Mission.3 ADA
まずハーライトが向かったのは、「ADAファクトリー」という名称のADA生産・販売施設だ。整然と大規模な工場と倉庫が建ち並び、都市の1区画を1つ占有している。この中央都市で最大の施設であり、司令部が運営している公の施設である。
ADAファクトリーの生産力は、現時点でADA総生産数の4割を占めている。その下に各組織・勢力の関係する生産施設が続き、個人の工房が残りを埋めている。生産種類も最多であるが、司令部運営の施設であるため良い性能の機体は優先して軍に提供される。
「・・・・・・つまり性能の低い量産品がメイン商品だというわけだ。」
ハーライトの呟きは周囲の騒ぎに紛れて直ぐに掻き消える。
ここはファクトリーの内部、商品の展示スペースである。映像などではなく、実際に機体が置かれていて、性能の解説を受けることが出来る。周囲には多くのプレイヤーが性能と値段を眺めながら頭を抱えており、凄い熱気となっている。
βで人気の高かった機体は予想通り軍の主力機体と設定されており、販売台数が限定されていたため、既に売り切れている。もっとも値段も一番安いリンクス系列で250万GCと、ジャガー系列に至っては320万だ。資金に余裕を持ったはずハーライトでも躊躇う値段であり、おいそれと買えるものではない。その他評価としては2番手にくる機体達も安からぬもので、プレイヤー達を悩ませている。
もっとも、本当に悩ましい事実は、それらの機体ですら初期で購入できる量産機だということだろう。ハイグレード品やカスタム品ともなれば、間違いなく金額の桁が増えるのは火を見るより明らかだ。
ハーライトはカタログを呼び出すと改めて目を通した。
(性能の良い物は高く、低い物は安い。見事な比例だが、それだけじゃあ面白くはないから、割の良い機体が欲しければ他の工房を探せということだな。・・・・・・まあ、私には余り関係ないが。)
とりあえず結論を出すと、ハーライトはADAの展示スペースを出て、案内図を確認しながら別の棟へ歩いて行く。目指した場所は・・・・・・「作業用機械展示棟」だ。
「・・・・・・ふふっ。」
入口をくぐる際に抑えきれない笑いがハーライトから漏れる。直ぐに表情を引き締め直すが、展示物を見て再度閉まらない表情に戻ってしまう。
「これこれ、これだよ。ああ・・・・・・素晴らしい。」
その瞳に映るのは、ところ狭しと並んでいる土木機械達である。基本的に現実の重機をベースとしつつも、奇妙なデザインだったり、アームが付いていたりするのは愛嬌というものか。
うっとりとした表情を多少引き締めつつ奥に歩いて行く。先程の展示スペースに比べると静まりかえっているが、他に人がいないわけではない。まあほぼ全員が似たような雰囲気で鑑賞しているあたり、間違いなく同類ばかりだろう。
ここにある機械も当然購入可能である。ADAによるバトルがメインではあるものの、技能として<農業>や<採掘>、<建築・建設>といったものもあり、生産職・技術職をプレイすることは十分に可能だ。展示されている汎用刈り取り機『YOSAKU』や、機動耕運機『NIMOUSAKU』を購入すれば充実した生産ライフを送れるだろう。
しかしハーライトの考えはまた少し違う。
「思ったより種類があって助かるな・・・・・・。」
そこは建物の最奥にある、とある作業用機械のスペースである。
「これが『作業用ADA』か。」
ADAとはその開発目的上戦闘用の機械であるが、兵器を元に非戦闘用の機械が生まれるのもまた世の常である。火器と火器管制システムを搭載せず、搭載AIも非戦闘向け、出力もやや低めだ。索敵能力も低ければ装甲も最低限で、少なくとも機獣以上の敵と戦うのは推奨されない。
だがハーライトは近くにいたエンジニアらしきNPCに話しかけた。
「すまないが、ここにある機体について少し教えて頂けないだろうか。」
「・・・・・・ん、客とは珍しい。」
顔を上げた壮年の男性NPCは、いかにも熟練の技術者という雰囲気を漂わせている。
「お前さん、今度来たっていう新人だな。ここの機体はドンパチするには不向きだ・・・・・・戦いたいならあっちの展示場で機体を買いな。」
男は素っ気なく、先程までハーライトがいた場所の機体を勧めると、すぐに別な方向に歩いて行こうとする。
「待ってくれ、確かに言うことはもっともだが、私が求めているのは戦うための機体じゃない。」
「ほう? 土木工事でもしようってのか? それならあっちの多目的重機にしとけ。安いし操縦も楽だ。」
