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祥子とパパ  作者: 日崎アユム
第7章 腕の1本や2本

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第1話 夏になったらひいおばあちゃんに会いに行く!

 熱海から帰宅してすぐ、晃はケストナー・小笠原・マルガレーテなる人物に電話をかけた。はじめは出てくれなかったが、見知らぬ電話番号には即応しない、というのはこの特殊詐欺がはびこる時代には正解である。晃は留守番電話にメッセージを残した。


「お久しぶりです、藤牙晃です。このメッセージを聞いたら折り返し電話をください。娘の祥子の件で相談したいことがあります」


 それを吹き込んでから、二、三分であろうか。もしかしたら、留守番電話をリアルタイムで聞いていたのかもしれない。ただちに折り返しの電話がかかってきた。


 祥子は晃とマルガレーテの会話を聞くか聞かないかくらいの微妙な距離感で見守っていた。他人の電話を盗み聞きするのは悪いことだが、テーマは祥子の話である。祥子がマルガレーテに会いに行くための通話なのだ。


 晃は最初こそ緊張していたが、テンションの高い、明るい老婦人の声にすぐ気持ちがほぐれたようである。晃もちょっと明るい声で話し始めた。


「そうなんです、はい、高校生になりまして。もう大きいですよ。糸織さんに比べたら小さいですけど。糸織さんはグレーテに似てたから全体的に女性のわりには大きかったですよ。祥子はいくら食べさせても細くて、心配で」


 祥子は今日に至るまで自分の親戚というものをまったく知らずに育ったのだが、この会話は久しぶりに話す好意的な親戚との会話として不自然ではないと思う。少なくとも、マルガレーテという人物は孫の夫から曾孫の情報を聞きたいと思うほどには情のある人物のようだ。祥子も胸を撫で下ろした。


 晃の声が少し曇る。


「糸織さんが祥子の霊力を封印したのはおぼえてますか? ……そう。それをね、祥子が自分で勝手に解いちゃって。話すと長くなるんで、また今度説明したいと思うんですけど。そうそう。グレーテ、もう一回封印する方法、知りませんか?」


 マルガレーテが少し長く話した。晃は何度か相槌を打った。


 ややあって、晃が祥子に自分のスマホを差し出した。


「グレーテ、祥子と直接話したいって」


 祥子は高揚感を抑えながら晃のスマホを受け取った。


 物心がついて初めて話す、母方の親戚だ。


「こ……こんにちは」


 相手の老婦人が明るい声を出した。


『Hallo! 祥子、わたしがあなたのひいおばあちゃんのマルガレーテよ』


 ドイツ語でも挨拶はハローなんだ、とどきどきしつつ、マルガレーテの声を聞く。


『グレーテと呼んでね。マルガレーテを短くしたニックネームよ。ドイツの親戚も日本の親戚もみんなそう呼ぶから大丈夫』

「グレーテ……」


 日本語が流暢だ。時々母音に違和感があるが、日本人としゃべっているのとほとんど変わらない。


「日本語、お上手ですね」

『ふふふ、もう日本に住んで半世紀以上経つからね。祥子の何倍も日本に詳しいわよ。日本に来た時は絵に描いたような『外人さん』だったからいろいろ言われたけど、こうして通話する分には困らないわ』

「そうですか……ごめんなさい、なんか偏見だったかも」

『いいのよいいのよ、もう十四年も会ってなければわたしのことなんて忘れちゃったわよね』


 マルガレーテが「それで」と促す。


『祥子、今困ってるらしいじゃない。どうしちゃったの?』


 電波越しなのに、祥子はついつい頷いた。


「あの、さっきお父さんが話してたんですけど、わたし、お母さんがせっかくかけてくれた封印を解いちゃって。急に悪霊や魔物が見えるようになって、ちょっと困ってるんです。同級生に悪いものが取りついて、その同級生に、いじめ? みたいなことをされたりとか。その子が悪いわけじゃなくて、悪いもののせいだったんですが」

