第12話 「再会」
綺麗に青みがかった銀髪を後ろで纏めた少女に、手を引かれる。
先程注目を浴びてから、周りの視線は未だこちらを向いている。
「なんで目立つ事をしたのよ」
馬を学校の小屋に預けた後、レインは小声で不満を垂らした。
「ジロックに会ったら興奮しちゃって……」
「見られてるじゃないの、恥ずかしい」
目を少し伏せ、頬を赤く染めた彼女と足早に進む。
「いや、レインの所為だと思うけど」
「何でよ、大勢の中でライくんが首席候補と話すからでしょ」
「それはそうなんだけど、今は多分、皆レインを見てる」
可愛くて、と具体的に言った。
目を見開いた彼女は、少しして言葉の意味が分かったのか、オレの手を離して視線を彷徨わせる。
受験者も教員も生徒も、彼女に釘付けだった。オレへ妬みの視線を向けられる程に。
「一旦、人のいない場所へ行こう」
そう提案して、端にあるベンチへ腰を下ろした。
「ライくんは、ここで待っててちょうだい」
「もうレインを困らせないよ」
「君は何かと面倒起こすでしょ。念のため、私一人で夕ご飯を買ってくるわ」
怒らせちゃったかと、独り言と共に頭を掻いた。
レインの背中が人混みに消えた直後、後方から異様な気配を感じる。
明らかにオレとの接触を目論んでいる。
それは、的中していた。
「よお、やはり居たか」
「お前は……ヨミ」
オレは、震えながら立ち上がった。
ホルンに対して悪辣な企みを図った彼を、まだ一度も許してはいない。最後に会ったのは、一年前。レインと飲食店に入った時、ヨミは女性を口説いていた。
もう関わりのない人物だと思っていたのに。
「お前如きが筆記試験で二位を取るとか、生意気じゃねえか」
忌避する存在に対して、体は正直だった。胸が高鳴り、怒りの衝動が顔に出る。
「お前は?」
「四位さ、これでも頑張ったんだぜ?」
肩をすくめた彼は、不敵な笑みを浮かべている。
確かに、あれから随分実力を増したようだ。
認めたくないが、オレよりも……。
「あの娘、可愛いな。貰っても――」
遠くを眺める目線、こいつ。
「人を所有物ように扱うな。レインは、オレの物でもないし、お前の物にもならねえよ」
つまんねえな、冗談じゃねえか、と愛想笑いの下で返答してくる。
「俺は、強くなったぜ。ガッカリさせんなよ」
嘲笑を横顔に映し、己から離れていく。
入れ替わるようにレインが来た事を気付かない程度には、奴に思考を削がれていた。
あいつとは、必ず戦わなければならない。
負けるものか。
辺りを薄くする霧を前に、受験者約千名は、橋を渡った場所に佇んでいた。
松明を灯される早朝、第二次試験が今日から始まる。
湖の外で待機するようにと昨日命じられた受験者は、緊張と不安を漂わせながら、ただその時を待っていた。
二人の大人が予め設置されていた檀上に上がる。
一人は師匠と同年代近く、一人は三十代の男だった。
「今から、イスタルク天術学校第二次試験『模擬任務』について説明する」
三十代の男は、一歩前に出て、張りのある声で話し始める。
檀上の下には、光翼団団員や先輩の姿がちらほら。勿論、レインもその中に居り、今回はオレの護衛という目的もあるが、本来はアザー部隊へのスカウトとして赴いてる。
「その前に、私の名前はラギリ・カザンウ。今回の試験監督を務める事になった。よろしく頼む」
視線を巡らした後、彼は説明に戻った。
「まず君らには、三日間指定されたエリア内で過ごしてもらう事となる。先程、五つの宝石と任務が書かれた紙、エリアを示した――……」
簡潔にまとめよう。
試験内容は、この通りだ。
第二次実技試験「模擬任務」
・試験前に、五つの宝石、任務が書かれた紙、エリアを示した地図が配布される。
・受験者はエリア内を自由に行き来が可能、宝石は自身の真然術に沿った色を渡される事になる。例えば、火式なら赤、風式なら白など。
・宝石一つが10点の価値を持ち、自身が不利な真然術の宝石は二倍の価値を持つ。
・宝石を集める主な方法は、エリア内に隠された宝石を探すか、受験者から奪い取るかの二つ。例外は存在する。
・最終的に所持した点数が第二次試験の点数となる。
