前進④
専用の部屋を出て、応接室に向かう途中、すれ違う人が皆、俺の姿に釘付けになっている。
『やばい。俺、ダメだ。彼女の僕になりたい。』
『僕は、ちひろ様に叱られたい。』
世の中には、Mな男がいっぱいいるということが分かった。俺の演技は見本がいるから簡単だ。彩先生の真似をすればいいだけだ。決して自分の考えは、ぶれない。自信は完璧な裏付けから成り立っている。逆らう者には、容赦なく叩きのめす。そして、常に誰よりも美しく、他の追従を許さない。そうだ、いいことを思いついた。俺はうっすらとオーラを纏った。淡い金色のオーラだ。これで、俺に逆らうものは、誰もいないだろうろ。
応接室の手前で、俺は立ち止まった。亜美が、ドアを開けた。そしてソファーに座っている部長に向かって、こう告げた。
『ちひろ様が、お越しになりました。』
俺は、颯爽と部屋に入り、部長の横に座った。亜美は、俺の横に座ったが、ソファーではなく、床に正座した。
『お待たせいたしました。』
俺は鋭い眼光を部長に注いだ。その熱い視線に、部長が動揺しているのが分かった。
『ち、ちひろさん、存在感が半端ないなあ。これは、凄いぞ。そこらの女優より完全に上だ。』
部屋を見回したが、竹田がいない。
『部長さん、竹田さんは?』
『多分、トイレだろう。すぐに来るはず。』
ガタン。ドアが空き、竹田が入ってきた。俺は腕時計で時間を確認した。そして、席を立ち、竹田の方に向かった。
バシッ!
竹田の頰を平手打ちした。
『約束の時間に3分遅刻。私を待たせるとは、どういうつもり。約束を守りなさいと告げたはず。』
竹田は怒るどころか、恍惚の顔をしている。股間が盛り上がっている。こいつ、本当にMだ。
『申し訳ございませんでした。』
唖然としているのは、部長と亜美。
『竹田くん、ちゃんとしようよ。やればできる子なんでしょ。』
俺は、竹田の頭を撫でた。竹田は嬉しそうな顔をしている。男って、本当に単純だ。俺は、亜美にウインクした。亜美は笑いをこらえている。俺は席に戻った。
『部長さん、始めましょう。』
『あ、ああ。それでは、竹田電機様のCM出演についての契約を行いたいと思います。竹田室長、宜しいですか。』
『はい。宜しくお願いします。テレビCMを一本予定しています。特定の商品ではなく、会社のイメージビデオと考えてください。』
『ちひろさん、よろしいですか。』
『はい、部長。』
『この子は、見てお分かりの通り、特別な存在です。ですから、通常とは契約金が異なると思って頂きたい。竹田電機様以外にも、問い合わせは多数ありますので。CM一本、この金額でどうでしょうか。』
部長は、資料を竹田に手渡した。竹田は、内ポケットからぺんを取り出し、その資料に何かを書き込んだ。
『部長、これでいかがでしょう。』
そうかあ、契約金の交渉をしているわけか。精神的にやられていると思ったが、ビジネスにおいては、なかなか手強いということか。
『竹田室長、この金額は、何かの間違いではないですか。』
『いいえ、これが妥当だと考えております。』
この男、昨日の報復をしようと思ってるのか。
『我が社としては、嬉しい限りだが、、、。』
あれ?何か違う。
『昨日の件もありますし、それと僕は分かったのです。何というのか、彼女の大きさに惚れました。見た目とかではなく、人としての大きさです。』
『なるほど。それについては、私も同感だ。亜美君、君にもボーナス出さないとな。竹田さんは、私の提示した金額の3倍を出すそうじゃ。』
竹田、やるじゃないか。
『竹田さん、約束を忘れないでね。私を綺麗に撮ってね。』
『はい、もちろんです。ちひろ様。』
俺は再び金のオーラを出した。竹田は、俺の中に神を見ているに違いない。
『亜美、忙しくなるわよ。私について来なさい。』
俺は、再び、亜美に向かってウインクした。
『はい、ちひろ様。』
俺は部長を見て、微笑んだ。
『ちひろさんは、ミステリアスだ。君の魅力は無限大。今年は暑い夏になりそうだ。』
俺は、部長に握手を求めた。部長は強く、俺の手を握った。竹田が羨ましそうに見ている。俺は、竹田に近づき、おデコにキスをした。
『竹田君、頑張ろうね。これはご褒美よ。』
『ちひろ様。僕、頑張る。』
本当に扱いやすい男だ。男は単純。ちょっと待て、俺も男だぞ。まあ、この際、どっちでもいい。とにかく、前進あるのみだ。




