第63話 三年計画
帝国使節団が去って十日。王宮の会議室には、再び静かな緊張が満ちていた。今回は外敵ではない。王国自身の問題だ。
レオンハルトの正面に、分厚い資料束が置かれている。
「三年計画案です」
アリシアが淡々と言った。軍、財務、農政、商務、教会代表が席についている。帝国との協定は成立した。だが三年は、猶予であり制限でもある。
「目標は明確です」
アリシアは続ける。
「三年以内に帝国依存率を三割削減」
ざわめきが走った。数字が先に置かれると、反論は後から追いつく。
「具体策を」
レオンハルトが促す。
「第一に、国内鉱山の再開発」
地図が広げられる。
「放棄されている南部鉱山三か所を再稼働」
「採算は」
財務官が問う。筆はもう、赤字の欄に置かれている。
「初年度赤字。三年目に黒字化」
「労働力は」
「徴用ではなく契約強化。ただし優遇税制廃止」
実質、半強制だった。誰もそう呼ばないだけだ。
次の資料が示される。
「第二に、農地再編」
農政官が息を呑んだ。
「小規模農地の集約。
非効率区画の統合」
「地主の反発が出る」
「出ます」
即答だった。
「だが単収は上がる」
合理だ。彼女は反発を計算に入れていないのではない。計算に入れたうえで、なお通している。
「第三に、商会統合」
商務官が顔を上げた。この部屋で最も痩せた資料束を持っているのが、彼だった。
「零細商会を統合し、大規模流通網を構築」
「潰れる商会も出る」
「出ます」
また即答だった。
「だが帝国商会に対抗できる規模が必要」
会議室が静まる。誰も、間違いだとは言えない。だが、誰も喜ばない。
「軍需内製化」
最後に、彼女はヴァルクを見た。
「武具部品の国内生産比率を二割増」
ヴァルクは腕を組んだ。軍にとっては、久しぶりに増える側の話だった。
「可能だ」
「だが予算が」
「赤字覚悟」
アリシアは、迷わない。赤字という語を、彼女は罰ではなく費目として扱う。
「三年後に選択肢を持つための投資です」
レオンハルトは、資料を見つめた。静かに、重い。
「痛みは」
「出ます」
また同じ言葉だった。
「具体的に」
「失業、破綻、反発」
会議室に冷たい空気が流れる。アリシアは続けた。
「だが三年後、帝国が圧力を強めたとき」
視線が全員に向く。
「何も準備していなければ、選択肢は消える」
沈黙。正しい。理屈は正しい。
「救済策は」
セレナが静かに問う。会議のあいだ、彼女が発言したのはこれが初めてだった。アリシアは一瞬だけ視線を向ける。
「再就労支援」
「具体的に」
「未定」
その一言が、空気をわずかに動かした。
「制度設計は後段階」
合理の優先順位だった。まず構造、次に人。セレナは小さく息を吸う。
「順番が逆ではありませんか」
静かな声だった。だが重い。アリシアは、即答しない。この日、彼女が答えを返さなかったのは初めてだった。
レオンハルトが問う。
「なぜ今、強行する」
「帝国が静かな今だからです」
アリシアは言う。
「外圧が弱い間に、内部を固める」
「民は疲れている」
セレナが言う。語気は強くない。数えてきた顔の数だけの重さがある。
「再編が終わったばかりです」
「終わっていません」
アリシアの声は低い。
「崩壊を止めただけ」
会議室が再び静まる。レオンハルトは、目を閉じた。三年。猶予。だが時間は短い。
「……やるなら段階的にだ」
彼は言った。三つのうち一つを残し、二つを止める。王の裁き方だった。
「初年度は鉱山再開のみ」
「農地と商会は調査段階」
アリシアは一瞬考え、頷いた。
「可能です」
「救済策の設計を先行させる」
セレナが、わずかに安堵する。だが問題は消えていない。順番を変えただけだ。
会議が終わり、皆が去る。回廊で、セレナが言った。
「急ぎすぎです」
アリシアは足を止めた。振り返りはしない。
「帝国は待ってくれない」
「民も待てません」
目が合った。
「国は構造だけではありません」
「構造がなければ守れない」
短い応酬だった。まだ対決ではない。だが、線が引かれた。
三年計画。それは国家の未来。
同時に、国内の火種でもあった。
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