・第一次試験と第二次試験を合わせた点数によって合否が決まる。
・一日目の日の出を境に試験の始めとし、三日目の日の入りを試験終了の合図と致す。
・ただし、試験終了までに学校の門を潜る事、任務を遂行する事を合格の条件とする。
・三日目の日の出に橋と学校が開放される。
・エリア内には戦闘が禁止となる模擬の村がある。
・村には売店があるため、宝石を使って武器や食料の売買が可能。
・エリア外への踏み入り、受験者の殺害、村での戦闘と盗みはルール違反となり、即失格となる。
概要を理解して最初に思った事、それは『勝てる』だった。
オレがあまりにも本領発揮できる試験だと感じる。成長したオレの実力を余すことなく、試験にぶつける事が出来るだろう。
周囲を見渡すと、様々な恰好をした受験者が立ち尽くす。一応ボディチェックを受けるのだが、意外にも寛容だと周りを見て思う。実際、ネックレスの『声鳴』は禁止でも、白き外套は羽織ってられるのだから。
これだけは、手放したくない。
彼女達の意志を繋ぐためにも。
説明は終わり、いつの間にか校長に話が変わっていた。
一線から退いた彼には、穏やかさが住み着く。だが、奥底にまだ眠る闘志を感じた。
「校長のエディオーク・フリーナイトです。我が師と共に夢であった天術学校を開校して二十九年。毎年三百人近くの生徒が光翼団団員になり、毎年四百人近くの団員が命を落としています。貴方達が光翼団に所属して活躍できる道は、そこすぐだ。死に震えてもいい、人を守りたいと思う事が大事です。受かりなさい、そして人のため戦いなさい。以上」
引き攣っていても笑う皆。試験を前にして、現実味が増したみたいだ。
これでいい、こうでないと。
心が燃え上がり、己の士気は向上した。
ようやく自分の力を試す時が来たんだ。
話が一段落した時、隙を見て地面に手を付けた。
「【風式】」
そよ風程度を受験者の足元に行き渡らせる。
ああ、分かった。
オレよりもTRが高い者は、四人。
ジロック、ヨミの二人は確定だ。
だが、もう二人は人混みに隠れて顔が分からない。
まあ、いい。
いずれ分かる。
オレの風式は、対象のTRを測る事が出来るのだから。
遡ること一年半前。
その日は、ホルンが珍しく拒否した事で、カルガと二人で修行に勤しんでいた。
そんな機会を好機だと思ったオレは、カルガの真実に触れようとする。
「カルガって本当は強いんだろ?」
一呼吸の間が空いたのち、彼は一瞥した。
瞬きを幾度も見せるカルガには、動揺が見て取れる。
そして、ふと笑って理由を訊いてきた。
「なぜわかった?」
「何となく……ただ、カルガに風式を当てた瞬間、強さが分かった気がしたんだ」
「そうか、こんな僕を軽蔑するか?」
俯くカルガの心境は、とても普通ではなかったと思う。何も言わなかったが、実力を隠す経緯には必ず辛い過去があったはずだ。無粋にそんな場所へ立ち入り出来る訳ない。
「しないさ、だって結局カルガは人を守るだろ。見捨てるような奴じゃない」
結局の所、オレはカルガを信じていた。
そして、結果そうなる。
「僕は、死に怖がる弱者なんだよ」
「カルガを強い人なんて思った事ないよ。いつも迷いがあって、思い詰めていて、それで正しい判断が出来る人だと思ってる」
相好を崩す彼は、浄化された清々しい顔を見せてくれた。
それが何よりも嬉しかった。
「ライは必ず僕よりも強くなる。強き心を持った人だからな。そういう人は、誰かの役に立たなければならない。だから、時が満ちたら置いて行ってくれ」
「約束は……」
「自分でも分かるんだよ。僕はいつか道を間違えるって。過ちを犯してしまうって。死が怖いから戦わないなんて普通おかしいんだ。僕には力があるんだから。それも、分かってる。でも、戦えないんだよ。目の前で死ぬ人を見たくない……」
これが彼の本音。震える声から、過去に畏怖する姿が映し出された。
「誰も僕が歩む道の後ろを進んではいけないんだ」
顔を上げたカルガには、夕陽の光が照らされる。
「――だから置いて行け」
懇願にも似た彼の命令が、頭に突き刺さる。
今も離れない言葉。
これで良いのかと、そう思いつつも言葉を返す。
