第9話 真下家新メンバー加入のお知らせ
今回もやっぱり長い・・・
亘が数時間かけて、息を切らせながら歩みを進めた距離もシュウにかかれば数分で戻ってきてしまった。能力差にいつもならへこむ場面だが、今回はひたすらシュウの活躍を褒め称える。また、自身の勝手でシュウを危険な目に合わせてしまった事を反省し謝罪した。
亘たちが助け出せた唯一はまだ幼い少年だった。しかも右腕がない。食べられてしまったのだろうか・・・
少年を縁側に寝かせ、呼び掛け様子を伺う。
「おい!しっかりしろ!!シュウ、ポーションでなんとかならないか??こんなまだ小さいのに・・・ここまで頑張ってきたんだから助けてやりたいんだよ」
「エェー・・・ニンゲンキライ」
「いや、俺も人間なんだけど」
「カアサマハ、カミ」
「人間だよ!!!?」
人間アピールをするアホなやり取りの横で、少年の息は次第に小さくなっていき、目の濁りが強くなってきた。灯火が消えるのもすぐだろうと分かる。シュウのやる気に全てはかかっている!
「分かった。この子を救えたら夕飯ハンバーグにする!」
「!?」
「目玉焼きもつけるしチーズもつける!しかも俺の膝の上で食わしてやる!!あとは・えっと・・寝るまで子守唄も歌う!昔話も聞かせる!」
「ヤル!!」
「よっしゃ!頼むなシュウぅぅぅ!?何やってんだ!?」
どれがシュウのやる気スイッチを押したのかは分からないが、目をキラキラさせて協力してくれるなら良かったと思ったのも束の間。突然シュウは少年を飲み込んでしまった。
えぇぇぇぇぇ!?
食ったの?食ったの!??
まずい、毒が!!
「シュウ!毒大丈夫か!?早く出しなさい!ポイして!ね!お願い!!どうしよう、毒消し・・・本にあったかも!待ってろシュウ!」
「(モグモグ)ダイジョウブ」
「いいか!そのまま待っとけよ!すぐ戻ってくるから!」
「マッテ・・・アァ、イッチャッタ・・・(モグモグ)」
いくら毒草耐性があるとはいえ、魔獣が死ぬ程の威力がある毒だと話は別だ。分解できない可能性だってある。亘は慌てて部屋に駆け込み、医学や薬草関連の本を抱えて戻ってくると、そこにはベトベトに濡れて気を失っている少年、そして満足気なシュウがいた。
「あ、えっと?どういう・・・状況かな?なんでこの子こんなベタベタしてるの?」
「ペッシタ!ハンバーグ!!」
「吐いた!?大丈夫??」
「ウン!ドクタベタヨ!」
「えぇ!?毒!?本当に大丈夫か!?体は?どこか痛いとこない?」
「ヨユウ!コレモ、モウダイジョウブ!ハンバーグ!ハンバーグ!」
「さすが!良かった!ところで・・・なんでこんなベタベタしてるの!?ねぇ!?」
「ナカト、ソトカラドクタベタ!」
「えぇ?どういう事?でも、まぁ、もう大丈夫ってことだよな?とりあえず、この子は風呂に入れてここは掃除して・・・ありがとなシュウ。お疲れ様」
危険を顧みずこの子を助けてくれた事にお礼を言い、頭を撫でる。この後待っている後始末や、約束したハンバーグ作りの段取りを頭の中で組み立てながら、先ずはとベトベトしている少年を抱えてお風呂に走る。
抱き上げた時も思ったけど、この子軽いなぁ
何歳くらいなんだろ?
あぁ、シュウの回復力でも右腕の再生はダメだったか・・・
いや、毒が消えただけでも良かったよな。あのままじゃ確実に死んでた訳だし
この子、家族とかいるのかな?あの亡くなった人たちが家族だったのかな?後で、埋葬でもしてあげようかな・・・いや、俺直視出来るか??
グルグルと考えながら、黙々と手を動かし少年を綺麗にしていく。その間少年は起きる気配もなく身動き一つしない。少年は痩せこけていて、所々擦り傷や切り傷打撲傷まである痛々しい体をしていた。垢だらけの体を優しく泡で流していけば、肌は病的なまでに白い。淡い青緑色の髪と相まって儚げな印象を受ける。
拭きあげ、服を着せて布団に寝かせても微塵も動かない少年はそのままにし、亘はベトベトヌルヌルしている部屋の掃除と夕飯作りに取りかかる。シュウを背中にくっつけたまま。
《???目線》
どこからか漂ってくる食欲をそそる匂い。
自分を包む温かく柔らかい布。
ゆっくりと目を開けると、板張りの天井と天井近くに飾ってある年老いた数人の男女の肖像画が見える。その横に飾ってある鼻の長い赤い顔と目が合った。顔を横に向ければ、豪華な造りをした煌びやかな存在感のある箱。目に映る全ての物が初めてで脳の処理が追いつかない。
ここ・・・どこだろ?
