第33話 責任を取る人
南部の再交渉の動きは、王都にも届いた。
「……再び、ヴァレンシュタインに?」
王太子レオンハルトは、報告書を睨みつけた。
「はい。南部代表ラウル・ヴェストが、連名での署名を準備していると」
補佐官の声は、抑えられている。
レオンハルトは、ゆっくりと息を吐いた。
「……学んだ、ということか」
それは、苦い確認だった。
王都は選べなかった。
南部も選べなかった。
だが今、南部は選ぼうとしている。
王都は、どうだ。
沈黙が、答えだった。
一方、南部の町。
集会所の机には、書類が並んでいる。
前回とは違う。
署名欄は一つではない。
町長、商会代表、農地組合長、警備隊長――
全員の名前が並ぶ。
「……これで、逃げられない」
誰かが、苦く笑う。
ラウルは、最後に署名した。
「これでいい」
震えはなかった。
恨まれる覚悟は、すでに決めている。
数日後。
再び、地方都市の宿。
マティアスが、封書を差し出す。
「南部、全会一致で署名済みです」
アリシアは、ゆっくりとそれを開いた。
目を通し、
しばらく沈黙する。
「……遅かったけれど」
小さく呟く。
「本物ね」
マティアスは、安堵の息を漏らしかける。
だが、アリシアは続けた。
「条件は、変わらない」
その言葉に、甘さはない。
「追加条項を」
彼女は、さらりと告げる。
「責任者は、ラウル・ヴェスト」
マティアスは、顔を上げる。
「彼個人が?」
「ええ」
アリシアは、淡々と言う。
「代表者全員が署名している。
でも、実務の責任者は一人でいい」
それが、組織の鉄則だ。
「失敗した時、
守られるのは町であって、
彼ではない」
マティアスは、息を呑む。
「……彼は」
「分かっているわ」
アリシアは、静かに言った。
「だから、署名した」
南部に戻った書簡には、
追加条項が記されていた。
ラウルは、それを読み、
一瞬だけ目を閉じる。
「……私、か」
集会所は、静まり返った。
「責任者は、一人に限定する」
町長が、低く言う。
「それがお前だ」
誰も異議を唱えない。
もう、逃げないと決めたからだ。
「……分かりました」
ラウルは、はっきりと答えた。
「私が、引き受けます」
その瞬間。
町の未来は、
ラウル一人の肩に乗った。
数週間後。
南部にも、再編の手が入る。
倉庫の再統合。
徴税の一本化。
警備体制の再構築。
厳しい。
不満も出る。
「自由が減った」
「管理がきつい」
ラウルは、そのすべての矢面に立つ。
「俺たちが選んだ」
それだけを、繰り返す。
一方、王都。
「……南部も立て直し始めたと」
補佐官の報告に、レオンハルトは沈黙する。
選んだ町は、生き延びる。
選べない王都は、どうなる。
地方都市の宿。
マティアスは、静かに言った。
「……ラウル・ヴェストは、町で一番嫌われる男になりました」
「なったのではなく、引き受けたのよ」
アリシアは、迷いなく答える。
「彼は、政治家になった」
ラウルは、もう“町の代弁者”ではない。
責任を引き受ける者だ。
「これが、条件付き救済の意味」
アリシアは、窓の外を見る。
「誰かが、傷を引き受ける」
それがなければ、
組織は前に進めない。
南部は、救われた。
だが、ラウルは守られていない。
彼は、常に批判の最前線に立つ。
それでも、町は動いている。
――責任を取る人が、いるからだ。
そして王都は、
初めてその事実を、
突きつけられていた。
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