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Mission.6 補給任務


 中央区を囲む外輪山は、東西南北にそれぞれ際だって高い山を有している。その標高は3000m以上で、中腹より上は絶壁に乱気流、濃霧・吹雪等の困難が行く手を阻んでいる。β時代にもそれなりの数のプレイヤーが調査を試みたが、全て失敗に終わっている。

 どうやらイベントが発生しないと突破できない区域らしいのだが、一つ分かっていることは、その上から“災禍”が舞い降りるということである。


 中央区の東西南北に一つずつ、大規模な基地が存在している。ここが外的から都市を守るための最前線だ。災禍の巣くう山を監視し、不定期に襲来する敵を迎撃するのがその役割である。中央軍が常にADAを1000機以上を配備し警戒に当たっている。

 正式版開始から一か月、4つの基地では最初の迎撃戦が行われていた。




 急な崖に両側を鋏まれた渓谷で、轟音と爆音と怒声が響いている。


『こちら27小隊、第18波は潰したがさらに敵増援を確認。弾薬の補給を頼む!』

『それはできない。遊撃タイプに補給部隊が攻撃されている。』

『なんだと! このままじゃ持たないぞ!』

『迎撃しつつ、一つ後方の陣地まで後退してくれ。突出しすぎだ。』

『ちっ、了解した!』


 通信を行っていた人物は、通信を終えると同時に周囲に指示を出し、後退の準備を始める。銃撃を継続しつつ機体が安定姿勢に移行し、両肩に背部から箱がせり上がってくる。


『よし、合わせろ! 着弾と同時に後退するぞ!』 

『応!』


 両脇を固めていた機体も、それぞれが武器を構えて迫り来る群れに照準を合わせる。ここは敵地上部隊の侵攻ルートの一つであり、それほど幅があるわけではないため少数でも侵攻を抑えやすい場所だ。


『ファイア!』


 合図と同時に、虎の子のLRM6発が射出される。両脇の機体からも遠距離に攻撃可能な武器で、敵の先頭に攻撃が加えられる。

 数秒後、狙い違わずLRMが炸裂し、敵集団が爆炎に包まれる。


『よし、ありったけばらまいて後退だ!』

『くそ、俺たちがフロントホルダーだってのに!』

『言うな! デスペナ喰らうよりましだろ!』


 悪あがきはせず、彼らは悪態をつきながらも躊躇せず後退していく。どんなに頑張ったところで、弾薬が無ければ戦闘を継続できないのだ。希に白兵武器で無双する猛者も居るが、最終的には武器の耐久が上限となるため限界はある。

 彼らも威勢は良いが、残り弾薬は僅かである。ミサイル、グレネードの類は今使い果たし、残りは手持ち武器の残弾数マガジンというところでしかない。


 3機が後退し、さらに後ろで支援していた狙撃型機体と合流を果たす。そしてそのまま一目散に後方の陣地まで駆けていく。


 戦場となっている広大な区域の各所では、同様の光景が多数散見された。



 今前線にある大半の陣地で、補給の弾薬が足りないという現象が起きている。

 理由はいくつか存在するが、軍の傭兵部隊としてプレイヤーが多数参加していることにより、純粋に補給能力が追いついていないこと。またプレイヤー側も初めての長期戦であり、感覚が掴めておらず弾薬を節約出来ていなかったこと。そして軍の補給部隊が襲撃を受けていることが主な理由である。

 基本的にプレイヤーの大半は戦闘偏重であるからして、軍の補給を手伝うより戦闘がしたい者がほとんどである。したがって補給部隊の護衛が少なくこの結果になったわけだ。今後は改善されていくだろうが、今は目の前の戦闘をどう乗り切るかが問題だった。




「ちわー、蟹の宅配便でーす。」


 物資の不足から戦線が押されている中、暢気な挨拶をしている者もいる。


「来た! メイン補給来た!」

「これで一息付ける!」


 がしゃこん、とハーライトが下ろしたコンテナに、数機のADAが群がって来る。彼らは砲撃メインの機体で完全に弾切れになっており、やることがない状態だ。


「喜んでるところ悪いが、半分はタレ用の弾だぞ。」

「それで十分だ、あっちも弾切れだからな。」

「マジか。・・・・・・後は注文のあったMRSが汎用型20セット、規格は違うが標準タイプなら使用は可能だ。グレネードが汎用型同じく20セット。残りの隙間に応急修理キットもいくつか詰め込んできたが、必要か?」

「使わせてもらう。・・・・・・と、タレ組はさっさと弾持ってけ! デカブツが来る前に準備を終えてくれ!」

「了解!」


 2機の長距離射撃に長けた機体が、素早く弾を運んでいく。その先は陣地の中に設置された迎撃兵器、ガン・ターレットだ。今は弾が切れて沈黙しているが、その威力は大型機獣も一撃という代物である。

