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どうやらリルドリア軍は【炎の壁】の解呪に難儀する模様


「開いた口が塞がらないとは、こういう状況を指すのか……」


 周囲を見渡し、カレオは溜息混じりにそう呟いた。

 見渡す限りの炎が行く手を阻み、多くの騎士や兵士、それに魔術師が困惑した面持ちでそれを見上げる。

 カレオ自身は魔術の知識が多少はあるので、その【炎の壁】の非常識っぷりには呆れてすらいた。

 しかし、カレオの心をざわつかせているのは【炎の壁】だけではない。

 カレオの驚愕は、【炎の壁】を見上げている者達に向けられていたのだ。


「途轍もないですね、この炎は」


 そう言って、炎の壁に目を奪われながらカレオに近付いて来るのは、カレオの部下であるヘルマンだった。


「俺からしたら、お前達に起きた事も、途轍もねぇよ」

「え?」


 ヘルマンが、不思議そうな顔をしてカレオを見るが、カレオは心外とばかりに、その視線を払うように手を振る。


「お前、さっきまで死にかかってたんだぜ?」

「そう言われましても、今はピンピンしてますし」

「だから、それがおかしいって言ってんだよ!?」


 そう。カレオは先ほど、雷角獣ライトニング・ホーンセヴェンテスの本気を前に、仲間の殆どが死に瀕したのを見ていた。

 このヘルマンですら例外ではない。

 本来なら今頃、この戦場は有象無象の死体によって埋め尽くされていても不思議では無かったのだ。

 それを一瞬で治療した者がいた。


 《聖女》アルリアード・セレト・レフォンテリア。


 僅か十六歳にして《聖女》となった、神の巫女。

 《聖女》の広範囲治癒魔法によって、死の淵にあった騎士、兵士達はことごとく治療された。。全滅の憂き目にあったリルドリア軍は、たった一人の少女に救われたのだ。

 そして、その後で出現した大規模な【炎の壁】。

 これを作ったのは、聖女の傍にいたアレなのは間違い無い。

 ただ、カレオは《アレ》を何と称したら良いのか、思いつかなかった。

 聖女の傍にいた事から、稀に聖女や聖人に遣わされる《天使》かもしれないが、三対の翼を持つ天使など、聞いたこともない。

 更に、天使が現代魔法を駆使するのも初耳だった。

 天使の聖性らしいものは、カレオでも感じ取れた。ただ、同時に魔王の邪性のような気配も同時に感じた。

 今でもアレを見た時の事を思い出すと、得体の知れない身震いが湧き上がる。

 《アレ》は、一度はリルドリア軍を守った。

 セヴェンテスの止めの一撃を防いだのは、間違い無く《アレ》だった。

 だが、その後でこの【炎の壁】を作り、リルドリア軍の侵攻を邪魔したのもまた、《アレ》に相違なかった。

 《アレ》の目的はなんなのだろうか?

 《聖女》と同じなのだろうか?

