第10話 悪喰姫と愚妹
私はマール王国第2王女、アルテラ・マール。
私には兄姉がいる。 マール王国の国王である父の王妃から産まれた兄と第二王妃から産まれた姉。
第三王妃である母から産まれた私は小さな頃から姉を羨んでいた。
姉は第一王女という肩書きだけでなく、授かる事自体が稀な恩寵まで持って生まれた。
父や周りの大人達はいつも姉ばかり持て囃し、褒めて持ち上げる……私はいつだってそんな姉を遠くから見ているだけだった……
第二王妃譲りの赤い髪が気に入らなかった。
どれだけ食べても華奢なままなのもムカつく。
……誰にも相手にされない私を憐れんでか遊びに誘ってくるのが更にイラつかせる。
だから姉が授かった【恩寵】が何の役にも立たないクズみたいな能力だった時、本当に嬉しかった!
これであの余裕ぶってる姉の顔を醜く歪ませてやれるって!
なのに……あの女ときたら父や周りの大人達に見向きもされなくなっても特に気にした様子が無いじゃない!
だから、人づてに色々な噂を流してやったわ。
第一王女のシェリムは【恩寵】の影響でなんでも食べてしまう。 石だろうが木だろうが鉄だろうが何でも。 猫や犬は勿論、魔物だって食べているって。 王都で行方不明になっている若い娘は王女が食べているらしい……とかね。
そしたらあっという間に悪喰姫なんてあだ名がついて腫れ物扱いされるようになったわ!
うふふ、本当にいい気味だわ。
そんな姉を帝国でウワサの化け物皇子と婚約させる事にしたの。 お父様曰く帝国からは直ぐに断りの連絡が来たらしいけど、そんな事教えずに追い出してやったわ。 うふふ、せいぜい恥をかいたらいいわ。
すると、暫くして妙なウワサを聞いたの。
──呪われ皇子の呪いが解けた。
そのウワサの真偽を確かめる為に婚約者である帝国のコッパー伯爵に連絡を取ると、どうやらそのウワサは本当で今度帝国内の貴族達を集めての快復祝いのお披露目があるって話を聞いたの。
なんでも呪いを患った当時のままの姿に戻ったらしく。 絶世の美少年らしい……
それで私は姉の事など忘れて、ルシオ皇子を一目見る為にコッパー伯爵に頼んで出席させてもらう事にしたの。
☆★☆★
私が少し遅れて会場へ到着すると、ゲスト達が列を作っている場所がある。
(きっとあそこにルシオ殿下がいらっしゃるのね!)
私が以前、帝国入りした時はコッパー伯爵領に直接向かったから皇都は通らなかった。
コッパー伯爵領なんて殆どマール王国と変わらない田舎だったのに皇都はまるで違った。
世界そのものが違うかのように、背の高い建物がズラリと並び空を魔導船が飛び、街には溢れる程の人々が行き交っており、活気と喧騒……その熱量に私の胸も大きく高鳴った。
まったく、コッパー伯爵様も領地は代官にでも任せて皇都に居を移せば良いのに……
いえ、せっかくだからこの夜会でもっと位の高い方とお近付きになれれば!
そうよ、大体いくら帝国だからって一国の姫の嫁ぎ先が田舎の伯爵だなんてあり得ないわ。
公爵、最低でも侯爵あたりじゃないかしら? まぁ、なんなら皇族でもおかしくないじゃない? 私だって王族なんだから。
そんな事を考えながらゲストの列の先頭を覗き見ると……
「……あの銀髪の方がルシオ殿下?」
「ああ、そうだよ。 殿下は呪病に臥した時から姿が変わってないらしい」
思わず漏れた独り言にコッパー伯爵が返事をしてくれる。
幼い……確かに私よりも幼く見えるけれど、美しい銀色の髪に蒼く怜悧な瞳。 透き通った肌は女の私から見てもうっとりしてしまうほどだ……
いくら呪いをかけられていたからってあんなに美しい方がまだ婚約者も居ないなんて! これってもしや……運命なのでは!?
うふふ、たしか帝国は皇族の力が絶大だから、たとえ私に婚約者が居ても私が殿下に気に入られてしまえば婚約を破棄して殿下と婚姻する事だって可能な筈!
「早速、殿下にご挨拶さしあげなければですわ!」
あんな列に並んでなんか居られないわ!
「ああっ!? ちょっと待って!」
殿下の下へ急いで向かうと、後ろからコッパー伯爵の声が聞こえた気がするけれど……本当にグズな方、一体何を待てって言うのよ。
「ごめんあそばせ。 ルシオ殿下、お初にお目にかかります、私はマール王国の王女アルテラ・マールと申しますわ! この度はルシオ殿下が病床より快復されたと聞き、急いでお祝いを申し上げたく馳せ参じましたの」
殿下の前に立ち、恭しく礼をする。 殿下の隣の護衛らしき男性が動くけれどルシオ殿下がそれを手で制する。
「マールの王女? あぁ、シェリーの……なるほど。 わざわざ来て頂いて嬉しく思う、そうだな……俺も今後マールとは親しくして行きたいと考えていた。 ゆっくりしていくといい」
「まぁ! まぁ! 親しくですの!? うふふ、それはもうとっっっても親しく致しましょう! 帝国や殿下の事、もっと教えて欲・し・い・なっ! なんて……」
私と親しくなりたいだなんて!! やっぱり運命みたい! もしかしたら今日中にルシオ殿下の婚約者が決まってしまうかも! うふふ、なんてね!
「あ、ああ……俺はまだ臣下との挨拶が残っている。 ではダムエル、帝国の歴史など教えてやってくれ」
「かしこまりました。 ではこちらへ」
何故だかちょっと驚いた顔をした殿下が隣の護衛に声をかける。 んもうっ、やっぱり見た目通りにまだ子供なのかしら? 照れているのね……うふっ、でもそんな所もかわいいわ! お姉さんが色々教えて……
「へっ!? 歴史? いや、そんな事より……ちょっ!? えっ? 何この人!? 力強い……」
黒髪の地味な顔した護衛に腕を掴まれて引き摺られるようにしてルシオ殿下から離される。
「ちょっと! 離しなさい! 痛いですわ!」
「……失礼しました。 では、こちらで帝国史を簡単に……」
「いやいやいやいや、ちょっ、ちょっと待って! そんな事より、私はもっと殿下とお話しが……ん? あれってもしかして……」
帝国史なんて全く興味のないものを聞いてる暇なんてないわ、もっと殿下とお話ししなければいけないのに。 すると、ふと視界の端に見た事ある赤い髪が映る……
「あらぁ? 下品な赤髪が居るって思ったら、やっぱりお姉様じゃない! ふふっ、まだ帝国に居たのね? てっきり追い返されて直ぐに帰ってくると思ってたわ。 あら? ふふふ、もしかしてそちらの小汚いおじいさんの愛人にでもなったのかしら」
近くに寄れば、やっぱり。 追い出した筈の姉だった。 今頃路頭に迷っているかと思いきやアルトエンドの皇城にいるなんてしぶとい女ね! 隣の小汚いジジイもこんな所にいるくらいだから貴族なのかしら?
でも、ちょうどいいわ! 私が殿下と結婚した暁には帝国にも居場所をなくしてあげる。 いいえ、それとも侍女としてこき使ってやろうかしら? うふふふふ……楽しみだわ!