俺、やっぱ死んだのかな?
起き上がり、ぼんやりと自分の置かれている状況を考える。知らない場所でいつの間にか綺麗になっている体と肌触りのよい清潔な服。
微塵も検討がつかない。
そんな事を考えていると、人の声が聞こえるのに気が付いた。そっと、近くの引き戸を少し開け向こう側を覗き見る。そこには黒髪の青年が耳に何かをあてて一人でブツブツ話していた。
「うん?いや、だから俺じゃないって。・・・そうそう。うんうん。うん?・・・何歳だろ5、6歳くらいかな?すごいぐったりしててさ。シュウは今ハンバーグ食べてるよ。同じのでいいかな?ダメなの?おかゆかぁ・・・え?梅干しなんてあったの?どこどこ??シュウー、そこ見て!食器棚の横!・・・あった!!ありがとね、ばぁちゃん!また電話するわ。うん、そっちも体に気を付けて、じゃあね。・・・梅干しあの子食べれるかな?」
「スッパイ!スッパイ!!ナニコレ!?」
「あはははは!お前顔すごい事なってる!これ、梅干しっていってさ、体にすごくいいんだ。ちょっと俺、おかゆ作ってくるからあの子みてきて・・・って、起きたんだね。体大丈夫?」
青年の目が自分を捉え、優しそうに話しかけてくれたがそれどころではない。なぜなら、青年の横にいる物が明らかに人ではない悍ましい姿をしている化け物だったからだ。
「あっ・・・あ、うっ・・・」
恐怖で声が出ない。その様子に心配そうに近づいてくる青年と後ずさる少年。
「え??どうしたの??大丈夫?」
大丈夫!?アンタが大丈夫か!??横に化け物いるのに、なんでそんな平然としてられるんだよ!??
頭おかしいんじゃないの!?
こいつも人の姿してるけど・・・化け物とか?
やっぱり俺を食べる気で・・・
その時、二人の様子を見ていた化け物が一瞬で自分の目の前に移動してきた。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!?」
「こらこら!驚かせたらダメだろ。病み上がりなんだぞ。君、まだ体辛かったら寝てていいよ。それともお腹空いた?ご飯食べる?」
ご飯!?俺の事か!??
「・・・カアサマ、ハンバーグニチーズ、ツイテナカッタ」
「お前がフライングで食うからだろ!ちょっと待っといて。2個目焼くから」
母様!?え?男だよな??
この化け物があの『森の主』だよな??『この世の物とは思えない程の醜悪な悪魔』って言ってたし
ここはこいつらの根城ってわけか・・・逃げられるかな・・・いや、逃げる場所なんて俺にはないか・・・
本当、糞みたいな人生だったな
少年は産まれた時から右腕がなかった為、働き手として役に立たないと、産まれて早々に教会に捨てられてしまった。その教会は表向きは奉仕活動や恵まれない人々への就職先斡旋・孤児院を担っていたが、実はその裏で人身売買業を運営している。危険な密輸や小児しか愛せないような変態貴族等、表だって人を募集出来ないような特殊な場所に、教会へ救いを求めて来た人々を売りさばくのだ。人の変動が激しい教会を不審に思っても、『隣国への就職が決まった』『里親が決まった』と言えば納得していく。むしろ、懇親的な教会の働きに好感度が上がっていく。国の中枢部とは出国手続き等を見逃してもらう変わりに、多額の献金を納めお互いにとって良い関係を築いている。元手ゼロの上、人材は常に集まる。教会上層部は人身売買で設けた金で贅沢三昧の日々を送っていた。
そんな教会で、少年は10年生きてきた。片腕がない事で買い手が無く劣悪な環境の中耐え忍んできた。
少年の世界は教会だけだった。教会に連れてこられた子供たちは全員トイレも風呂もない狭い部屋一緒に押し込められて過ごしている。皆自分の事に必死で、生まれたばかりの赤子にまで気が回らず放置されていたが、不思議と死なずにひっそりとここまで生きてきた。
少年の仕事は、この劣悪な環境に耐えきれず息絶えた人間を教会裏に埋葬する事だった。誰もが嫌がる死体処理を行いながら、いつか自分もここに埋められるのだろうというのが少年が考える漠然とした未来だった。そんな毎日が唐突に終了する日が来た。
中央国に異世界から神子が召喚されたのだ。世界各国から集められた勇者一行に幸運を運ぶ神子が加わり、ついに魔王退治計画が始動する。