 残りの弾薬も瞬く間の内に配分され、補給された機体達が意気揚々と前線に戻っていく。


「それじゃあもう行かせて貰うよ。」

「ああ、本当に助かった。そっちも結構被弾しているが、そんな装甲で大丈夫か?」

「大丈夫だ、問題ない。・・・・・・おっと、少しだけ推進剤の補給を頼む。敵を振り切るのに大分消費してしまった。」

「分かった。推進剤の備蓄はまだ大分あるから大丈夫だ。」

 

 補給を終えると、手早くロッククラブは陣地のある高台から崖を滑り降りていき、そのまま山陰に消えていく。

 


 コンテナを置いて身軽になった機体は軽快に悪路を進んでいく。

 とはいえ、既にイベントが開始して3時間を過ぎ、機体の稼働率が低下しているのがハーライトにも体感で分かる。万全の状態に比べて反応が鈍く、推進器の加速・効率も悪い。


「ここらでメンテか、難しいイベントだよ、まったく。」


 長時間に渡る防衛戦は、時間が経つにつれて戦況が悪化している。序盤こそ盛大に撃退していたものの、戦闘を繰り返すことで武器・機体の損傷、弾薬の不足などの事態が発生している。

 プレイヤーのほとんどが最初からスコアを稼ぎにいったが、現在その大半は戦闘に参加出来ない状態だ。稼働率が低下して故障を起こし大破するか、メンテナンス中かのどちらかだ。今前線を支えているのは当初の半分以下の数だ。そしてその半分はNPCの部隊だという体たらく。

 そしてイベントはまだ続いている。司令部から敵の撤退が通達されるまでは終わらない。


 倒せば終了というボスモンスターが居る訳でもない。運営も面倒臭い内容にするものだ、という会話があちこちで為されている。敵のルーチンも奮っていて、一部の戦線では突出した部隊相手に釣り野伏を仕掛けてきたらしい。その部隊はサーバー最強とも噂されていたが、勿論壊滅した。


「戦いは数だよ・・・・・・ってね。」


 数と数のぶつかり合いにおいて、数人の働きが戦局を変えるなど、非現実的な話だ。あるいは敵にも指揮系統があって、その個体を優先的に潰していけば有利に働くのかもしれない。だが初回でそれを分析している余裕は、無い。


「・・・・・・!?」


 レーダーに赤い光点が映った瞬間、即座に手近な岩場に機体を寄せる様にして急停止する。同時に格納スペースから偽装ネットを放出し、素早く補助腕を使って機体にネットを被せ終わる。

 ここまで5秒。


 隠蔽技能を発動し、迷彩モードに移行する。この時点で機体の動力も最低限に落とし、感知される可能性を極限まで減らす。


「・・・・・・・・・・・・。」


 無言で表示画面を見つめる。偽装ネットを被ったせいでカメラが塞がれ、周囲のモニターは大半が暗くなっている。

 赤い光点が今隠れている地点に接近する。

 ハーライトは焦りも緊張もしていない。自分とこの機体の隠蔽レベルを信じているからだ。

 光点はそのまま・・・・・・直上を通り過ぎていく。

 画面に今通りすぎた敵の分析結果が表示された。


「ランフォリンクス・・・・・・やり過ごせて幸いだ。」


 このゲームで、基本的に飛行できる機体は現在存在しない。しかし、敵には飛行タイプが多数存在している。ランフォリンクスもその一種で、“輸送部隊殺し”とか“爆撃飛竜”又は“チキン蝙蝠”などという愛称で怨嗟の声を浴び続けている。

 総じて“災禍”分類のエネミーは強いが、現在判明している中でもこれは特に凶悪である。基本的に降りてこないで、上空から生体誘導弾をばらまくことが主戦術である。速度はそれほど速いわけではないが、その分装甲が厚くなっており、少々当てたところでは落ちてこない。対処法としては、一番楽なのがLRMを纏めてばらまくことで、二番目が狙撃銃等で頭部、もしくは弱点らしい尾にダメージを与えて打ち落とすことである。


「あれは相性が悪過ぎる。このままこそこそと移動するか。」


 遠距離攻撃手段を持たないロッククラブでは一方的に嬲られるだけである。


 ゆっくりと移動を再開する。

 驚くべき事に、これだけ大きな金属の塊が山間を動いているというのに音が響かない。耐久性を犠牲に消音装甲というオプションを付けており、歩行・走行モードであれば音量は半分以下に抑えられている。




 隠密性を重視したため、予定を少々オーバーしたもののハーライトは無事基地に帰投する。途中ランフォリンクスに襲われている部隊も見かけたが、そこは無駄な加勢をせずにそのまま避けてきた。ゲームであろうと現実は非常である。


 NPCに整備を任せ、精神的に疲れた身体をソファに預けた。


「・・・・・・だるい。」


 ぐったりと身体を弛緩させながら、ラウンジの一面に設置されている大型モニターに視線を巡らす。ラウンジにいるプレイターの大半はモニター付近に集まっており、表示される戦況を見ながら騒いでいる。

 ハーライトの見たところ、押され気味である。元々防衛戦であるため、基本的には押される事になるが、最前線の防御陣地は全て失陥し、途中の砦も既に半数が陥落している。これを押されていないなどとは言えないだろう。