「うん、先に行くよ。カルガのために」
オレが彼の先に進めばいい。
カルガを守るために、カルガが戦わなくて良くなるために。
間違えないように、先導すればいいんだ。
そうあの時、決心した。
でも、願いは叶わなかった。
まず、知るべきだったんだ。
非力な自分に、振り向いてくれる理想なんてものは存在しないって。
拳を握る。
シルの人全てを背負うと決めたオレには、今日ここで首席を取らないといけない。
「それでは、各自移動を開始しろ。日の出と共に鳴らされる鐘が試験開始の合図だ。それまでは戦闘や村への入りを禁止する」
ラギリ試験監督の声が響き渡った。
走る者。歩く者。立ち止まる者。各々が戦略と知恵を絞って試験に臨む。
オレは、ひとまず送られてくる視線に応えた。
首席候補ジロック。受験者の中では抜きに出た強さを誇る人物、TR三十八。
二位はおそらくTR二十五であるから、十二の差が生じている。数字が高くなればなるほど、上げるのに難儀を要するTR。だからこそ、二位と十二差を開けたジロックが今年の首席候補だと言われている。
TR十八のオレからすれば、勝ち目などないに等しい、
――訳がない。
空を仰ぐ。
ホルン、カルガ。ようやくここまで来たぞ。
見ていてくれ、オレの勇姿を。
そうして、オレは足を進めた。
試験の進行を何の問題もなく進めた教員たちは、安堵で一息をついていた。
あとは、日の出と共に鳴らす鐘をもって試験が始まる。仕事がないも同然。休憩する者やスカウトに来た光翼団団員と話す者が多かった。
エディオーク校長とラギリ試験監督もその中に含まれる。
「やはり、サルビア団長の息子ジロック・ビテンが一位を取られると思われますか?」
「可能性は高いでしょう。ただ、今回も粒ぞろいだ。必ず波乱は巻き起こります」
「カルガが生きていれば、予想など容易かったでしょうね」
「ラギリ」
軽く叱責を食らったラギリは、すぐに頭を下げて謝罪した。
「あ、すみません」
「しかし、それは正しい。もし公平新聞に書かれていた強さが正しいのなら、どんな事があろうと彼が首席を取っていたでしょう。本当に惜しいものだ」
「受験者の中に、シルの生き残りがいるらしいですね」
当時、話題はシルで持ち切りだった。今、皆の記憶が薄くなったとはいえ、シルの生き残りが居たという事は誰もが知っている。
「ええ、彼には全てを背負おうとする覚悟が見られました。あれは強い。正直、玉座に座るのは彼だと考えています」
「贔屓はよして下さいね」
「分かっています、ただ、我が師と面影を重ねてしまっただけです……」
目を眇めた校長が、過去に浸る。
そんな時に、付近で二人の少女が煽り合う姿を目撃してしまう。
嘆息を零す校長は、まったく、と呟いた。
「久しぶり、メディオーサ」
「久しぶり、去年首席合格のレインさん」
「あなた、ワザと負けたわよね?」
それは、去年の二次試験を指し示していた。
メディオーサがレインと対峙した時にわざと負けを演出したと、そう言っている。
「そんな事ないけど」
そっぽを向いて否定するメディオーサがなおさら怪しかった。
「じゃあなんで最後に手を抜いたわけ?」
「本気で戦ってたって」
「嘘をおっしゃい」
大きなため息をついた彼女は、レインを一瞥して歩き出す。
「ただ学校に行きたかっただけ。まあそれも今嫌になってるけど……」
「そう、なら文句は言わないわ。ただ、今度どちらが強いか白黒付けましょ」
「めんど、まあいいけど」
「というか、あなた何故ここにいるのかしら。生徒は学校内で待機でしょ?」
レインは、首を傾げた。団員である私はともかく生徒がここに居て良いはずがない。
生徒だったら。
その瞬間、レインは最悪を想像する。
まさか。
「それはね、私が試験に参加するからなんだよ」
口の端を吊り上げたメディオーサ。その奥から光が現れた。日の出に合わせて彼女は、ここから離れる。
最低でも私と互角の彼女が試験に参加。
これが何を意味するか。
それは、辛うじて保っていた均衡の崩れ。ジロックという一強の上にメディオーサが君臨した今、試験は必ず荒れる。
いわゆるゲームバランスの崩壊。
