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第20話 悪喰姫と皇都観光


 ヒュドラとの戦闘、ジルベールの裏切りなどがあり、ミズガルズ地方での湯治という当初の目的は取りやめになった。

 私たちは急遽、アルトエンドの皇城へと戻ることにした。 


 ジルベールはギリギリではあるが一命を取り留めたようで、(意識は無いが)一応拘束して皇都へと連れ帰るようだ。


 私達の乗るゴーレム狼車の車内は静かで、窓の外を流れる景色がぼんやりと目に映る。

 私は膝の上で拳を握り締め、ジルベールの裏切りと彼の背後にいるであろう黒幕への怒りが湧いてくる。 私だけじゃ無くルーやエルマ、ダムエルまでを危険に晒した。 

 いい加減、黒幕を見つけ出して捕まえなければ安心してルーと結婚もできない。


「シェリー、大丈夫か?」


 隣に座るルーが私の手をそっと握ってくれる。

 その温かさに少しだけ心が落ち着くけど、それでも苛立ちは消えはしない。 私は唇を噛んで呟いた。


「早く黒幕を捕まえないと! ルーや私の周りの人達が傷つくのはもう嫌!」


 ルーはそんな私を見て、優しく宥めるように言った。


「大丈夫だ。 俺に考えがあるから、心配するな。 今回の件で黒幕を簡単に見つける方法を思いついたんだ。 シェリーを傷つけた奴を俺が許すはずがないだろう?」


 彼の金色の瞳が一瞬冷たく光り、口元に浮かんだ笑みはどこか冷酷だった。 私はその表情に少し驚きつつも、少し笑ってしまった。 ルーの言葉はぶっきらぼうでカッコつけているようだけど、まだ幼さが残っている顔が可愛らしくてニヤけてしまう。


「ん? 何で急に笑ってるんだ? まぁ、事件のことは俺に任せてくれ。 シェリーはしばらくゆっくりしてたらいい」


 たしかに私に出来る事は少ない……私の【恩寵】は黒幕を探したりするのは向かないし、それならば、ここはルーに任せて気分転換でもしようかしら。


「うん、ふふふ……じゃあお言葉に甘えて、この間約束した皇都の観光をしたいかな。 少し気分転換したいし」


 私がそう言うと、ルーが「そうだな」と笑って頷いてくれる。


 私とルーが二人で行こうと話をしていたけど、エルマが「護衛が絶っっっ対に必要ですよ!」と割って入っては無理やりついていくと譲らない。

 私が「怪我は大丈夫なの?」と聞くと恥ずかしげも無くシャツを捲るとお腹を見せる。

 エルマのお腹に空いていた大きな傷はアルヴィトの癒しの魔法ですっかりと元通りになったらしく白く綺麗な肌が見える。




 皇都の街並みは、朝の陽光に照らされて活気に満ちていた。 石畳の道には馬車の車輪が軽快な音を立て、露店からは焼きたてのパンやスパイスの香りが漂ってくる。

 私たちはまず、皇都で有名なレストラン「黄金の稲穂亭」に向かった。 木製の看板には金の文字が刻まれ、店内に入ると暖炉の火がパチパチと鳴り、木の温もりが心地よい空間を作り出していた。


 席に着くと、給仕が運んできたのはラメール風の魚介スープだ。 透き通ったスープに浮かぶのは、新鮮な白身魚と貝、彩り豊かなハーブ。 スプーンを入れると、魚介の甘みと塩気の効いた出汁が口いっぱいに広がった。 ほのかに感じるレモングラスの爽やかさが後味を引き締める。


「美味しい……!」


 マール王国は内陸国なのであまり新鮮な魚介は手に入らない。 だからこんなに美味しい魚介のスープは初めてだった。


「確かにうまいな。 シェリーも気に入ったみたいで良かった」

 

 とルーが笑い、エルマも「姫様、美味しいですぅ!」と幸せそうな顔をしていた。


 次に運ばれてきたのは、子羊のロースト。 表面はこんがり焼けて香ばしく、中は柔らかくジューシーで、付け合わせのローズマリーソースが芳醇な香りを添えている。 一口噛むと、肉汁が溢れ出し、ハーブの風味が舌を包んだ。

 有名なだけあって全体的に美味しい。 エルマなんかほっぺにソースを付けながら黙々と頬張っている。 けれど、金属やら呪いやらヒュドラやら食べてきた私には少し物足りなさが感じられるかな。


 次に向かったのは、皇都で評判のスイーツ店「花蜜堂」。 白い漆喰の壁に蔦が這う可愛らしい店で、ガラス窓越しに色とりどりのお菓子が見える。 店内に入ると、バターと砂糖が溶け合った甘い香りがふわりと漂い、私は思わず深呼吸をする。 木のテーブルには小さな花瓶が置かれ、ほのかに蜂蜜の香りが混じる空気が心地よい。


