第55話 軍の懸念
穀物価格の上昇から、二日。
王宮軍議室には、重い空気が満ちていた。
円卓の一角に、ヴァルク・ディオール将軍。
その隣に参謀長。
対面に、レオンハルトとアリシア。
「結論から申し上げます」
ヴァルクの声は低い。
「帝国の提案は受けるべきではありません」
直球だった。
「理由は」
レオンハルトが問う。
「港湾の監査権共有」
即答。
「軍港を含む以上、軍事情報は漏れる」
「限定区域を設ければ――」
財務官が言いかける。
「甘い」
ヴァルクは遮った。
「監査とは接触だ。接触は把握だ」
軍人の理屈は単純だが、現実的だ。
「一度内部を見せれば、
次は条件を拡張される」
沈黙。
アリシアが、静かに言う。
「軍は、自立を優先する」
「当然だ」
ヴァルクは頷く。
「だが自立は時間がかかる」
「時間がかかっても、作るべきだ」
強い声。
「鉄が止まれば軍備は遅れる。
だが止まると分かっている相手に依存する方が危険だ」
レオンハルトは、机に指を置く。
「価格上昇が続けば、民意は揺れる」
「民意が揺れても、国は守れる」
即答。
「だが軍が揺れれば、国は守れない」
重い言葉だった。
沈黙が落ちる。
アリシアは、視線を落とす。
「帝国は戦をしない」
「今はな」
ヴァルクの目は鋭い。
「だが条件を握れば、いつでも締められる」
軍の懸念は明確だ。
依存は、見えない鎖。
「将軍」
レオンハルトが、静かに言う。
「代替案は」
「北方連合との緊急協定」
「輸送距離が長い」
「それでも依存は分散できる」
現実的だが、コストは上がる。
財務官が小声で言う。
「予算が……」
アリシアが、淡々と答える。
「短期赤字は許容範囲」
視線が彼女に集まる。
「だが長期契約は縛りになる」
帝国の提案は、五年固定。
安定と引き換えに、選択肢を削る。
ヴァルクは、ゆっくりと言った。
「ヴァレンシュタイン公」
「公爵令嬢で結構です」
淡々と訂正。
「あなたの再編は評価している」
軍が初めて明言した。
「だが外交は別だ」
「承知している」
アリシアは、目を逸らさない。
「内政の合理と、外交の合理は違う」
その言葉に、レオンハルトが反応する。
「違う?」
「外交は、相手の合理がある」
帝国は利益最大化。
王国は責任優先。
「価値観が違う」
ヴァルクが、短く言う。
「ならば、距離を取れ」
軍の答えは明快だ。
――
会議後。
廊下で、レオンハルトが歩みを止める。
「割れたな」
「ええ」
アリシアは頷く。
「軍は反対」
「民は安定を望む」
「教会は沈黙」
王宮は、静かに分かれ始めている。
「お前はどう思う」
レオンハルトの問いは、真剣だった。
少しの沈黙。
「合理だけなら、受ける」
「……」
「だが合理だけでは、国は続かない」
自分の言葉が、重く響く。
再編で切り捨てた痛み。
それは内側だった。
だが外交は、国そのものを縛る。
「帝国は、こちらの迷いを見ている」
「ええ」
「七日後、答えを出す」
レオンハルトは、低く言った。
「私は王になる」
再びその言葉。
「ならば、誰の声を聞く」
アリシアは、静かに言う。
「全員」
「矛盾する」
「だから王よ」
短い返答。
――
帝国宿舎。
「軍は反対しているようです」
ユリアンが報告する。
「当然だ」
カイゼルは、淡々と答える。
「軍は鎖を嫌う」
「王太子は」
「揺れている」
静かな確信。
「揺れている王は、選択を迫られる」
彼は窓の外を見る。
「王国は、内側を整えた」
「だが外側は、まだ若い」
合理の帝国は、待っている。
圧力は、まだ序章。
王国が自ら選ぶ瞬間を。




