カミツレ
閑散とした店内に、窓を叩く雨粒の音が響いた。
ハーブを使った新商品に頭を悩ませるも、ちっとも閃かない。
おじさんは頭の後ろで腕を組みながら、どうしたものかと天井を仰いだ。
冒険者ギルドや商人組合の知り合いに、ローレルさんは営業をかけると言っていた。大口顧客に卸せれば、実店舗の販売が道楽稼業になるかもなあ。
否、おじさんの人生がそこまでスムーズとは露ほど思わず。ご都合主義に愛されているなら、今頃おじさんSUGEEEを演じていた。
いかんせん、ハーブティーの効能がぶっ壊れすぎてそのまま出すのは危険。
駅前で配ったサンプルは、ジュースと混ぜてかなり希釈したハーブティー。
邪道ですわ! 冒涜ですわ! 味変、嬉しいですわ!
などと、おハーブ大好きお嬢様が怒り心頭だった。なんと、3杯しか飲まなかった。
それでも、上級ポーションを上回った効能がある。容量用法を守ろう。
目をつむっていると、チリンチリーンとドア鈴が鳴り響く。
ローレルさんが帰ってきたのだろう。
「邪魔をする」
知らない声だった。
飛び起きた、おじさん。来訪者を確認するや。
「あ、すいません。まだ開店準備中です」
黒いロングコートを着た美人が、店内に足を踏み入れていた。
青髪のポニーテールに切れ長の目、凛々しい雰囲気を纏っている。
「……」
傘の先端から雨粒がぽたぽたと落ちていく。
「肩、濡れてますよ。今、拭くものを」
「気遣い無用だ」
美人が首を横に振った。
「確認したい。あなたが、エンドータクミ氏だろうか?」
「その名称で呼ばれた回数は多いです」
嫌な予感しかしない。
「そうか、ならば……っ!」
ポニテ美人がカッと開眼した瞬間、距離を詰めてきた。
「――っ!?」
マズい、やられるっ!
無防備おじさん、万事休す。戦闘系スキル、ないです。
走馬燈が流れ始めた。
エンドロールのほとんどが、コンビニバイトの強制労働の日々……爆ぜろッ。
おハーブティーですわ! おハーブティーですわ! おハーブ――
後半、ドップラー効果で何か聞こえた。幻聴です。
あれ? 生きてる? 五体満足? 視界、オープン。
「相談がある。ローレルの特殊な趣味に関してだ」
間近に迫る青髪の女性は、困ったような表情で深く息を吐いた。
「彼女のハーブに対する執着、是正できないだろうか?」
「それ、アイデンティティの喪失では?」
没個性おじさん、個性死んじゃうよと諭した。
おハーブ言わないローレルさんは、ただのお嬢様である。
「すまない、名乗っていなかったな。私は、カミツレ。ローレルの友人だ」
「はあ、遠藤匠です。真の仲間です」
「真の仲間……だと?」
眉をひそめた、カミツレさん。
「いや、理解した。大方、ローレルが嘯いたのだろう。彼女は突拍子のない発言が多い」
「まともな判断! おじさん、感動したっ」
まさか、ローレルさんの友人に常識があったとは(失礼)。
カミツレさんは、若干引き気味に。
「エンドー氏は、おハーブマイスターを名乗っている。相違ないな?」
「相違しかない! おじさんは、ハーブに関して素人。スキルの相性が良かっただけの素人ハーブだよ。素人ハーブって、何だっ?」
そして、セルフツッコミである。
ふむと顎に手を当てた、カミツレさん。
「やはり、巻き込まれた口か。一応、あなたが我が友に怪しいハーブを盛ったと危惧していた。しかし、たぶらかしの線は杞憂だったな」
「いやあ、初対面のおじさんを信用しないほうが」
無害おじさんだけど、美人は自己防衛に努めてください。
「エンドー氏にはローレルの相手、ひいてはハーブ関連の話題に苦労がにじみ出ている。その辟易とした表情には見覚えがある」
カミツレさんは苦笑する。
「幼少の頃、ハーブハーブとうなされるほど囁かれた私にとって、あなたの気苦労がヒシヒシと感じ取れるのだ」
「そ、それは……ご苦労さまでした」
おじさんは、図らずもカミツレさんにお辞儀した。
会って間もないおじさんでさえ、おハーブ地獄の入口にしか立っていなかった。
はたして、おハーブ地獄の最奥に誘われた時、正気を保っていられるのか。
誰も答えてくれない問いだった。悲しいね。
「話を戻そう。私の目的は2つ。その1つがローレルに節度を持たせること。すなわち、ハーブへの異常執着を是正させたいのだ」
「おじさんは、ハーブで稼ぐ予定だからなんとも。生活できなくなっちゃう」
もうコンビニバイトには戻らない。決めたから。
「ローレルと連絡した際、ついに理解者を見つけたとはしゃいでいたな」
「恩はあるけど、理解者ではないね」
お嬢様ほどの情熱はない。低燃費系おじさんは、エコ。
「エンドー氏、彼女の経歴はどれくらい聞いている?」
「あまり知らない。女子のプライベートを根掘り葉掘り聞いたら、セクハラ案件でしょ」
おじさん、コンプライアンスを順守します。
「教えてもらったのは、シロガネーゼとおハーブ探しの冒険者。おセレブなのに、趣味の極みを優先した変人……信念を持ってるなあ」
一本おハーブが通ったお嬢様。その芯、柔らかそう。
「フッ、真の仲間に偽りなしか。認めるしかあるまい」
なぜか納得したカミツレさんに、おじさんは悲しい顔になった。
「ならば、もう1つの目的も披露しよう。ローレルは、地方領サイタマの領主の娘だ」
望まぬ形で、ローレルさんの背景が暴かれていく。
「彼女は領主代理として、カゾ村の興業を一任されている」
控えめに言って、お嬢様は頭おハーブ畑ですわ!
「私は、ナイトの称号を賜った騎士学校の元教官。本日付で、領主代理の監督補佐を担当する。以後よろしく頼む」
カミツレさんが仰々しく、胸に手を当てた。
「ナンダカナー」
この上なく、面倒事に巻き込まれた気がする。
とりあえず、おじさんは途方に暮れるのであった。