 いや、カレオはそもそも《聖女》の目的すら知らない。

 リルドリアと《霊獣》の諍いを止めるためかも知れないが、今は憶測に過ぎず、結論を出すだけの情報が足りない。

 すぐにでも聖女に問いただしたいが、今はあと追うこともできない。

 まるで、聖女に拒絶されているようだと、内心苦笑いをする。


「騎士長? この【炎の壁】はどうするつもりですか?」

「どうするも何も、このままじゃ進軍もできん。何とかして消すしかねぇだろうな」

「……迂回するって手段もあるんじゃないですかね?」

「いや、それは無いな」

「?」

「何時消えるか分からんこの【炎の壁】を背に戦う気にはなれねぇよ。下手すりゃこっちが退路を断たれかねねぇ」

「ですよねぇ」


 カレオの言葉に、ヘルマンも肩を竦めて同意する。

 迂回は可能だろうが、その分、進軍箇所も限られる。

 その分、待ち伏せを受けやすくもある。

 何より、撤退方向が限られるのが痛い。

 誤って【炎の壁】のある方向にでも逃げてしまったら、などと想像するが、その未来には全滅しか見当たらない。

 そう考えると、やはりこの【炎の壁】は放置できない。

 何とかして解呪の方法を模索するしかない。

 と言っても、カレオと共に進軍したリルドリアの魔術師達による解呪も、現時点では何の成果も上がってきてはいない。


「カレオ騎士長!」


 そんな折り、カレオとヘルマンの元に近付く男がいた。


「トール騎士長?」


 ヘルマンに不思議そうな顔をされ、カレオが一歩前にでてトールを迎える。

 トール騎士長と呼ばれた壮年の男は、白髪混じりの口髭を振るわし、愉快そうに笑った。


「どうやらそっちも無事だったようじゃな?」

「なんとかな。すんでの所で《聖女》に救われた」

「なんと、そちらには《聖女》がいたのか?」

「『いた』というより、『来た』が正しいとは思うけどな」

「ふむ、となるとこの【炎の壁】も?」

「これはまた別口だったな。多分、聖女のお仲間……なんだろうけど……」

「なんじゃ、歯切れが悪いの?」

「立て続けに目を疑うような事が起きれば、混乱もするっつーの」


 つか、説明なんざ出来るかッ! とカレオは内心悪態をつく。

 《アレ》を見たのはカレオだけだ。残りの者は、意識を取り戻した時には既に【炎の壁】が完成しており、《アレ》に気付いた者はいない。

 《アレ》の理解し難い異質さを見たカレオにからすると、見ていない者に《アレ》の異質さを説明するのは困難を極めた。

 下手な説明をすれば《聖女》を貶めることになりそうな気がして、歯切れの悪い回答になったのだが、その苦悩は本人以外知りようもない。

 だからカレオは、咄嗟に話題を変えた。


「で、わざわざどうした? こんな所まで来て」

「いやな。こっちでもあの【炎の壁】の排除をしようとしたんだが、どうも難しくてな」

「そっちは魔術師はいないんだったか?」

「いや、おったよ……ところががあの青びょうたんめが、『自分一人じゃ無理だ』とか抜かしやがった! そう言う訳で、こっちに来たって寸法よ」


 青びょうたんという言葉に、ヘルマン『騎士達と比べたら、魔術師は全て青びょうたんじゃないですか』と呆れつつも苦笑する。

 騎士に匹敵する肉体を持つ魔術師など、噂の《魔導騎士》くらいだろうとは思うが、目の前に佇む脳筋騎士には、説明しても時間の無駄だろう。

 それを知るカレオは、ヘルマンに黙るよう視線で合図を送ると、トールに向き直った。


「んじゃ、何人くらい必要になりそうなんだ?」

「最低、十人だとよ」

「確か、トールの所はウチと同じ四人だったか? 少し足りないな……」


 カレオとトールの部隊にいる魔術師を全て集めても八人。

 十人には少し足りない。

 どこかから調達する必要があるが、現状は本陣にいるリルドリア公爵か、西から森に進行していたマーレス騎士長から借り受けるしか手立てが無い。

 そう考えていたカレオの元に、伝令がやって来た。


「カレオ騎士長! 西より騎馬の一団が……あれは……マーレス騎士長の部隊です!」


 それを聞いたカレオとトールはお互い顔を見合わせた。


「どうやら、向こうも同じ状況かな?」

「じゃろうな」


