貧血
静寂が店内を支配した。
2人きりの中、眼前にカミツレさんが座っている。
気まずい。緊張する。手汗が止まらない。
おじさんは、美人と小粋なトークなんてできないんだ。
仕事以外の会話、何を話せばいいか分からない……
ローレルさんも綺麗な容姿だが、いろいろとアレ枠ゆえ緊張しない。
「あ、あの」
「どうした?」
「ご趣味は?」
「剣術の鍛錬を少々」
お見合いかっ。
現実を直視できない、おじさん。暗闇を求め、テーブルに突っ伏す。
「私は客ではない。気にせず、エンドー氏の仕事を続けてくれ」
「今、新商品開発に難航中。アイディア待ちの、もったいない時間です」
「商売は疎くてな。力になれそうにない」
「あ、おじさんの役目なんで大丈夫です」
徐に、コンビニの幻影が脳裏をかすめた。
バイトリーダーは、みんなを助けるのが仕事。
一にOJT、二にフォロー、三、四にフィードバック、五に業務評価。
じゃあ、バイトリーダーを助けるのは誰の仕事? 甘えるな、自分でやれよ(店長並感)。
愚鈍な店長とオーナーほど、文句ばかり吐き捨てる。粗探し特化のSVも消えてくれ。
みんながバイトする時、アットホームな環境は気を付けよう。
……俺たちはファミリー、やろ? その一言で個人を殺す連中だ。
往年積年の恨みで、闇堕ちおじさん寸前のところ。
「エンドー氏。おじさんと名乗っているが、おいくつなのだ?」
「30歳です。アラサーならぬジャスサー」
「まことか?」
パチパチとまばたきした、カミツレさん。
「おじさん、ウソツカナイ。老け込んでるのは、自覚してるよ」
9割9分9厘9毛、原因はコンビニバイト。精神、肉体ともにボロボロさ。
「いや、私と同年代だと予想していた。まさか、10歳も上とは失礼した」
「中年男にお世辞を言っても仕方がないでしょ。若い頃と比べて、老いを感じるなあ」
朝食べるのがきつい。階段がきつい。腰がきつい。筋肉痛は、二日後遅れてやって来る。
やっぱ、つれぇよ……おじさんが、加齢臭もとい哀愁を漂わせていると。
「本心で驚いている。今までローレルに浮いた話を聞かなかった。ついあなたに探りを入れてしまい、謝罪しよう」
「ローレルさんは、ハーブか、それ以外か。極論2択で、浮ついた話題は提供できないよ」
「今も昔も、変わらないか。ある意味、一途な想いを抱いている」
カミツレさんは、やれやれと肩をすくめた。
きっと、彼女はおハーブ大好きお嬢様に振り回されたのだろう。
つまり、おじさんが辿る道を歩いた先輩。
その苦労を共感できれば、カミツレさんと仲良くなれるかもしれない。
先んじて、ローレルさんの過去バナで盛り上がろうとしたちょうどその時。
「ただ今、戻りましたわ! タクミ様、アフタヌーンおハーブティーの用意はよろしくて?」
本日の主役、ようやく帰還。
チリンチリーンと登場の鈴が鳴った。
「戻ったか、ローレル。遅いぞ」
「はて、カミツレさん……? わたくしの幼馴染がなぜここに?」
「お前の父上から依頼を受けたのだ。奔放な娘を真面目に働かせるように、とな」
億劫そうな口ぶりとは反対に、笑顔を見せたカミツレさん。
「それは、ご立派な依頼でしてよ。いつも側近に仕事を押し付けて、ゴルフに興じる領主の発言でなければですが」
ローレルさんは珍しく、辟易とした。
おじさんが3時のおハーブを失念した時くらい、しかめっ面である。
「とにかく、久しぶりだ。ローレル、元気そうで安心したぞ」
「最後に会ったのは、カミツレさんが騎士学校を退職する前ですの。あなたの体調を考慮すれば、仕方がありませんわね」
「私の事情など些事だ。む……少し痩せたか?」
カミツレさんが、ローレルさんと再会のハグを交わす。
「いいえ、むしろ微増ですわ。タクミ様がわたくしに、毎日熱いおハーブをくださいますの」
なぜか、ポッと頬を赤く染めたお嬢様。
「……エンドー氏?」
「言い方に悪意を感じる! ハーブティーね、ハーブティー」
美人に睨まれて、おじさんは委縮しちゃう。
「あぁ、すまない。ローレルの奇天烈な言動が久しぶりで、まともに反応してしまった」
「わたくし、常に品行方正を心がけていましてよ?」
「ハーブハーブと戯れなければ、お前は立派な令嬢さ」
「カミツレさんは、思考の柔軟性を伸ばすべきですわ。騎士学校に、頭の体操を取り入れてくださいましっ」
2人の談笑が続く。
どうやら、気の置けない旧知の仲は健在らしい。
お邪魔なおじさん、即刻退散。
なんだろう。コンビニバイトの夜勤上がりを急に思い出した。