『あらそう、それは困ったわね』


 相手が近しい親族で、明るくはきはきとした話し方で、何より祥子にとても優しいので、人見知りの祥子もすらすら話すことができた。珍しいことだ。これが血縁のパワーか、と思ったが、もっと近しいはずの瞳とはあんな感じだったので、マルガレーテの人徳であろう。


 なんとなく、死んだ母を思う。祥子が一歳半の時に死んだ母親だ。何の記憶もないけれど、動画で見聞きする糸織とマルガレーテが少し似ている気がする。


「あの、わたし」


 祥子は思い切って自分の考えを述べた。


「全部封印したいとは思っていないんです。自分で自分の身を守れるくらいに……、できればちょっとお父さんの役に立てるくらいに、自分の力をコントロールできるようになりたいんです。でもわたし、ちょっと力が強すぎるみたいで、常に何かが漏れ出ているみたいなんです。これを自分でどうにかできるようになるのが理想なんですけど」


 マルガレーテは一瞬沈黙した。何か変なことを言っただろうかとはらはらした頃になってから、こう言った。


『祥子はいい子ね』


 肯定的な返事だと解釈して、ほっとした。


『つまり、自分の力を自分で強めたり弱めたりしたいということよね?』

「はい」

『わかったわ。方法はないわけじゃないの。でも少し時間をくれないかしら? 祥子の理想に沿った魔法道具を作るわ』

「魔法道具?」

『ふふふ、わたし、魔女なの。魔法使いなのよ。だから任せてちょうだい』


 そんなおとぎ話の世界の話があるのか、と思ったが、自分の父親は退魔師で自分も妖魔が見えるので、いまさらである。信じるしかない。


『そうね、いろいろ準備することがあるから、一ヵ月くらい時間をもらえるかしら。七月になったらうちにおいで。横浜の山手町というところに住んでいるわ。京浜東北線に山手という駅があるから、そこまで来てくれたら迎えに行ってあげる』


 話が具体的になったので、祥子の心はさらにふわりと浮足立った。


「わかりました、行きます! 横浜の、山手ですね。おぼえておきます」

『よろしくね』


 そこまで言うと、彼女は「晃にかわって」と言ってきた。祥子は「はい」と応じながら晃にスマホを差し出した。


「グレーテ、今も横浜に住んでるんですか。おしゃれですね。うちは今亀有です。そうそう、アニメで有名な東京の下町です。ほぼ千葉県です」


 電波の向こう側でマルガレーテが笑った。


「そうですね、七月の頭に祥子の学校の試験が終わった頃に……いや試験勉強に集中させたいんで、最終的には今から祥子に日程を確認して決めますけど……え? 成績はいいですよ。頭は糸織さんに似たんですよね。この子は大学に行かせるんで。まあそれはよくて。……わかりました、祥子を連れて横浜行きます。また日取りが決まったら連絡しますね」


 晃が通話を切った。「ふう」と深く息を吐く。


「よし、七月の期末テストが終わったらグレーテに会いに行こう」


 祥子は「やったー」と伸びをした。


「俺もついていくけど、いい?」

「うん、横浜一人で行くの怖いし、ついてきてよ」

「俺も横浜って何年ぶりだろ、って感じだけど……まあ大昔は妖魔退治で出張したこともあるからおぼえていると信じて。横浜駅が進化していないことを祈る」

「横浜駅って日本のサグラダファミリアってほんとう?」

「うーん、お父さんバカだから桜田ファミリアっていうのがどこの国の何なのかわからないんだけど、永遠に完成しない建物なんだというのは察した」


 そんなわけで、祥子と晃は祥子の学校スケジュールを擦り合わせて横浜行きの日程を決めた。決行は七月の上旬の平日、祥子の期末試験最終日である。午前中にテストを受けて、午後東京駅で待ち合わせてそのまま電車に乗る予定だ。横浜なら日帰りできるから問題はない。何より、晃が「高校生になったのを実感してもらうために制服姿を見てほしいなあ」と呟いたので、祥子は素直にそれに従うことにした。







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