「だがそれでは本当に土木作業に限定されて、融通が効かないだろう。私が欲しいのは作業用のADAなんだ。」
ハーライトが力説すると、男はため息をついて頭を掻き・・・・・・にやりとした笑みを浮かべた。
「まったく、物好きな野郎だ・・・・・・だが目の付け所は悪くない。戦闘用機体は値上がりが激しいからな、今なら作業用はお買い得だ。流石に駆除・討伐の仕事はお勧めできないが、まず非戦闘系の仕事で金を稼ぐならメンテナンス費用も安いし間違いなく割がいいぞ。」
「その分万が一の自体になったら仕方ないと・・・・・・。」
「まあそういうことだ。」
ハーライトは一旦口を閉じて、並んでいる機体達を眺めた。
「作業用についてはカタログ以上の事は知らないが、お勧めの機種はあるのか?」
「そいつは難しいな。標準型と特殊型分かれるが、標準型は戦闘用機能を全部とっぱらった人型重機だ。多少の差はあるが、操縦性や機能ならどれを選んでも似たようなものだろう。選ぶなら馬力とフレーム、追加で用途に応じたアタッチメントと制御ソフトをインストールすれば、戦闘以外は何でも出来る。戦闘型のフレームとは規格が合わないから注意だな。」
「なるほど、特殊型とは?」
一応ある程度はデータとして識っているが、確認も含めて尋ねる。
「特殊型は・・・・・・特殊としか言えない。用途毎に作られた機体だからな、採掘用、浚渫用、伐採用など色々あるが、それぞれ専用の機能を主に作られている。フレームも専用になるため、標準型よりも割高になるな。その分得意作業における効率は断然良く、消耗も少ない。まあ専用フレームだから耐久力は高めだ。」
ADAは通常5つのフレームと呼ばれるパーツから構成されている。頭部・胴部・腕部・脚部・動力部に分かれていて、それぞれ個別に換装が可能である。修復困難な損傷を受けた部位を手早く交換して出撃することが可能な設定だ。
標準型ADAには共通規格が採用されており、どこの工房で製作されたADAであろうとも、動力規格さえ合わせれば別々のフレームを寄せ集めて機体を構成できる。これがキメラシステムだ。例外はあるが、多数あるフレームを組み合わせて自分に合った機体を構成できるという売りである。その代わりプレイヤーがオリジナルで機体を作製すると言うことは不可能で、ある程度までのカスタマイズするのが限界だ。開発陣曰く、『無制限に作れたら逆に面白みが無い。縛りがあってこそ、対人戦で相手のフレームから性能を推測するという分析も成り立つじゃないか。』ということだ。
最初から求める構成のキメラ機体を購入すればいいと思うかもしれないが、情報の少ないこの時期には難しい話である。キメラシステムはメリットだけでなく、しっかりデメリットも抱えているからだ。繋げるフレームには相性が存在し、純正品のみで組み合わせた機体のエネルギー効率を100とすると、キメラ機体は良くて90、下手をすると50前後まで下がる場合がある。
エネルギー効率は表面的には出てこない数値だが、そのまま機体の稼働時間や稼働率の低下に影響する極めて重要なパラメータだ。相性についてはまだ解析仕切れておらず、今後の報告待ちの部分でもある。なお、整備士などのクラスは、相性を改善するための技能を保持している。
ちなみに一体型とは、フレーム換装の出来ない機体を指す。余計なシステムが無い分エネルギー効率が高く、耐久性・操作性等様々な面で優れている。その代わり部位交換が出来ないため、標準型と比較して修理費用が高く、時間がかかる。公にはエースパイロット向けの機体とされているが、経済的には間違いなく罠と言える。
「分かった・・・・・・とりあえずドリルが付いている機体を頼む。」
「・・・・・・分かった。要望に沿う機体で、今ここで販売可能なのはこの一覧だ。全部向こう側に置いてあるから見てみると良い。」
僅かに間を置いて、妙な反応も無く男はハーライトの要望に応えた。気の利いた返答をAIが出せなかったのかもしれない。
提示された機体は3機。それぞれ重量区分で軽量級、中量級、重量級が1種類ずつである。作業用機体にそれほどバリエーションはないのだろう。
目的の機体が並んでいる場所に移動すると、ハーライトは不気味なほど緩んだ表情で感嘆のため息を付いた。
「美しい・・・・・・まさに機能美。無駄に洗練された無駄のない無駄な螺旋。現実では非効率であってもここならば生きる無駄な機能が私の琴線を揺さぶる・・・・・・。」
