シタの功名
徐に散策すると、入口前まで来てしまった。
門扉をガチャガチャ揺らした音が反響していく。
「「「はぁぁあああぶぅぅうううっっっ」」」
中毒症状を露わにした村人たちが、鉄門の隙間から必死に腕を伸ばしていた。
おじさんは今、脱法ハーブを所持している。これが欲しくて、堪らないのだろう。
垂涎の的は目前、血眼である。そこまで必死になれたことないよ。
思わず、渡してしまいそうになった間一髪。
「もし、タクミ様? それ以上近寄ってはいけませんわ」
ローレルさんが、おじさんの無意識な愚行を制止する。
「あぁ、うん。そうだね」
「集中力散漫でしてよ」
「……ハーブを広めた時、悪人に利用される展開を全く予期してなかった。科学者じゃないけれど、悪用された場合の対策を施してなかったよ。おじさんも、彼らに責任がある」
おじさんは、門の外で苦悶した人たちから目が離せなかった。
脱法ハーブには強い依存性があり、渇きの衝動が抑えられなくなってしまう。
「やっぱり、趣味の園芸に留めておくべきだった。余計なことをしなければ、関係ない人に被害が出ることは――」
「ノンッ。それは違いますわ! へりくだらないでくださいませっ」
ローレルさんが、弱気の続きを遮った。
「少なくとも、わたくしは救われましたわ。タクミ様と出会い、色彩豊かなおハーブ色の人生が送れていましてよ! もし、あなたが誰かに非難されたなら、わたくしがおハーブティーと一緒にしばいて差し上げますの。生粋のバトルマニアたるカミツレさんも送りつける手前、タクミ様は安寧におハーブを栽培してくださまし!」
「……私を始末屋扱いするんじゃない。お前ほど奇態を晒せる自信はないぞ」
苦虫を噛み潰したような顔で迎えに来た、ローレルさん。
「エンドー氏、自分を卑下する必要はないよ。誠に遺憾ながら、己の不調や長年の悩みをハーブで改善してもらった身ゆえ、あなたの価値は保証しよう。フッ、そう気を落とすな。仇名す敵が立ち塞がれば、早々に私が討ってやる」
「結局、戦闘狂では……?」
「違うッ。あくまで、露払いの意味合いであってだな」
おじさんの指摘に、カミツレさんは真っ赤になりながら否定した。
「ふん、興が逸れた。もう知らんぞ」
「カミツレさんが、ぷいっとそっぽを向いてしまいましたわ。いじけてましてよ!」
「ローレル! いちいち説明するなっ」
2人がいつものじゃれ合いに興じていく。全然、逸れていなかったね。
おじさんは自然と、破顔してしまう。
「ローレルさん、カミツレさん。ありがとう。元気出たよ」
「真の仲間とは一蓮托生ですとも。此度の事案、解決するにはおハーブマイスターの双肩にかかっていますの。奮起してくださいまし」
「あなたの栽培はぶっ壊れなのだろう? 脱法ハーブの毒程度、克服してみせろ」
「……」
ポニテ美人のオーダーを聞いて、ずっと念頭に置いていたアイディアを再考する。
おじさんが栽培した合法おハーブはぶっ壊れ。
毒草印な脱法ハーブは中毒症状を引き起こす。
はたして、おハーブティーは脱法ハーブの毒素を中和できるのか?
「ハァァアアブゥゥウウウッ!」
必死に手を伸ばした中年のオジサンと目が合った。大剣を背負った冒険者の風貌……
「って、カマセじゃん!? どうして、お前がここに!?」
「ちゅうぅぅけぇぇええんんんぼぉぉおおうぅぅけんしゃぁぁあああーーっっ!」
「それはもう知ってるよ。まあ、実験台にこれほどの適任者は他にいないか」
カマセなら、被検体にしても良心がちっとも痛まない。何が起きても、大丈夫。
おじさんは、気持ちが楽になった! 流石、カゾ随一の中堅冒険者だぜ。
手始めに、バジルとセージを試してみよう。
忘れ去られて久しい教室を借りて、2種のドライハーブをブレンドした。
3分間ポットを蒸すや、ティーカップへ注ぐ運びだが問題発生。
ローレルさんとカミツレさんが使うカップを汚すわけにはいかない。
「おじさんのマイカップをおじさんに貸すのは嫌――じゃなくて、断固拒否もとい忌避感甚だしい……とても申し訳ないので、最後の手段を取るしかないなあ」
うんうん仕方がないねと頷いた、おじさん。
校門まで戻り、カマセを中毒者から引き離すように誘導した。
美人さんたち、そちらは任せます。くれぐれも、力で解決しないでね。
「ハァーブ、ハァーバァー、ハァーベストォッ!」
「おじさんのイングリッシュも、英検3級レベル」
比較級とか最上級、懐かしいね。おハーブ大好きお嬢様のせいで混同しがちなものの、ハーブは形容詞じゃない。実は――名詞である。
柵の間から両腕、顔を覗かせたカマセ。引っかかって暴れ始めたタイミング。
「頼むぞ、成功の是非はお前にかかっている。正気に戻れッ」
おじさんは、中堅冒険者が開いた大口にアツアツのハーブティーを流し込む。
「がばばばばーーっっ!?」
「まだ、三分の一や! ローレルさんなら、秒で飲み干すぞ!」
「あばばばばーーっっ!?」
「散々しつこく、ハーブハーブ騒いだよなあ? オラ、五臓六腑に染み渡れ!」
表情を苦痛に歪ませながら、必死に抵抗した中毒者。
さりとて、ティーポッドが空になる頃、カマセは膝から崩れ落ちていた。
むしろ、気を失っていた。ピクリともせず、まさか天に召された?
「――ハッ! ここは誰? 俺はどこ?」
「気づいたか、カマセ。実験成功だ」
おじさんが合掌していると、大剣の人が飛び起きた。
「ハーブ屋じゃねえーかっ! ……っ、そうか。迷惑、かけちまったぜえ」
質問する前に、カマセは語り始めた。
「オメーらだけじゃ、頼りなくてよお。仕方がねえ、助けに来てやったんだ。まあ、駅の路地裏にちょびぃ~っと寄り道したらこのザマよガハハ!」
「自慢げに語るんじゃない。こっちのハーブティーは飲むなってあれほど……まあいいや。ゼニンドの奴、手広く中毒をまき散らしやがって」
他にどれだけ脱法ハーブ屋台があることやら。全部、取り潰し。ローレルさん、出番よー。
「大剣の人が身体を張ってくれて、脱法ハーブへの対抗手段が完成した。あとは少し頭に浮かんだ作戦を固めて、決行するだけ」
「お、おう? ヘッ、俺が協力すれば当然だぜえ。なんたって、中堅冒険者だからよおッ」
カマセの根拠に乏しい巨大な自信。見習いたいものである。
「ところで、ハーブ屋。1つ、教えてくれねえか?」
「如何に?」
「俺の舌が! ベロがめちゃくちゃヒリヒリするんだが! 何、してくれやがったッ!?」
「……それはごめん。ほんと、申し訳ない。大剣の人の尊い犠牲、無駄にしないっ」
文字通りの舌禍に苦しんだ、カマセ。悶絶とはこのことか。そうだよ。
今更気付いちゃった衝撃の事実を告白します。実は……おじさん、紙コップを持っていました。つまるところ、アイテム欄は下の方まで確認しよう。




