つ」
「我々も準備する」
「間に合うか」
問い。
王としての。
アリシアは、少しだけ考えた。
そして答える。
「間に合わせます」
断言。
だが確信ではない。
覚悟だ。
「守るだけでは足りない」
「広げる必要がある」
風が強くなる。
「均衡は、内にあれば弱い」
「外に出て、初めて力になる」
レオンハルトは静かに頷く。
「帝国と戦うのか」
「いいえ」
アリシアは首を振る。
「帝国と同じ土俵に立たない」
「別の秩序を作る」
それは戦争ではない。
だが、確実に対抗。
沈黙。
王都の灯りが揺れる。
その一つ一つが、守るべきもの。
そして同時に、
守るだけでは足りないもの。
――
同時刻。
帝国首都。
アルヴェイン・シュタールは、書簡を閉じた。
ルーディア併呑の報告。
王国の反応。
均衡国家。
「生き延びたか」
静かな声。
驚きはない。
だが無関心でもない。
「崩れない」
「だが強くもない」
窓の外を見る。
帝国の夜は整っている。
合理の光。
「三年」
彼もまた呟く。
「三年で、答えが出る」
均衡は広がるのか。
合理が覆うのか。
どちらでも構わない。
結果がすべて。
それが帝国。
――
王都。
アリシアは最後に空を見上げる。
星は変わらない。
だが世界は変わる。
「次は」
小さく言う。
「見捨てない」
それは誓いではない。
選択の更新。
過去を否定せず、未来を変える意思。
均衡国家は、生き延びた。
だがそれは始まりに過ぎない。
世界は、動き出している。
静かに。
確実に。




