廻る歯車-2
一週間ぶりに会った少年・ミックは、誰が見ても元気そうだった。要するに、医者が一目見ただけで異常なしと診断するであろうくらいには元気だった。
「──退きたまえ、無駄な戦いは好まない。……って言って、バッて腕振ったら、ブワアァァァッって風が出て、おっさんたちみんな大慌てで逃げてったんだよっ」
「おーっ」
「すげー!」
「かっくいーっ!」
さして広くもない子供部屋を半分弱占領する形で置かれたベッドの上で胸を張るミックを、取り囲むようにして座った三人の子供たちがはやし立てている。かなりの盛り上がりようだ。
ガルシアは自然と腹から力を抜いた。というか抜けた。
「なんか、心配したこっちが馬鹿みてぇだな」
「でしょう?」
相槌を打つミックの母親に苦笑を返すと、ガルシアはちっとも気づいていないミックたちの注意を引くべく、再度、今度は開けた扉を強めにノックした。
最初に気づいたのは手前に座っている少年だ。振り返るなり破顔する。
「ガルシア兄!」
すぐさま残り全員がこちらを向いて歓声を上げた。
「うわっ、ひさしぶり~っ!」
「なんだよ、どうして遊びに来なかったんだよーっ」
「心配してたんだぜっ? 王様にどっかに閉じ込められてんじゃないかって!」
ミューイより五、六歳は年下の少年ばかりである。無邪気ゆえに怖いもの知らずな彼らの声は、音量も言葉も何もかもが容赦ない。案の定母親が横で眉をひそめている。困惑から激怒に変わるのは時間の問題だ。
ガルシアは彼女が子供たちに向かって怒り出す前にと、ひらひらと手を振った。
「いいって、気にしなくってよ」
「はあ……」
まだ納得いっていない様子ではあるが、ガルシアはドアノブを掴んで子供部屋に体を入れた。わざわざ案内してくれた母親に礼をひとこと残し、扉を閉める。そしてそのままの体勢で耳をそばだてた。彼女が部屋の前から離れるのを待つ。
聞かれてまずい話をするわけではないが、彼女はまだ鮮明に子供を誘拐された恐怖を記憶している。無用の心配はさせたくない。
気配と足音が遠ざかっていったのは、閉めてから少しあとだ。行き場所はおそらくキッチン。あれくらいの距離があれば、完全とはいかないまでも言葉が聞き取りにくいだろう。
息をつくと、ガルシアは室内に向き直った。子供たちをぐるりと見やる。
「元気そうじゃん」
「おーっ!」
子供たちの返事に笑顔を返してベッドに近づく。ミックの隣に腰掛けると、寝癖の取れていない彼の茶髪を上から押さえるように荒っぽく撫でた。
歯を見せるミックは本当に元気そうだ。
誘拐されたのは五日前で、戻ってきたのは三日前。捕らわれていた時間が比較的短く、かつ帰ってきてから数日の休養が取れたこともあるのだろうが、それらを差し引いても普段と何ら変わりないように見えた。いっそ不自然なほどに。そこには必ず理由と原因があるはずである。そして、それが知りたい。
聞きだしたいのはいいが、さて、どう切り出すか。考えて、しかしいい案が浮かばなかったため、ガルシアはストレートに話を繋げた。
「お前、よく無事に帰ってこれたなぁ」
しかし答えたのはミックではなく、部屋のいちばん奥で胡坐をかいている少年だった。
「天使様に助けてもらったんだってさ!」
言葉を認識するのにかかった時間は、瞬き三回ほど。
「は?」
確認しようとミックを見たら、彼は手を振って否定した。
「本物の天使様じゃないよ、たぶん。だって羽なかったし。でも村の人が『あの方は我々の天使様なんだ』って言ってたからさー」
よくわからない。
無言のまま中空を見て口をねじ曲げたら、今度は正面に座っている少年が吹き出した。
「わかんないの? ばっかだなぁ、ガルシア兄。天使様みたいにすごくって偉い人って意味に決まってるじゃん!」
あははははーと全員揃って爆笑されると、さすがに腹が立つ。
ガルシアは馬鹿にした少年にゲンコツを落としてから、ミックを半眼で睨んだ。
「で? その天使様とかいう奴はなンなわけ?」
頭を押さえてうずくまる友達を見てミックが頬を引きつらせた。ガルシアに顔を向けたままわたわたと後退する。
「ええぇぇっ? えっとえっと……」
ベッドヘッドに背中をぶつけたところでようやく止まると、今度は意味もなく手を動かしはじめる。
「人間っ。ガルシア兄よりは背ぇ低かったけど、オレの父ちゃんよりは高かったよっ。そんで真っ白で、髪長くって、男だったっ」
ふと、ミックは一切合切の動きを止めた。硬直ののち、天井を見上げて何かを思い出す素振りを見せ、ゆっくりと首を傾げる。
「たぶん。声低かったし、背も大きかったし、おっぱいもなかったし……たぶん。男、だよなぁ……?」
別に『天使様』の外見などどうでも良かったのだが、疑問形なのは気になる。しかも変な部分でだからなおさらだ。ガルシアは眼力を弱め、眉を上げた。
「男か女かなんて見りゃわかンだろ、フツー。……そりゃまぁ、たまに妙な奴いるけど。なんでわかんねえんだ?」
