第37話 それでも救われない人がいる
再編が始まって三か月。
王都の市場は、以前より静かだった。
だが、その静けさは停滞ではない。
整っている。
価格は安定し、
兵の巡回も規則的になり、
税の徴収も明確だ。
崩壊は、止まった。
それでも――
すべてが、元に戻ったわけではない。
南部の外れ。
かつて町だった場所に、半分空いた家々が並んでいる。
ラウル・ヴェストは、その通りを歩いていた。
再編は成功している。
数字は改善している。
だが、去った人々は戻らない。
「……ここに、家族が住んでいた」
空き家の前で、誰かが呟いた。
子どもの笑い声があった。
店があった。
今は、静かだ。
「救われた、んですよね」
若い兵が、戸惑いながら言う。
ラウルは、ゆっくりと頷く。
「町はな」
言葉は、重い。
「人は……」
続かない。
再編は、町を救った。
だが、全員を救ったわけではない。
一方、王都。
ミレイア・ロウは、再編局の前に立っていた。
数日前、職を失った友人がいた。
「効率化のため」
それが理由だ。
間違ってはいない。
だが、痛みは消えない。
彼女は、建物を見上げる。
「……悪役令嬢」
その名は、今も消えていない。
嫌悪と、敬意が混じる。
中では、アリシア・フォン・ヴァレンシュタインが書類に目を通していた。
「解雇数は、予定通り」
淡々と報告が入る。
「補償は?」
「最低限」
「上乗せを」
マティアスが顔を上げる。
「予算が……」
「削れるところを削って」
即断だった。
「再編は、切ることだけじゃない」
救えない人がいることを、
彼女は知っている。
だからこそ、可能な範囲で埋める。
それでも。
「恨まれています」
マティアスが、静かに言う。
「ええ」
アリシアは、視線を上げない。
「恨まれて当然」
彼女は、誰も否定しない。
「私は、全員を救うとは言っていない」
冷たいが、正確だ。
その夜。
王宮の廊下で、レオンハルトが声をかけた。
「……順調か」
「表面上は」
アリシアは、立ち止まらない。
「だが、痛みは残る」
レオンハルトは、静かに頷く。
「それでも、前よりはいい」
「ええ」
アリシアは、短く答える。
「前は、痛みすら見えなかった」
選ばなかった結果は、
曖昧で、誰のものでもなかった。
今は違う。
決断があり、
責任者がいて、
痛みの所在が明確だ。
それは、残酷だ。
だが、誠実でもある。
窓の外。
王都の灯りが、整然と並んでいる。
「……あなたは」
レオンハルトが、低く問う。
「満足しているのか」
アリシアは、少しだけ考えた。
「いいえ」
即答ではなかった。
「でも、納得している」
それが、彼女の基準だ。
レオンハルトは、並んで歩きながら言った。
「三か月、一日も休んでいないそうだな」
「あなたもでしょう」
「私は王太子だ」
「私は契約者よ」
短い応酬。
どちらも、譲る気がない。
「……契約書に、休暇の条項はあったか」
「なかったわね」
「追加する」
アリシアは、足を止めなかった。
だが、返事もしなかった。
断らなかった、ということだ。
救われない人がいる。
それでも、選べる国になった。
その国の設計者が、今夜、いつもより少しだけ早く執務室の灯りを消したことを、
知っているのは、補佐官一人だけだった。