「おい、大丈夫かい兄さん。」
男の呼びかけも耳に入らずハーライトはうっとりと機体を眺めている。一応頭の片隅ではどの機体が良いか冷静に分析しているが、傍目にはまったく分からない。
3機並んでいる機体はどれも初期カラーであるカーキ色に塗装されており、それぞれ特色ある外見となっている。
軽量級の機体“クロウラー”は、一番背が低く、脚部は無限軌道となっている。頑丈そうなマニュピレーターと掘削用のドリルが両腕として付いており、鈍い光を放つ。頭部は胴と一体になっていて、首の無いずんぐりとした見た目になっている。掘削用のためか土砂をすくい取るショベルのような物が背面についており、機体自体は大きくないものの独特の重厚感を醸し出している。
中量級の機体“ロッククラブ”は、脚部が多足構造になっており、凹凸の激しい不安定な足場でも転倒しない6本の足が特徴的だ。完全に人型ではなく、構造は蟻に近い。ただ自由に使える腕もあるため、むしろ妖怪の蜘蛛女あたりが全体のフォルムに近いだろう。腕部にはドリルが搭載されているが、明らかにデザインした者の趣味で鋏の内部に格納された構造になっている。
重量級の機体“アースドラゴン”は明らかに異形であるが、ここに並んでいると言うことはADAなのだろう。見た目から言えるのはただ一つ「巨大なドリル」である。トンネルを掘るシールド・マシンにキャタピラとマニュピレーターを付けたと言えば間違いないだろう。現実的には明らかに機能的ではないが、どこまでもドリルを追求した機体デザインは無駄にハーライトの琴線に触れるものがある。
少しして我に返ったハーライトは、カタログと現物を見比べて言葉を発した。
「あー、クロウラーが一般土木作業用、ロッククラブが特殊掘削用、アースドラゴンがトンネル等大規模掘削工事用という解釈でオーケー?」
「大体そんなところだ。付け加えるならアタッチメントの追加で作業の幅は広がる。」
戦闘用に比べれば安価な作業用機体だが、それでも決して安い物ではない。クロウラーで130万、ロッククラブが200万GCだ。アースドラゴンに至っては一気に300万である。流石巨大なドリルは格が違った。
ハーライトはここまできたらもう悩まなかった。
「ロッククラブを頂いていく。」
「毎度。」
「追加オプションを今から付けるのは可能か?」
「オプションか、少し時間がかかって良いなら組み立て前の奴に取り付けて、1割引にしてやろう。」
「もう一声頼む。こいつらは中々売れないと思うがね。」
「無茶を言うな。デカブツの値引きは司令部から制限されていてな、勝手には動かせん。」
「むう・・・・・・。」
ここが別組織や個人の工房であればもう少し交渉はできただろうが、いわば公営企業である以上、無理強いはできない。
だがハーライトは諦めない。再度別方向から交渉を試みる。
「じゃあ何か有用なサービスはないかな、今後もここを使いたくなるような。」
「まったく、オプションのお買い上げが50万以上なら、整備場のクーポンが出せる。メンテナンスと、損傷率:小までの修理に関して4割引だ。」
「なるほど、それは悪くないが、そんな餌に私が釣られるとでも・・・・・・?」
そう良いながらもハーライトはオプションをリストアップしていく。その合計額は50万を超えるのは確実だ。
「ふん、追加のセンサーと分析プログラム、足回りの強化と消音カバー、一部装甲板の追加、迷彩システムか・・・・・・随分張り込んだな。占めて67万GC、端数はまけてやろう。」
「問題なければ会計を頼む。」
認識票を差し出して会計を行う。所持金から必要なぶんだけ引き出されるのだ。
「こっちのラインは今余裕があるからな、そうだな、明日の朝一で引き渡せるだろう。受付で名前出せば直ぐに持って行けるようにしておこう。」
「了解した、宜しく頼む。」
最後に礼を言ってハーライトは外に出た。
後は機体を受け取るまで特筆すべき事項はない。粛々と必要な施設を回るだけである。
万が一に備えて鋼性種が登録できる金剛救急騎士団に救助登録を済ませる。
活動するための拠点を借りる。このゲームにも宿屋はあるが、宿屋ではADAの整備ができないため、専用の住居を借りるか購入するしかない。
狩人組合に登録して試験ミッションを受領する。これはβ版では特にADAも必要ない採取ミッションであったため、適当に個人装備を調えて近くの森に向かう。
およそ2時間後、ハーライトは病院で復活した。