それに慌てたのが、最前線の守りを担うこの国の上層部の一部だ。いわずもがな、教会と繋がっている者たちだ。数十年以上、魔族側の暴動がないことをいいことに、堕落した日々を過ごしていた。さらに、本来なら有事が起きた時に備えて要塞や兵士の強化に充てるべき費用まで使い込んでいたのだ。そもそもこの国が鉄壁の守備を誇っていたのはもう数百年前の話で、いまではその守備力も騎士団長一人の力に頼りきっている状況だ。そんな現状を勇者一行が知れば、すぐにでも最高権力の中央国国王に知られ自分たちはすぐに爵位を失い辺境の土地に飛ばされるか下手をすれば処刑されてしまう。
そこで、日々世界の為に尽力しているという証拠を作る為にとりあえずの大森林の魔獣一掃計画だ。魔王治める魔族領に行く為にはこの森を突き抜けなければならない。勇者一行が来る前にある程度魔獣を討伐していれば守備国としての結果も残せるし、勇者一行に対する協力姿勢も評価してもらえるだろうと考えた。1匹でも多く討伐してもらう為に、他依頼とは比べ物にならない程の高額設定と万が一『森の主』討伐成功の暁には爵位を与えるという付加価値までつけハンターたちを炊きつけた。
それに一番に食いついたのが、少年たちを運んでいた男たちだった。
男たちの考える計画は、教会から買った奴隷たちに毒を盛りそれを食った魔獣、そして『森の主』を討伐するという人を人とも思わない残虐な方法だった。そして、それがあの惨劇へと繋がるのだった。
いつか教会内で死ぬかと思っていたら外に出る日が来て
もしかしたらと期待したら、毒を盛られた上に魔獣に襲われ
目が覚めた先には『森の主』がいて
やっぱり俺の人生はここまでだったんだ。
少年がこれまでの短い人生を振り返っていると、先ほどの青年が戻ってきて美味しそうなスープをテーブルに置いた。
「今おかゆ作ってるから、まずはスープでも飲んどきなよ。インスタントで悪いけど」
「・・・・・」
「あっ、毒とか入ってないよ。・・・ほら」
毒入りパンを気にしてか、青年は一口スープを飲んで見せてから少年に渡してきた。匂いに誘われ意を決して一口飲んでみる。
「・・・おいしい」
今まで食べていた冷えた野菜屑スープと全然違う。味もしっかりある
こんなおいしい物初めて食べた
「はい、これおかゆね。熱いから気を付けてね。シュウはチーズハンバーグね」
これも初めて見る食べ物だった。白い粒と赤い実と黄色いトロトロしている物が入っていてすごくおいしそうだ。
森の主は肉の塊を食べている。それもとても美味しそうだ。
「君もハンバーグ食べる?でも、胃に重くないかな・・・」
「ヒトクチ・・・タベル?」
「・・・食べたい」
恐ろしいという気持ちよりも、目の前の食事が美味しそうで、いっそこれで死んだとしても後悔しない気がした。そして、肉の塊は最高に美味しかった
「美味しい!このおかゆも美味しい!こんな美味しいの初めて食べた!」
「そんな急いで食べなくても、おかわりあるから大丈夫だよ」
「「おかわり!!」」
「・・・はいはい。いやーこんな美味しそうに食べてもらえたら俺も嬉しいわ!日に日に上達してる気がする。こりゃ、店持てるかもしれないな」
「カアサマ、セカイデイチバンオイシイ!!」
「まじか、よっしゃー!」
ほのぼのとした会話をする二人に、さっきまでここが自分の死に場所だと思っていたのが可笑しくて、初めて食べた食事が美味しすぎて、自分でもよく分からない感情が沸き上がって涙が込み上げてきた。
「うっうっ・・・す、すみませんすみません。美味しいご飯、ありがとうございました。すみません・・・もぅ、俺死ぬしかないと思ってたから・・・すみません」
「君の体の毒は、この子、シュウが取り除いたからもう大丈夫だよ。安心して。まぁ、さすがに君を飲み込んだ時は度肝を抜いたけどね!あはははっ」
「の、飲み込んだ??」
「シュウは、体内で毒分解も回復薬も作れるからさ、全身に回ってる毒の箇所を食べるのと回復薬を打ち込むのを同時進行で行ったんだってさ。うちの子すごいだろ」
自分の事のようにどや顔で説明する青年と、誉められて嬉しそうにする森の主は本当に仲が良さそうで、その関係が羨ましいと思った。
俺も、俺の事を大事にしてくれる家族が欲しかった
ここまでずっと頑張ってきたけど
最初から最後まで俺は皆にとって役立たずで、お荷物だったみたいだ
それでも、俺も、俺だって・・・
「それでさ、君の腕を元通りにすることは出来なかったけど、毒はもうないし、森の外れまでなら連れていってあげられるけどどうする??」
「・・・あの国に、俺の戻る場所ない。元々捨て子だし・・・」
「そうだったのか・・・」
沈黙する3人、気まずい雰囲気が漂うなか、青年が口を開く
「帰る場所ないなら・・・うちにいる?」