ターゲット③
Mr.Tに依頼したのは、NHKに応募した際の俺の住所を書き換えることだ。当選者だから、当然パソコンかサーバーで管理しているだろう。それにアクセスして、住所を書き換えてもらうのだ。このマンションを探り当ててしまうのは、非常にまずい。だから偽の住所に変えるのだ。頼んだのは歌舞伎町の雑居ビルの住所だ。佐々木組長から紹介してもらった空き事務所である。俺は、ここに分身仏を待機させるつもりだ。テレビ放送後、動きがあれば、連絡が入る。
しかし、まさかこの歳になって、お母さんといっしょに出演するとは、全く思っていなかった。翌日の朝、俺は、こっそりテレビを見た。出演している児童は、歌のお姉さんとお兄さんと、一緒にお遊戯したり、歌を歌ったりしている。レイちゃんによると3歳までしか出られないというが、俺、一応、4歳になったような気がするんだけど大丈夫なのか。しかし、実際、テレビに映っているのは、1、2歳くらいの子たちが多い。保育園に通い始めた頃、俺は恥ずかしくて仕方なかった。でも、今回の方がずっと恥ずかしい。なぜなら撮影されるからだ。撮影されると思うと、もうたまらなくなる。そして、放送は絶対に録画される。必ず、それを何回も見せられる。さらに、かすみとレイちゃんが選んで買ってきた洋服は、おそらく、ヒラヒラがついたパステルカラーのド派手な服のはずだ。その上、俺の美貌。かなり目立つ。テレビカメラが俺をターゲットにするのは、予想がつく。俺はどんな顔で映されるのか。いや、どんな顔をすればいいのか。かすみは泣いてはダメだと言っていたが、すでに泣きそうだ。
『何見てるの?』
俺は慌てて、テレビの電源を切った。しかし、すぐにリモコンを取り上げられ、再び電源をオンにされた。画面にお母さんといっしょが映し出された。
『ちひろちゃん、いやと言いながら、本当は嬉しかったのね。テレビ見て、予習してるとは、熱心だわ。』
『ママ、違うの。たまたまテレビをつけたら、やってただけなの。』
『ちひろちゃん、ママに嘘は通じないって知ってるでしょ。別に隠さなくていいのよ。恥ずかしがらずに、一生懸命、楽しんで来なさい。こんな経験、普通は出来ないんだから。』
一理ある。普通はあり得ないのだ。そっか、楽しむことに専念しよう。
『ちひろ、かすみから聞いたわよ。あなた、お母さんといっしょに出るんだって。私は忙しいけど、ちひろの晴れ舞台、仕方ないから見に行くわ。』
なんか嫌な予感がする。現場の監督に演出の注文をするかも。モンスターペアレンツになりかねない。
『そういえば、ちひろは母親を知らないのよね。お母さんといっしょに出るのに抵抗ないの。』
『大丈夫。今は大好きなママがいるから。』
『そうね。ちひろは甘えん坊さんだ。ほら、ママに抱っこしてもらいなさい。』
彩先生が俺を抱え、かすみの膝に預けた。
『ママ、大好き。』
『まあ、ホント、甘えんぼさんだわ。でも、レイが嫉妬しないのが不思議なのよね〜。ちひろちゃんのおかげで、レイはとてもしっかりしてきた気がするわ。ありがとうね。』
『ママ、レイだって甘えたいよ。でも、私はお姉ちゃんだから、妹を守るの。だって、ちひろちゃんは可愛いんだもん。』
『レイ姉ちゃん、優しいね。』
『あら、ちひろちゃん、泣いてるの?甘えん坊さんだけでなくて、泣き虫さんになっちゃったね。』
『私、みんなが優しくしてくれて、嬉しくなって、そしたら、涙が出てきちゃった。』
この体だと、涙腺が崩壊してしまう。俺は女性の感情を完全に会得したようだ。