「これより、第二次試験を始める」
鐘がなる。
音は反響した。
「先に謝っておくね。今回は手加減しないから」
粛然と言い放ったその言葉に嘘が含まれてあると、レインは願うばかりだった。
鐘の音が耳に届く。
「始まったか」
オレは今、森の中をひたすらに歩いていた。
目線を落とし地図を確認する。
あまり受験者と遭遇しない、それでいて安全な場所であろう北端の村を目標に進んでいる。
受験者に会うのは、こちらから望む時だけでいい。
不慮の出来事は、なるべく避けたかった。
視線を左右に振る。
樹木が無数にあるこの地帯は、非常に隠れやすい場所だ。隠れやすいは、人も該当するが宝石もまた該当する。エリア内に隠された宝石があるだろうと期待してこの道を選んだのだが、今の所見つかる素振りもない。
しかし、一つの物が目に留まる。樹木の根に挟まるあれは、完全に宝箱だった。
だが、同時に頭が違和感を感じ取った。
そういう事か……。
オレは宝箱に歩みを寄せる。
鍵穴はなく、そのまま開ける事が出来た。
中は空、その代わりなるモノが後方から放たれる。
「ヒャハッ!」
オレは視線を寄越さず、風式で消し飛ばした。
水式を。
「罠なんて卑怯じゃないか」
「ちっ、防いだだと⁉」
振り向くと、服を濡らす男が一人居た。
だが、オレの感じる気配は三人。
「隠れてないで出て来いよ」
木陰に隠れていた二人は、懐疑的な眼差しを向けつつ、ゆっくりと姿を現す。
「なぜ分かった?」
「勘だよ」
「ほう、非常に興味深い。ここで失格するのは惜しい人物だ」
黒づくめの三者は、最初から組んでいたという事で良さそうだな。連携も巧みに取ってくるだろう。
「「「【巡鎧纏】」」」
彼らの本気がオレを襲う。
まず二人が自身に接近、白兵戦へと持ち込んでくる。往なしつつ反撃を仕掛けるも、後方からの土式よって防がれた。
己の拳が土と衝突した時、左に位置づけた敵が水式を放った。
上半身を反って避けた後、真正面から自身の腹を狙った拳が視界に映る。
三人が役割を全うしたからこその一発。
オレは体勢をすぐに戻し、掌で受け止めた。
「なに⁉」
「これがオレの辿り着いた防御、そして今から見せるはオレの天術無しの実力」
最初に、掴んだ一人を後方の敵に当たるよう蹴り飛ばす。横の一人を倒すために、一対一の状況を強制的に作り上げた。
狼狽する彼に肉薄、鳩尾を殴る。
樹木に衝突する音を聞きながら、後ろに振り向き、飛ぶ土式を顔だけで避けた。
頭で敵の位置を再度把握、隠れるように木から木へと移動し、天術の射線を消す。
立ち尽くす敵に跳び蹴りを食らわせ、残ったのは後方特化の受験者だけ。
「なんて強さなんだ……」
動揺する奴は、そう口にはしたが、仲間の敵討ちのためもう一度戦闘を望んだ。
「うおぉぉぉ‼」
雄叫びと共に殴り掛かってきた彼を、首に手刀を打ち気絶させた。
嘆息を零して、景色を見定める。
しかし、何も入ってこなかった。
『勝利』の二文字、それが飛び跳ねたくなる程に嬉しかったからだ。
格上との対戦が多かったオレは、単純に勝利という体験をしてこなかった。
少しだけ滲む視界に、こんな事でと自分でも思いながら、袋に入った宝石を三人から奪い取っていく。
これで今の宝石の数は、白が十個、青が七個、茶が五個の合計二十二個となった。これを見る限りでは宝箱には、青の宝石が二つ入っていたみたいだ。
赤の火式がないため、点数は220点。
幸先の良いスタートを切れた。
喜々する気持ちを噛み締め、歩みを再開した。
刹那、気配を感じ取る。
普通ならば無視したのだが、風式で測ったTRは二十四。あの場で判明できなかった格上の一人だった。
一度、見ておきたい。
そんな好奇心と戦略的思考の下、接近を試みた。
「いた」
悠然と歩く女性を発見。
だが、顔がはっきり見えない。
慎重に距離を詰めていく。
真然術は風式だと分かっている。
茶色の髪。
肩にかからない程度で揃えられた髪型。
可憐な容姿。
ちょっと待て……。
見覚えがある。というか、知っている。
あの子は、
「ホルン……⁉」
鼓動が高鳴る。
それは運命に抗う――、
再会。