急遽呼び出され、深夜から早朝まで強制労働させられる。勤務中は機械のごとくルーティーンを刻むゆえ、あまり苦痛は感じない。
さりとて、タイムカードを切った瞬間、ふと人間に戻るのだ。
退店間際の全く顔が合わない、感情なきお先に失礼とお疲れさまのやり取り。
その寂寥感たるは……実に虚しいね。
嫌な思い出ばかり募っていく。おじさん、こんなでも若い頃は楽しかったよ。
もしかして、おじさんのヌメヌメした負のオーラが伝播したのか。事態が動いていく。
「うぅっ……」
ふらりと、カミツレさんは倒れ込むようにテーブルへしがみついた。
「カミツレさん!?」
「あ、案ずるな……いつものことだ」
カミツレさんは苦悶の表情のまま、ローレルさんを制止する。
「ど、どどど、どうしたっ?」
想定外の事態に弱いおじさん、挙動不審で衛兵待ったなし。
「何でもない、少し疲れが出ただけだ」
「カミツレさんは、幼少の頃から突発性貧血を患っていますわ。運動神経が良く、剣術も長けており騎士学校を首席で卒業しましたの。しかし、その頃を境に貧血の頻度が多くなり」
「ローレル。エンドー氏に余計な話を、するなっ」
顔を歪めながら、息を荒げたカミツレさん。
「これは、私の問題……持病と一生付き合っていく。お前とて、変わらないはずだッ」
「辛い時は、弱音を吐いてくださいましっ。わたくしとあなたは、心に壁を作らなければいけない関係でして?」
額を押さえたカミツレさんを、ローレルさんが優しく背中を撫でていく。
そして、オロオロするおじさん。
ったく、これだからコンビニ人間は。マニュアルがなきゃ、何もできないのか!
否、マニュアル以外の余計な真似をするな! 心の奥底に、店長ギアスが発動した。
「……ハッ、閃きましたわ!」
ローレルさんが振り返って、おじさんを見た。
おじさんも振り返って、誰もいなかった。悲しいね。
「タクミ様! コントはやめてくださいましっ」
「いや、己の無力さに凹んでたんだけど」
「冗談はまた今度付き合いますわ! おハーブです! おハーブでしてよっ」
お嬢様が例のブツを連呼する。禁断症状か?
「あのさぁ、ローレルさん。友人が苦しんでる。流石にこんな時まで、ハーブティーしばきたいとか我慢しなって」
「その勘違いは心外ですの! わたくしがタクミ様と出会った状況、忘却なさいまして!? 長年の頭痛を瞬時に吹き飛ばした即効性――おハーブティーは伊達じゃありませんわっ」
「……っ! おじさんのハーブティーは、ぶっ壊れだった!」
促されるまま、おじさんは行動を開始する。
確か、貧血に有効な組み合わせがあったはず。思い出せ、思い出せ、思い出せ。
「趣味の園芸……母親が飲んでた……え~~、レモングラスとミントッ」
部屋の壁際に寄せたプランターから、細長い草と新芽を引っこ抜く。
レモングラスとミントを洗うや、いつもの手際でハーブティーを作った。
「クッ……視界が、おぼつかない」
「急いでくださいましっ」
「3分間待ってくれ」
ムスカ大佐が待てる時でさえ、ローレルさんには待ち遠しかった。
蒸らしたポットの中身を確認する。黄色と緑色が混ざった、イエローグリーンな液体。名前よろしく、レモンと爽やかな匂いが漂った。
おじさんのカップに注いで、ブレンドの完成。湯気上がる出来立てのホットだ。
「はい、どうぞ」
「結構なお手前ですわっ」
ハーブティーを受け取った、ローレルさん。
フゥーフゥーと冷まして、カミツレさんの口へ運ぼうとするが。
「待てっ、ローレル……そんな草を煎じた液体など、私は飲まないぞ」
「駄々をこねないでほしいですの。あなたは昔から、薬は嫌々ですものね。苦くないですわ」
「――笑止。ハーブなど、信用に値せず。ポーチに薬が」
「だまらっしゃい! おハーブをバカにされては、こちらも引き下がれませんのよ」
常用薬持ってるなら、それで済ませてもいいと思う。ちゃんと効くなら。
もちろん、おじさんの常識的解答は採用されないので押し黙った。
おハーブ大好きお嬢様、純粋なパワーで貧血の友をイスに座らせた。
「今です、タクミ様! この分からず屋に、おハーブティーをキメてくださいましっ」
「お、おう」
おじさんは、ハーブティーをいつの間にか押し付けられていた。
ローレルさんに口を開かされたカミツレさん。
「何を、する。や、やめ……っ!」
抵抗むなしく、おじさんのハーブティーが並々と流れ込んだ。
「ごぼぼぼばばばば――っ!」
「良薬は口に苦し。されど、おハーブティーは口に甘し、でしてよ」
そして、ドヤ顔である。
だからどうした? そんなツッコミもまた、どこかへ流されていく。




