第54話 価格操作
提案から、三日目。
王都の穀物市場が、わずかにざわつき始めた。
「小麦の入荷が遅れている」
「価格が上がるらしい」
最初は噂だった。
だが数字は正直だ。
王宮財務局。
「北部港の帝国商船、入港延期」
官僚が報告する。
「理由は?」
「港湾検査の再確認とのこと」
合法だ。
止められない。
レオンハルトの表情が硬くなる。
「影響は」
「三日以内に価格が上昇します」
穀物は民衆の感情に直結する。
アリシアは、資料を静かに見る。
「帝国は約束を破っていない」
「まだ協定は結んでいない」
ヴァルクが、低く言う。
「だが意図は明白だ」
翌日。
市場価格は、二割上昇した。
暴騰ではない。
だが不安を煽るには十分。
「再編で税は下がったが、物価が上がったら意味がない」
民衆の声が、少しずつ広がる。
王女セレナが、民意調整局から報告を持ち込む。
「不安が増えています」
レオンハルトは、机を握る。
「まだ三日だ」
「三日で十分です」
セレナは静かに言う。
「民は戦争を恐れています」
戦争。
誰も口にしていないが、
影はある。
――
同時に。
鉄材価格も、わずかに上がった。
理由は同じ。
「帝国側の積載遅延」
ヴァルクが、怒りを抑えて言う。
「軍備更新計画に影響が出る」
レオンハルトは、アリシアを見る。
「想定内か」
「ええ」
彼女は冷静だ。
「圧力は、こう来る」
「止められないのか」
「止められない」
即答。
「市場は契約前。帝国は違反していない」
合理的。
合法的。
そして効果的。
――
帝国宿舎。
「反応は」
カイゼルが問う。
「市場は動きました」
ユリアンが答える。
「暴動はありません」
「まだだ」
カイゼルは、窓の外を見る。
「王国は耐える」
断言。
「だが不安は蓄積する」
彼は、机に置かれた協定書を見る。
「七日後、彼らは合理を選ぶか」
それとも。
――
王宮。
夜。
レオンハルトとアリシアが向かい合う。
「断れば圧力。受ければ依存」
「ええ」
「どちらが合理だ」
沈黙。
アリシアは、ゆっくりと言う。
「短期合理は、受けること」
「長期は」
「拒むこと」
その間に、溝がある。
「王は、どちらを見る」
問いは重い。
レオンハルトは、目を閉じた。
「私は、王になる」
「ええ」
「ならば、短期安定に逃げるわけにはいかない」
その声は、まだ揺れている。
だが決意はある。
アリシアは、静かに頷いた。
「ならば」
「?」
「代替を作る」
レオンハルトが、顔を上げる。
「七日でか」
「完全ではなくていい」
市場に、“別の選択肢”を見せる。
「帝国に依存しない道があると示せれば、
交渉力は戻る」
ヴァルクが言う。
「北方連合か」
「ええ」
「交渉を急ぐ」
時間はない。
だが何もしなければ、
帝国の提案は“唯一の救い”になる。
王都の夜は、静かだ。
だが穀物価格の数字は、確実に動いている。
戦はない。
血も流れない。
だがこれは、明確な圧力。
合理の帝国は、静かに王国を締め上げ始めていた。
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