第38話 違和感
再編が始まって半年。
王都は、以前よりも整っていた。
市場の値は安定し、
税は明確に徴収され、
兵の巡回も規則的だ。
混乱は消えた。
だが――
「……息苦しいな」
その言葉は、酒場の隅で呟かれた。
誰もが困っているわけではない。
むしろ、生活は安定している。
それでも。
「前より、自由が減った気がする」
別の男が、低く続ける。
「無駄が減っただけだろ」
「でも、決まりが増えた」
議論は、すぐに終わる。
誰も、声を荒げない。
それが、違和感だった。
王宮では、再編局の報告が続いていた。
「北東部の徴税回収率、改善」
「南部の物流指数、安定」
数字は、成功を示している。
アリシア・フォン・ヴァレンシュタインは、淡々と頷いた。
「次は軍需の調整を」
迷いはない。
王太子レオンハルトも、同席している。
彼は、書類を閉じた。
「……反発は?」
マティアスが、控えめに答える。
「小規模ですが、増えています」
アリシアは、視線を上げない。
「当然よ」
再編は、誰かの既得権を削る。
「目立つ動きは?」
「まだ、ありません」
まだ。
その言葉に、わずかな緊張が混じる。
一方、王都の別邸。
アルベルト・クラウスは、静かに茶を口にしていた。
「……数字は、美しい」
彼は、再編の報告書を眺めながら言う。
「だが、美しすぎる」
向かいに座る貴族が、眉をひそめる。
「何が問題なのです」
「国が、速く整いすぎている」
アルベルトは、微笑んだ。
「速すぎる改革は、必ず歪みを生む」
彼は、書類を閉じる。
「そして、歪みは“正義”を疑わせる」
その視線は、鋭い。
「ヴァレンシュタインは、優秀だ」
認める。
「だが、優秀すぎる」
それは、警戒の言葉だった。
同じ頃、教会の奥。
大司祭イグナスは、静かに祈りを終えた。
「……契約と統制」
彼は、低く呟く。
「神の秩序を、人の理で書き換えるか」
側近が、慎重に言う。
「再編は、成果を出しています」
「だからこそだ」
イグナスは、目を開く。
「成果が、信仰を上書きする前に」
静かな火種が、あちこちで灯る。
王宮へ戻る廊下で、レオンハルトが口を開いた。
「……違和感を感じている」
アリシアは、歩みを止めない。
「ええ」
「順調すぎる」
「ええ」
短い応答。
レオンハルトは、苦く笑う。
「問題は、何も起きていないことだ」
アリシアは、ようやく彼を見る。
「問題は、起きている」
静かな声。
「まだ、形になっていないだけ」
その言葉に、重みがある。
再編は成功している。
だが。
成功は、反動を生む。
王都の夜は、整然と灯っている。
その灯りの下で、
見えない亀裂が、ゆっくりと広がっていた。
――再び、断罪の火種が芽吹くとも知らずに。