「いい匂いね!」


 私が注文したのは、看板メニューの「花蜜シュークリーム」手のひらサイズのシュークリームは、表面がカリッと焼けていて、中にはたっぷりと、このお店独自のハチミツ入りカスタードクリームが詰まっている。 一口かじると、サクッとした食感の後に濃厚なクリームがとろりと溢れ出し、バニラの甘さにほのかな花の香りがして美味しい。


 ルーとエルマもそれぞれスイーツを注文していた。 ルーは黒蜜大福でエルマは大きなパフェを幸せそうに口に運んでいた。


 

 スイーツを楽しんだ後、私たちは街をぶらりと歩き、ショッピングを楽しむ事にした。 

 

「ねーねー姫様! このセクシーなベビードールなんてどうです?」


 服飾店でエルマがスケスケのベビードールを持ってくる……私がそんなの着る訳ないじゃないの!


「あっ……っと、姫様にはもっとお子様用の方が……」


「ぶっ飛ばすわよ!」


 持ってきたベビードールを私に合わせると、残念そうな顔をして下ろす。 何を想像したのかは言われなくても大体分かる……相変わらず失礼な侍女だ。


「姫様、これは帝国にある学院の制服らしいですよ! 姫様に似合うんじゃないですか?」


 今度はえんじ色のブレザーにチェックのスカートという可愛らしい服を持ってきた。


「へぇ、可愛いじゃない。 まぁ、せっかくだから一着ぐらい試着してみようかしら」



「わぁ! 姫様可愛いです! とっても似合ってますよ!!」


 私が制服を試着して出てくるとエルマが目を輝かせて誉めそやしてくれる。

 気分の良くなった私はエルマの前で色々とポーズをとっていると、ルーが店の奥からやってきた。


「……シェリー、なんでそんな服を着ているんだ?」


「そんな服?」


 かわいい服だと思うけど、ルーがちょっと引いた顔をしているのが気になる……


「プライマリースクールの制服だ。 12歳までの子供が通う学院だな。 その……シェリーは何を着ても似合ってはいるけど……」


「あはははははははっ!! それって子供用だったんですね! どおりで姫様に似合う……」


 ルーが照れた様に目を伏せてお世辞を言ってくれるけど、エルマが人を指差してバカ笑いしてくる……マジでコイツ、クビにしたくなってきたわ。


「エ〜ル〜マ〜!! 似合うってどう言う意味よ! アンタわざとでしょー!?」


「いたたたたっ、叩かないで下さいよぉ〜! わざとじゃないですってぇ。 だってマールには15歳からの学院しかなかったからぁ……」


 そうなのだ。 マール王国では15歳から入れる学院はある、それも希望者のみで更に高額な入学金や授業料がかかる。 そのため学院に通うのは殆ど貴族の子女に限られていた。

 だからそれ以下の歳の子供達が通う学院があるとは思わなかった……だから私も着てしまったのだけど……




 街をブラリと歩いていると、広場から美しい歌声が聴こえてくる。

 どうやら吟遊詩人が歌っているようで、広場には人集りが出来ていた。


『紺碧の大海原を望むラメール、英雄は海を渡りやってきた〜ディールキンの湿地帯を抜け、皇都アルトエンドへ〜 ランバートヒルのエメラルドの草原を走り、クレイオルトで黒煙の試練。 商業都市プリムデックの赤い街並みを眺めて、真理の地アンティキティラで知恵を得る。 グレートウォールの広大な砂海を渡り無法都市ロウリスで漆黒の影を追い求め〜セントヘブンの純白の大聖堂で祈りを捧げる〜……』


 美しいハープの旋律に伸びやかな歌声、名のある歌い手なのだろうか? 歌は聴こえるが人垣で姿を見る事は出来ない。


「へぇ、凄く人が集まってるね? 人気の歌手なのかしら?」


 私は人垣から歌手が見えないものかと覗き込みながらルーに聞いてみる。


「あぁ、歌い手は誰か知らないが、この歌は帝国では有名な歌なんだ。 むかし、邪竜を討ち倒した7人の英雄達。 多くの英雄譚が歌われたが、これは1番最初の英雄達が出会う歌だな」


「ふ〜ん……有名なお話しなのね」


 皇城へと帰る道すがらルーから色々と7人の英雄の話を聞かせてもらった。

 内容は良くある英雄譚だったけど、エルマなんて凄く興奮しながら聞き入っていた。


 気付けば陽が傾き、笑い合うルーの頬に茜が差していた。 近づく夏の匂いに少しだけ胸がざわついて、私はこんな穏やかな日々がずっと続けば良いと小さく願う。 幸せな事だけを見ていたいって思うのは我儘なんだろか……



 

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