巣食う棘-1
待っていたのは、村人総出による熱烈な歓迎だった。
「いらっしゃい! 緊張しないで、楽にしてちょうだいな」
「手当ての前にお風呂に入りましょう。早く綺麗にしなくちゃね」
「好きな食べ物はなぁに? 腕によりをかけて作っちゃうから、期待してねっ」
「お姉ちゃん、僕が村を案内してあげる! 綺麗なとこがいっぱいあるんだよー?」
「ずいぶんいい体格したお兄さんねぇ。怪我もないようだし……脱走したところを拾っていただいたの?」
「えっ、や、俺は違うからっ。助けられたのはこいつらで俺は助けた側だからっ」
上は二十代後半から下は七、八歳まで。ほぼ女性だけで占められた村人による怒涛の勢いに飲まれたGRは、迫り来る彼女たちの前からずりずりと後退してアッシュローズの後ろに隠れた。
そんな行動のせいか弁解のせいか、村人の視線がアッシュローズに集まる。彼は軽くGRに向けて不機嫌そうな気配を飛ばしたものの、すぐに通常の静けさに戻って彼女たちを見た。
「腕が立つようなのでな。今日から彼に護衛を頼むことにしたのだよ」
GRは思わずあさっての方角を見る。
(お前に護衛なんて必要ねえだろ)
「GRという。少々頭の足りない男だから何かと迷惑をかけると思うが、よろしく頼む」
(大きなお世話だ! 何考えてっかわかんねえ男よりゃマシだっつーの!)
「……顔に出ているぞGR」
げし。と足の小指に激痛が。
たまらず飛び跳ねる。
「後ろに立ってる俺の顔がどーしてわかンだよっ。適当なことほざくな! うぅくっそ、痛ェ~っ」
「ふん」
それこそ適当に鼻であしらうとアッシュローズは、半身を向けて村の一角を杖で指した。ついついそちらへ目を動かしてしまったGRの単純さに満足したのか嘲笑ったのか、薄く笑む。
「村を出たらまっすぐ行き、分かれ道を左手に進めば屋敷に着く。……先に戻れ。あとメイに、夕食前には戻ると伝言を頼む」
「あァ?」
片眉を上げた。地面を数回蹴って痛みを飛ばし、アッシュローズを見下ろす。
「お前はどーすンだ」
「……やることがある」
「何だよ」
「……お前には関係のないことだ」
会話らしい会話をさせてもらえたのはそこまでだ。アッシュローズは村人たちへの挨拶もそこそこに村から出て行ってしまった。
半ば呆然と見送るGRの耳に押し殺した笑い声が届いたのは、彼の姿が完全に見えなくなったときだ。顔を向けてみれば、見た限り最年長らしい二十代後半の女性がいた。彼女はGRが自分を見ていることに気づくと、村人たちに解散の合図を出して助けた少女たちを連れておのおのの仕事に戻っていく人々を見送ってから、改めてGRに向かって謝罪の形に手を上げた。
「ごめんごめん。アッシュ様に突っかかる人なんて初めて見たから、……ちょっと新鮮でね」
少々ひっかかるものがあったが、流すことにした。彼女に向き直る。
「むかつくんだからしょうがねえだろ。……えっと……?」
「ん? あ、名前? 私はジルダよ。いちおうここの村長さん」
「そっか。まぁジルダもさ、あいつが俺にしたこと知ったらムカつく理由がわかるって」
胸を張ったら、
「どんなことしたか知らないけど、理由がおありなんでしょ」
跳ね返された。
GRは眉間に力を入れる。
「助けてもらったことに感謝してンのはわかるけどよ、なんでそこまで信用できンだよ。あんなわけわかんねえ奴をさ」
ジルダは笑顔に苦笑を混ぜた。
「確かに、素性も正体もはっきりしない、得体の知れない方ではあるわね」
「だろ?」
「でも……お優しい方だから。まるでお話に出てくる天使様のように慈悲深い方よ」
アッシュローズの持つ慈愛は、片鱗ではあるが確かに見た。彼女たちが救ってくれた彼に対して敬意を示すのもわかる。しかし、それだけで『天使のようだ』などという言葉が出てくるものだろうか。
すると表情から反論の意志を読み取ったのだろう。ジルダが静かに首を振り、微笑んだ。
「あの方は獣人族の解放に命をかけていらっしゃる。そのためなら死んでもいいとさえ思ってらっしゃるの」
「ンなこと言ったのか」
彼女の笑みが薄れた。
「……アッシュ様は、ご病気なのよ」
眉が歪む。
「メイが教えてくれたわ。病名とか詳しいことは言ってもらえなかったけど。有効な治療法もなくて、いつ何が原因でどうなるかわからないんですって。静かに暮していれば悪化することもないそうなのに、あの方は……」
顔を伏せ、深呼吸をして心を落ち着かせてからジルダは、GRを見上げてきた。
「嫌ったりしないでアッシュ様を支えてちょうだい。少しでもお体の負担が減るように助けて差し上げて。お願い」
それはおおらかで柔らかく、優しい微笑みだった。どこか亡き姉を思い出させる微笑みだ。そのせいだろうか、反抗的になりかけてきた心が自然と落ち着いていく。
傍に置こうとしながら突き放す態度をとるのは、はっきりきっぱり腹が立つ。けれど出逢い方が最悪だった手前、急に仲良くするのは抵抗感があるだろうことくらい容易に想像がつく。GRが素直に認めてしまえるくらいの技量を持っているくせに代わりに戦わせようとした理由も、病のせいだと考えれば納得できる。それに、むかつくのは隠しようがないとはいえ、意地を張るのはそろそろ見苦しいような気がしてきた。
(……あンの、アホ)
そもそもアッシュローズが振り回してくれるのが悪いのだ。と、責任転嫁。頭をぼりぼり掻いて嘆息を落とす。
「あんま期待されても困るけど……獣人族を護ったり助けるってことに関しちゃあ文句ねえからな。よっぽどふざけた命令してこねえ限り、できることはやるさ」
ジルダは少し残念そうな顔をしたものの、すぐに笑顔になった。背伸びしてGRの頭に手を伸ばし、撫でる。
「よろしくね」
小さい子供のような扱いに腹が立たないのは、先程見た姉の面影のせいだろうか。
向けられる期待と信頼でやる気が出てきた己の単純さに呆れつつもGRは、まぁいいかと笑った。
「んじゃあ、帰るわ。あっちの道でいいんだよな?」
「ええ。男の人の足なら十五分もあれば着くわ」
「そっか。ん、了解」
手を振って挨拶に代え、歩き出す。
が、
ふと気になって振り返った。
「アッシュローズがどこに行ったか、知ってっか?」
ジルダはすぐに頷く。
「墓地よ」
村の南側を指差した。
「森の奥にあるんだけど、開けてて丘になってるからすぐにわかると思うわ」
「へぇ」
「でも今は行かないでね。アッシュ様が被害者を弔ってらっしゃる間は立ち入り禁止なの」
妙な注意に疑問が浮かぶ。
「なんで? みんなで天国に送ってやったほうがいいじゃん」
しかしジルダは肩をすくめた。
「アッシュ様にそう言われたからね」
どうやら疑問に思うことから放棄しているらしい。いわばアッシュローズの信奉者だからと考えれば、納得のいく反応ではある。
「…………。ま、いいや」
森を見ながら呟いたら、視界の端でジルダが眉を寄せた。
「行っちゃ駄目よっ?」
「わかってるって。じゃーな」
GRは背中越しに手を振り、今度こそ村をあとにした。




