第45話 悪役令嬢の沈黙
王宮大広間は、息を潜めていた。
高い天井に掲げられた王家の紋章。
整然と並ぶ席。
中央には、一段低い壇。
そこに立つのは――アリシア・フォン・ヴァレンシュタイン。
断罪の日と、構図は似ている。
だが、空気は違う。
今日は、叫びはない。
感情の暴発もない。
あるのは、視線。
貴族の視線。
教会の視線。
軍の視線。
民衆代表の視線。
そして。
王太子レオンハルトの視線。
「これより、再編政策に関する公開審問を開始する」
議長の声が、静かに響く。
「弁明者、アリシア・フォン・ヴァレンシュタイン」
名が呼ばれる。
彼女は、一歩前に出た。
「まず問う」
最初に立ち上がったのは、アルベルト・クラウスだった。
「再編は成果を上げている。
それは認める」
前置き。
「だが、地方自治権の大幅な制限は、
王国の伝統に反しないか?」
ざわめきが走る。
伝統。
理屈ではなく、感情を含む言葉。
アリシアは、答えない。
沈黙。
視線が集まる。
「回答を」
議長が促す。
「地方自治は、責任と対であるべきです」
淡々とした声。
「責任を負えない自治は、名ばかりの特権」
ざわめきが、少し強まる。
「では、あなたは地方を未熟と見なすのか」
別の貴族が問う。
「見なしていません」
即答。
「未熟な仕組みを、修正しただけです」
冷たい。
だが論理は崩れない。
次に立ち上がったのは、教会側の代表だった。
「再編は、神の秩序を軽視しているとの声がある」
大司祭イグナスは、静かに見守っている。
「人の理が、神意を超えるのではないか」
アリシアは、一瞬だけ視線を上げた。
「神意を否定したことはありません」
「だが」
「再編は、祈りを禁じていない」
ざわめき。
「教会福祉への予算も増額しています」
数字を提示する。
理屈で返す。
だが、感情は動かない。
民衆代表が立つ。
「再編で職を失った者がいる」
重い声。
「彼らの痛みを、どう見る」
ここで、空気が変わる。
理屈ではない。
痛み。
視線が集まる。
アリシアは、わずかに間を置いた。
「痛みは、存在します」
否定しない。
「再編は、全員を救うものではありません」
ざわめきが広がる。
残酷だ。
「だが、崩壊はより多くを失わせます」
静かな声。
「私は、より少ない損失を選びました」
沈黙。
感情を煽らない。
弁解もしない。
ただ、選択を認める。
アルベルトが、再び立つ。
「つまり、あなたは自らを正しいと?」
罠だ。
肯定すれば傲慢。
否定すれば政策崩壊。
アリシアは、ゆっくりと答えた。
「正しいかどうかは、結果が決めます」
ざわめき。
「現時点では、成果は出ています」
数字を示す。
「ですが――」
わずかな間。
「最終判断は、王家と国民に委ねます」
責任を、返す。
それは逃げではない。
契約の原則だ。
議場は、静まり返った。
彼女は、感情を見せない。
怒らない。
謝らない。
泣かない。
悪役令嬢は、沈黙と理で立っている。
だが。
その沈黙が、逆に重い。
レオンハルトは、ゆっくりと立ち上がった。
視線が、一斉に彼へ向く。
王太子の言葉が、
この審問の流れを決める。
大広間は、息を止めていた。
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