するとミックが、ひとつうなってから視線をガルシアに戻してきた。
「その人、顔隠してたんだ。そんときは男だなって思ってたんだけど……風が吹いて、ばさってなって、ちょっとだけど顔が見えたんだよ」
「女みてぇなツラだったのか?」
「うん。……あー、でも女って感じでもなかったかも。ん~と……」
思考に費やした時間はさほど長くない。すぐに顔を上げた。
「教会にある、像とか絵みたいだった!」
「わけわかんねーって」
「だから~っ。とにかくすっごい綺麗だったんだってっ! 前にガルシア兄が見とれた絵があったじゃんっ。あれに似てたかもっ」
ミックの言う絵は覚えているが、似てたと言われてもピンとこない。さっぱりだ。
とはいえ、そもそも少年を助けた人を捜そうというわけではないのだから、外見をはっきりさせる理由もない。『女と見まがうほど綺麗な男』でいいかとけりをつける。
「あー、まぁとりあえずわかった。それで? 見た目はもういいから、どうやったのかとか、なんでお前助けたのかとか教えろよ」
ミックは即座に肩をすくめた。
「その人、魔法使いでさ。魔法で檻開けて怪我治してくれて、悪い奴やっつけて、そんで獣人族が住んでる村にバビューンって逃げたんだ」
「獣人が住んでるって……人間族の国から帰ってきたってことか?」
「違うみたいだよ? だって村の人が、リンディアに行けないからそこに住んでるーみたいなこと言ってたもん。オレは誘拐されてからちょっとしか経ってなかったから、家まで送ってくれたみたい」
だんだんわけがわからなくなってきた。
ガルシアは頭を掻き、まとまらない情報に対する苛立ちを紛らわせる。
「ンで、そいつは? なんでお前助けたんだ。なんか言ってたか?」
「なーんにも。助けてくれてありがとってお礼言ったらさ、やりたいことをやってるだけだから礼はいらないって言われた。……どういう意味?」
「俺が知るかよ」
ふん、と息を吐き、ガルシアは膝の上に手を落とした。
子供の話は要領を得ないのが常。おまけに自分でも認めてしまうくらいには頭が良くないガルシアである。かろうじてわかったのは、やたら綺麗な人間の魔法使いが、ただの気まぐれか理由があってかは知らないが、人間に捕らわれた獣人を複数回助けたこと。それと、助けられた獣人族がハルメシオンの領土内に村を作って住んでいるということか。
どうやらガルシアの知らないところで奇妙な動きが発生しているらしい。今のところは味方のようだが、何を考えているかわからない以上、注意しておかなければ。
「でもあれだよなー」
考え事に没頭する横で、ミックたちが気楽な声を上げる。
「これでもう安心だよなっ。だってさらわれたって助けてくれる人いるしっ」
「うんうんっ」
「すげーかっこいいよな、その天使様っ。おれも逢ってみてー! 魔法教えてくんないかなぁっ」
「風よ、我に従えーっ、とか?」
「なんだよそれぇっ」
「あははははははははははっ!」
お気楽すぎる笑い声の中、ガルシアは特大のため息をついた。
謎の行動をする男も、今まで存在すら知らなかった村のことも難題だが、今いちばんの問題は目の前の馬鹿騒ぎかもしれない。
「お・ま・え・ら……」
だむ、と床を踏みしめ立ち上がる。
「俺様が真剣に考えてるってのに、やっかましいんだよ!」
「わっ!」
「ぎゃっ!」
「でっ!」
「だっ!」
ぱこぱこと頭を薙ぎ倒し、折り重なって倒れた少年らを見下ろした。
「てゆーかお前らな、耳の穴かっぽじってよーく聞きやがれ。今までさらわれた奴ら全員戻ってきたか? 帰ってねえだろ。なーにが安心だ。絶対助けてもらえるなんて保障、どこにもねえじゃねーか」
不満たらたらだった彼らの顔が、急にしおらしくなる。ガルシアはそれらを眺めて、腰に両手を当てた。
「わかったら、今まで通り親のいうことちゃんと聞いて、暗くなる前には家に帰れ。人がいねえとこで遊ぶな。いいなっ?」
「はーい」
返ってきたのは即答。
子供は素直だ。
ガルシアは破顔すると、一人一人立たせてやる。
「そんじゃ、みんなの元気な顔も見れたし話も聞けたから、帰るな。お前らもそろそろ家に帰れ」
「えー、もぉ?」
「もうって、窓の外見ろよ。空赤くなってンだろーが。すぐに暗くなンぞ」
外を指差すと、四人は揃って窓に駆け寄った。空を見て納得の声を上げる。
ついさっき暗くなる前に家に帰ると約束したばかりだ。放っておいてもじきにお開きになるだろう。ガルシアは廊下に出ながら、少年たちに声をかける。
「ンじゃーな。寄り道しねえでまっすぐ帰れよー?」
「はーいっ」
再び素直な返事。
が、今回はそれだけでおさまるわけもなく。
「ガルシア兄、また遊びに来いよなっ」
「寄り道するなよー?」
「よそ見してて馬車とかにぶつかんないようにね!」
「お菓子くれても知らない人についてっちゃ駄目だぞっ」
「てめぇらと一緒にすンなっ!」
即行でツッコミを入れてドアを叩き閉めた。