 二人の騎士長は、苦笑しながら盟友を迎えるため、歩き始めた。



      ■


「何と。カレオの所は随分と元気な者が多いな」

「《聖女》のお陰だがな」

「ふむ、そういう事であったか。納得納得」


 カレオの一言で、得心がいったとばかりに金髪の騎士が顎をさすりつつ何度も頷いた。

 この騎士こそがウォマリア在駐の三騎士長、最後の一人、マーレスだった。


「そっちにも誰か来たみてぇだな?」

「元近衛騎士団長がいらしてたようだ」


 カレオの言葉に、マーレスは少し残念そうに応える。

 部下からの報告でラグノートの到着を知ったマーレスは、挨拶も出来なかったことを、ひどく悔しがっていた。

 マーレスは普段感情をあまり表に出さない男だが、今は珍しく、その悔しさがカレオ達にも明確に伝わった。


「そっちの被害は?」

「三人、煌牙狼シャイニング・ウルフファオリアによって深手を負わされたが、命に別状は無いそうだ。この程度で済んだのであれば、僥倖と言えよう」


 マーレスはトールに向け、安堵しつつそう答える。

 カレオは被害の少なさに、やはりファオリアも手加減していた事を直感する。

 セヴェンテスも同じだった。

 最初は手加減していたのだが、ある一瞬から


「やっぱり突然殺意をむき出しに?」

「うむ、ある一瞬からこちらに対する明確な殺意を感じたよ。理由は分からんがね」

「やはり、あの作戦命令と無関係じゃないよな?」


 リルドリア公爵から前線を押し上げるよう命令が下った結果が、今日の戦闘である。

 そして、その一見無意味な命令は、恐らく囮として動くよう指示されたのだとカレオは理解している。

 マーレスもカレオの顔をみて、何か納得したのか、黙ってカレオの言葉を待っている。


「俺たちが囮だとして、本隊は今頃どこだ?」

「そもそも、我ら以外の本隊とは、一体どこの隊じゃ?」

「………………確か公爵の元を訪れていた、怪しげな魔術師の一団がいましたね……」


 三人は顔を見合わせ、しばし黙ったあと、未だリルドリア軍を阻み続けている【炎の壁】を見上げた。


「マーレスの所にも届いていたんだっけ?」

「ええ、ただ、終端は見えていましたが……下手に迂回すると逆に追い詰められそうだったので、それも出来ずにいたのですよ」


 マーレスの回答に、カレオは己の感情を少し持て余した。

 この炎の壁が無限に続いていないことを安堵すべきか、マーレスの所まで続いていたことを恐れるべきか、それとも馬鹿馬鹿しさに大笑いすべきか……そしてそのいずれも選択できなかった。

 ただ、マーレスもやはり迂回することには慎重だったようだ。


「と言うことは、お主もこの【炎の壁】を解呪することを優先すると?」

「優先と言うより、そうしないと危険が大きすぎると判断しました」


 マーレスがトールに自身の考えを示すと、トールも「流石じゃな」と言って目を細めた。

 ほぼ平原とは言え、ここは既に霊獣たちの土地。

 地の利は相手にある。

 その状況で罠とも取れる【炎の壁】の出現。

 功を焦るような騎士であれば、強行突破をしたかもしれないが、その選択を当然のように除外したばかりか、カレオの元に集結しすることを選んだマーレスを、カレオは心中で賞賛した。


「ウチの魔術師が、この【炎の壁】を破壊するには、魔術の基点となった場所で解呪する必要があると言ってくれたのでね。早速こちらに向かったということさ」

「優秀な魔術師を抱えてるんだな」

「ありがたいことにね」


 カレオの言葉に、マーレスは珍しく笑みを浮かべ、そう答えた。


「んじゃ、早速解呪にとりかかりますか」

「うむ」

「ええ」


 三人の騎士長はそう意気込むと、部下に次々と命令を下す。

 マーレス配下の怪我人の治療や情報収集、リルドリア公爵への伝達。そして、この出鱈目な【炎の壁】の解析と解呪に必要な触媒の調達。

 それぞれの指示を聞いて、配下の騎士達はテキパキと動き出す。


 だが……。


 その懸命な働きをもってしても、目の前の【炎の壁】、そして、多重に展開された【障壁】の解呪に、おおよそ二時間ほどの時間が必要だった。



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