「・・・・・・おそらくは砦が全滅するか、時間切れ終了か、だな。」


 見ている内にまた一つ、砦が落ちた情報が表示される。この分だと、メンテナンスを終えても補給しに行く場所があるかどうか怪しい。


 ハーライトは少し考えて結論を出す。


「よし、寝よう。」


 これ以上自分がやれることは少ないと判断し、目を閉じる。情勢が変われば出撃する機会もあるだろうから、まだログアウトはしない。

 実際、有志の研究により隠しパラメータとして「疲労」が設定されていることが判明している。長時間行動し続けていると減少するらしいが、具体的な影響はまだ数値化されていない。様々な行動の成功率に影響があることは確認されている。



 休憩することおよそ30分、モニターの方で大きな騒ぎが発生すると同時に、基地内にアナウンスが流れた。


『総員、これより撤退戦に移行する。前線は放棄し最終防衛線まで後退せよ。』


 起き上がってモニターを見ると、【撤退命令】の赤文字が点滅しており、休憩前と比べてもさらに押し込まれている戦線が見て取れた。


「・・・・・・ま、仕方ないね。」


 特に感慨もなく呟く。

 ハーライトとしてはやれることをやっているので、後は他の味方次第でしかないのだ。勿論自分が戦闘タイプのキャラにしていたらと思わないこともないが、それで後悔するようならそもそも運び屋などやってはいない。


 どうやら撤退終了がイベントの終了のようで、一気に慌ただしくなっている。外を眺めようかと腰を浮かせた所で、本人にしか聞こえない鈴の様な音が鳴った。


「・・・・・・お?」


 思わず動きを止めて、眉間に皺を寄せながらメニューを開く。

 項目の一番下にある、【外部リンク】の欄が点滅している。これは筐体に接続している端末に、外部から着信があったことを知らせるものだ。


「んー、どうするかな。」


 筐体に接続しているのは私用の端末であり、仕事用とは別に使っている物だ。そのため、連絡してくる相手先は限られている。しかし長時間拘束される状態なので、念のため仕事用端末からも特定の相手が転送されてくるようにしてあるのだ。


 悩んだのも僅かな間で、すぐにログアウトの手順を踏む。イベントでやることも既に無いため、こういうときはリアル優先である。

 安全な基地内であるため、切断処理はすぐに終了し、目の前が暗くなった。




 LEDの明かりで照らされた筐体内で目を開ける。

 身体は起こさず、音声で筐体を解放し、蓋が開いている間に片手を動かして端末を手に取った。

端末を見れば、予想通り会社からの、正確には課長からの連絡だったようだ。何事かは知らないが、私に連絡してくる辺りよほどの急ぎのはずだ。

 面倒な気配を感じながら、裕一郎は磯部に連絡した。


「もしもし、笹谷ですが・・・・・・。」







「・・・・・・よし。」


 久しぶりに締めたネクタイを整え、裕一郎は鑑の前を離れた。

 生活は不健康だが食生活的には気を付けているため、スーツも問題なく着られる。まあ一般的な若手サラリーマンの姿だろう。


 予想よりも遙かに早かったが、出勤の再開である。


 当然、これまでの様にゲーム三昧の日々は過ごせない。時間的には捻り出せないこともないが、睡眠不足で仕事に悪影響を出すわけにはいかない。仕事よりゲームに比重を傾けるなど論外である。

 勿論、非常に心残りではあるのだが、区切りは悪くない所だったのでどうにか精神的に折り合いを付けた。


 防衛戦は組織的には敗北であったが(全サーバーで敗北だったらしい)、その結果とは別にスコア上位者に対して勲章が出た。その中で彼のキャラは、最優秀支援章を貰っているのだ。

 正直初回でありまだ敵の構成が把握されていなかったこと、参加者が戦闘系に偏り支援型のキャラが極端に少なかったこと、この2つが噛み合っての産物ではある。

 総評として、「兵站は大事」となった。


 しばらく会社の新規プロジェクトに参加することになるため、その間まとまった時間は取れそうにない。辞めるわけではないが、復帰する頃には浦島太郎状態になってしまうだろう。

 仕方ないので、現時点で手に入れていた秘匿情報を色々と掲示板で暴露した。


「生産スレは半ば祭り状態だったな・・・・・・。」


 彼はただ、最近ドリルで掘り進んでいたら見つけてしまった鉱脈を公開しただけである。そこある洞窟内なのだが、砲撃等をすると落盤が起きるという仕様になっており、誰も手を出していなかったのだ。一応ハンマーなどでも掘れるのだが、時間がかかる。

 その鉱脈から採れるレアメタルが、生産に欠かせない代物だったのだ。一応馬鹿高い値段でNPCが時々売っていたため、供給自体はあったものだが、これで安価に安定して供給されると非常に喜ばれてしまった。


 仕事が入らなければ、彼とてまだしばらくは秘匿していたであろうことは暗黙の了解である。


「それじゃ出かけるとするか、こっからはユーザーじゃなくクリエイターとしての時間だ。」


 何事もままならないのが人生だが、それでも裕一郎はそれなりに楽しんでいるのだった。



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