第32話 恨み
グランヴィルの再建は、南部にも届いた。
噂ではなく、事実として。
市場が再開したこと。
物流が戻ったこと。
税が整理され、秩序が保たれていること。
そのすべてが、ゆっくりと伝わる。
「……本当に、立て直したのか」
ラウル・ヴェストは、使者からの報告書を握りしめた。
嘘ではない。
誇張でもない。
あの条件を飲んだ町は、生き延びた。
一方で。
南部の町では、さらに一家が去った。
空き家が増え、
商店は板を打ち付けられたまま。
壊れてはいない。
だが、痩せていく。
「……俺たちは」
ラウルは、夜の広場で立ち尽くす。
「間違えたのか」
誰に問うでもない言葉。
答えは、ある。
だが、それを認めるのは、あまりに重い。
あの時。
責任を背負う覚悟を持てなかった。
町を一つの意思にまとめきれなかった。
それが、差だ。
それでも。
「……あの女は」
ラウルの胸に、鈍い痛みが走る。
「なぜ、そこまで……」
冷酷なのか。
合理的なのか。
理解している。
理屈は通っている。
だが、感情が追いつかない。
翌日。
集会所で、若い男が声を荒げた。
「ヴァレンシュタインのせいだ!」
沈黙が走る。
「俺たちを見捨てた!」
ラウルは、すぐに否定できなかった。
否定する資格がない。
「違う」
それでも、声を絞り出す。
「俺たちが、選ばなかった」
「でも、選べる条件じゃなかった!」
若者の叫びは、正直だ。
「全部、差し出せって言われて!」
それも、事実だ。
ラウルは、目を閉じる。
「……だから、彼女は悪だと?」
問いかける。
若者は、言葉に詰まる。
「悪なら、簡単だ」
ラウルは、低く続ける。
「悪なら、憎めばいい」
だが、本当にそうか。
悪は、町を立て直せるのか。
夜。
ラウルは、一人で机に向かっていた。
白紙の紙を前に、何度もペンを持ち、置く。
――再交渉。
その言葉が、頭をよぎる。
だが、それはつまり。
今度こそ、責任を背負うということだ。
自分だけではない。
町全体を、縛る。
「……恨まれるな」
小さく呟く。
グランヴィルの町長も、
今は恨まれているだろう。
自由を失わせたと。
それでも、町は生きている。
翌朝。
ラウルは、再び集会を開いた。
「……もう一度、話し合いたい」
ざわめき。
「何を」
「条件を」
空気が凍る。
「今度は、責任を分散する」
ラウルは、静かに続ける。
「私一人ではない。
代表者全員で署名する」
怒りの声は、上がらなかった。
代わりに、重い沈黙が落ちる。
誰もが、分かっている。
これは、選択だ。
そして、選択は――
恨みを生む。
一方、地方都市の宿。
マティアスは、報告を終え、静かに言った。
「……南部が、再交渉を検討しています」
アリシアは、わずかに目を細める。
「そう」
それだけ。
「恨みは?」
「強いです。……慣れておいでですね」
「慣れてはいないわ」
アリシアは、書類を閉じた。
「数えているだけ」
「数える?」
「恨まれた分だけ、誰かが選んだということだから」
それから、淡々と続ける。
「恨みと選択は、両立する」
彼女は、ゆっくりと立ち上がる。
「嫌われながら、契約する」
それが、政治だ。
「次は、本当に選ぶわ」
ラウルが、
恨みを抱えたまま、
それでも条件を飲む覚悟を持てるか。
それが、この章の分岐点だった。
南部の町は、
まだ救われていない。
だが今、初めて――
自分たちの選択と向き合おうとしていた。




